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1.事故

 約6年前――。



「お母さん! 私もう出かけるけど、まだ何かやって欲しいことある?」


 家の手伝いである花屋の仕事を終え、ローズはエプロンを脱いだ。そして、財布を入れた小さな布のショルダーバッグを肩にかける。


「んー、無いわ!」


 母親は花と水の入ったバケツを運びながらそう答えた。


「じゃあ誕生日プレゼント何欲しい?」

「それも無いわ! まぁ強いて言うなら、そうね。ローズが早く結婚して孫を見せてくれる事――」

「あーハイハイ行ってきます!」

「気を付けて行ってらっしゃい」


 ローズは店を出て、石畳の舗装された道を歩く。王都ロランの悪くない場所に店を構えていた。馬車で数十分行けば、一部貴族の居住区もある。その貴族達が、女性に贈る花を買うこともあるので、客にはあまり困らない。


(お母さん1人で大丈夫かな?)


 父親は幼い時に愛人を作って出て行った。店は母親とローズの2人で切り盛りをしていた。最近の心配は、母親の体調である。昔程、体調が良い訳では無い。

 だがそれでも、今日は買い物に行かなければならなかった。


 何故なら今日は、母親の誕生日だからだ。店を休んでもらう事を考えたが、それは母親が納得しなかった。父親が出て行ってから、母は必死に働いた。それは全てローズに片親ということで苦労をさせたくない一心だった。女手ひとつで育ててくれた母親には感謝しかない。


(何贈ろうかな。あと、夕飯は豪華に)


 学校を卒業し、お店で働くようになってからはしっかり給料を貰っている。と言っても、そんなに多い給料は貰っていない。最低賃金といった所だ。これはローズ自身が望んだことだった。


(肉……お肉がいいかな。鶏肉じゃなくて、牛が良いな。あとは付け合せの野菜スープを用意しよう。それからパンを買おう。料理はそれでいいとして、物は何を――)


「ローズ!」


 顔を上げれば、手を振ってこちらに向かってくる栗毛の男性だった。


「ロイク」


 彼は幼なじみだ。学校に通っている時から、よく遊んでいた。仲がいいので、周りからはよく「恋人?」や「付き合わないの?」と聞かれるが、そんな仲ではない。

 そして今日は、母親のプレゼントを一緒に選んでもらう。


「プレゼント決まった?」


 首を傾げて聞いてきたロイクは、クリクリとした栗毛と優しい瞳をしている。


「まだ。お店で何にしようか考えようと思って」

「そうだなぁ、花にしたら?」


 冗談混じりに彼は言う。


「あー、ハイハイ。花屋だからね。花屋には花が1番って、もう!」

「冗談だって」


 笑いながら歩き出した。道には規則的に街灯が立っていた。特定の石で叩くと光る、光源石という物が入っている。まだ明るいのでそれらはついていないが、暗くなれば点消方と呼ばれる人達が、石を叩きに来る。


「お母さんは何が欲しいって?」

「もういつも通り。早く結婚して孫見せろってさ」

「まぁ、もう周りはちらほらしてるからね」


 この国では男女共に16歳で結婚ができ、10代で結婚することは珍しく無い。ローズは16歳なので、適齢期といった所だ。


「そうなんだよね。ナディアも結婚決まったし、ロイクはなんか言われる?」

「いーや、全然」

「いいなぁ。羨ましい」

「うちは兄ちゃんが結婚して子供いるしね。もううるさいよー。今奥さん4人目妊娠中。結構それで満足してる所あると思う」

「なるほどねー」


 目当ての店の前に着いた。傍では子供が泣き喚き「おもちゃを買って」と母親を困らせている。


(ふふっ、私もあんな時あったな……。いつか私も家庭を築きたいけど、もう少し先がいいな)


 そんな親子を見ていると、体に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。







(……あれ、何があったの……?)


 何が起こったのか分からない。ただ遠くの方から「ローズ」と何度も呼び掛ける声がする。


(何……私はここ……)


「ローズ!!!! 目を開けて!!!!」


 ロイクが必死に名前を呼ぶ。


(そうか、私目を瞑ってるから何も見えないんだ……でも何で?)


「誰か!! 医者の方はいませんか!!」


 薄らと目を開ければ、傍で馬車が半壊で倒れ、数人の男達が興奮した馬を宥めようとしていた。自分達とその馬車の周りには、何があったのかと遠巻きに人集りが出来ている。ロイクは手を握り、必死に「ローズ!! しっかり!!」と声を掛けている。

 意識が薄れる中、周りの声が聞こえてくる。


「もう駄目なのでは?」

「いやぁ、可哀想に。まだ16、17歳って所か?」

「病院に運んだ所で助かるのかねぇ」


 どうやら諦められるほど、自分の容態は良くないらしい。


(痛い……)


「ねぇ、ロイク……」

「シー、大丈夫。喋らないで。ゆっくり呼吸して」


(何があったの……お腹が痛……え……?)


 全身痛いが、1番痛むのは下腹部である。ゆっくりと視線を下へと移すと、大きな木の破片が下腹部へと突き刺さっていた。


「馬車が来たよ! 病院まで運んでくれるってよ!!」

「ありがとうございます!! ローズ、もう大丈夫だから!!」


(大丈夫? そんなわけない。だって……)


 自身の様子を見て軽症ではない事、周りからの同情の目、もう駄目なのだと悟った。


(さようなら、ロイク。ごめんお母さん、酷い誕生日に――)


 そして意識を手放した。




***


 ローズは目を開けた。真っ白な天井が目に入る。ベッドの周りは衝立であまり見えないようになっていた。右腕には注射針のようなものが刺さっており、その先には管が繋がり、更に液体の入ったガラス瓶へと繋がっていた。


(何これ……?)


 初めて見た物だった。よく分からない液体を腕に入れられているらしい。ローズはその先に視線を移すと、大きな窓にはカーテンが掛かっており、傍で女性がうとうとしながら椅子に座っていた。


「お母さん」


 すると、母親はハッとするようにこちらを見た。


「ローズ!!」


 大粒の涙を流し、ローズの元へと近寄る。


「意識が、もう駄目かと……」


 声にならない声を上げ、泣きじゃくっていた。そして、傍を通った看護婦にローズが意識を取り戻した事を伝えると、再びローズの元へと走りよる。ローズは上半身を起こそうとしたが、全身に痛みが走り、起き上がるのをやめた。


「何があったの……ロイクと一緒だったのに」

「そうだよ……ロイクが言うには、買い物に行く途中で暴走した馬車があんたに突っ込んで来たんだ」


(そうだったのか……)


「なんとか、なんとか一命は取り留めたんだよ……ヴェストリ地方のお医者さんが、ここの病院に教えに来ていてね。ほら、ヴェストリ地方は医療が進んでいるだろ? たまたまここに居たみたいで本当に運がいいよ。お前は」


「……もし、居なかったらどうなってたの?」

「もう無理だって、施しようがないって言われてもおかしく無かったんだ。だだ……」


 母親は口ごもった。言おうかどうか悩んでいる様子だ。


「その、なんと言えばいいか……」

「意識を取り戻したってのは、本当だったか」


 ベッドの傍まで来たのは、30後半か40前半程の白衣を着た男性と看護婦だった。


「先生――いや、あの、テュルビュランス伯爵。ローズをありがとうございます」


 母親は深々と頭を下げた。


(テュルビュランス伯爵?)


 貴族で医者というのは珍しい。だが母親がそう呼び頭をあんなにも下げるのだから、きっとそうなのだろう。


「具合は?」


 言い方が偉そうだった。そして佇まいもなんとなく偉そうだった。何よりこちらを見る目付きが、平民を蔑むような目だった。


「全身が痛い……です」

「まぁそうだろうな」


 テュルビュランス伯爵は、ふっと鼻で笑うと看護婦に小声で「主治医はマフタン医師に。隣で全てを見ていたからな。私の名前は書くな。平民を診たことなど記録に残したくない」と指示を出した。

 小声だったがその指示は聞こえている。やはり貴族は嫌な奴が多いと思った。


「もう大丈夫だ。退院したら傷が治るまで通院はしなさい。それと、君に言わなければならない事がある」


 先程、母親が言おうとした事だろう。母親を見ると涙を浮かべ視線を逸らされた。


「君はもう子供が出来ない」


(……え?)


 思ってもみなかった言葉を言われ驚き、意味を理解した。


「馬車の事故でここに来た君の下腹部には、馬車の木の破片が刺さっていた。子宮は大きく損傷。だから――」


 テュルビュランス伯爵が説明しているが、もう何も言葉が入ってこなかった。数分してテュルビュランス伯爵と看護婦が立ち去ると、大粒の涙が溢れ、呼吸が上手く出来なくなった。


「お、お母、さ……」

「大丈夫よ、ローズ。私は貴女が生きていてくれるだけで良いわ」


 母親はローズを落ち着かせるように、背中を優しく摩った。

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