16.恋人?
第二幕が終わり、人々が席を後にする。先ずは平民席から退場する。その後、貴族達はゆっくりと劇場を後にするのだ。
「はぁー、素晴らしかったなオディリア。可愛いし演技上手いし……死ぬ前に1度会ってみたい」
「なら会うか?」
「……え?」
「会いたくないか?」
「あ、会いたい!! でも会えるの??」
「会える」
貴族だからといって出演者に会えるわけではない。俳優達の気分次第である。大半の俳優達は、貴族との繋がりを持ちたいのでほぼ断ることはないが、オディリアは会わないことで有名だった。
またそこが人気の1つでもある。平民達が席から居なくなると、今度は貴族席が退場を促される。2人は立ち上がり部屋を出た。
「何話そう……緊張する」
「大袈裟な」
「もう! レオナールはオディリアの凄さが分かってない!」
ラウンジまで来ると退場客とは別の方向へと向かう。【関係者以外立入禁止】と書かれた看板前まで来ると、そこに劇場のスタッフの男ともう1人男が立っていた。男は服装からナギナミ人だということが分かる。
「お願いだ! オディリアに会わせて欲しい!」
「申し訳ありません。先程オディリアに聞いてきましたが、会うつもりはないらしいのです」
「だがわざわざナギナミからオディリアに会いに――」
「申し訳ありません。たとえ遠方の方でも変わりません」
「いやだが私はナギナミの――」
「貴族の方であろうことは分かっています。ですがそれでも会えません」
ナギナミ人の男はガックリと肩を落とし、とぼとぼと歩いてローズの横を通り過ぎて行った。身なりが綺麗なナギナミ人なので本当に貴族なのだろう。
(これ本当に会えるの!?)
他国の貴族とも会わないオディリアと会えるのだろうかと不安が過ぎる。レオナールは気にせずスタッフの前まで歩いた。
「何用で?」
「オディリアに会いたい」
「申し訳ありませんがオディリアは――」
「知っている。だが『レオナールという者が会いたがっている』と伝えてくれ」
男は顔をしかめ、面倒くさそうに奥に入って行った。
数分後、男が戻ってきて「案内します」と言う。ローズは驚き「え!?」と声を上げる。そして男は再び奥へと入るので、2人は後ろをついていった。
深紅の絨毯が敷かれた長い廊下を歩き、部屋へとついた。男がドアを叩くと「はい」と声が聞こえた。紛れもないオディリアの声に、ローズは心臓が止まりかけた。
扉が開けられ男が入るよう促すと、2人は中に入って扉が閉まった。
部屋の中は贈り物でいっぱいだった。小さい贈り物から大きい贈り物まで様々な物が置いてある。そして奥には大きな鏡とテーブルの前に、村娘の衣装を纏った女性が座っていた。
「珍しいお客様に驚きましたよ、レオナール様」
オディリアは椅子から立ち上がり、膝を曲げ、スカートを軽く持ち上げて挨拶をした。ローズは信じられずオディリアを凝視した。灰色がかった緑の瞳にオリーブブラウンの髪、紛れもなくオディリアだった。
「悪いな。だが、こちらの女性がオデッ――……オディリアのファンだと言うのでね」
レオナールがそう言うと、オディリアは驚いた顔をして少し沈黙した後「……そうですか」と答えた。
(え、何今の間は? 2人はどんな関係?)
レオナールはローズの背中を軽く押し、前に出るよう促した。ローズは目の前にオディリアがいる現実が受け止めきれず、固まってしまっている。
「それで私のファンさん。お名前は?」
「ローズです。ローズ・クロシェット」
「あら? ブランティグルの近くにあるクロシェット生花店の?」
「え! そうです!」
「ならそこで出会ってレオナール様の恋人に?」
「こ、恋人ではないです!」
「まだな」
「ちょっと!」
「そうなる予定ではあるだろう?」
「そんな予定ない!」
「いや、ある」
「もうレオナール!」
2人でそんなやり取りをしていると、オディリアは口を抑えて驚くような顔をしている。
「すみません……オディリアさんの前で騒いでしまって」
(こんな話しをオディリアの前でしたいんじゃないのに! でも何を話せばいいの!?)
「いえいえ、その……少し驚いただけです」
「驚いた? えっと、何に?」
「全てですかね? レオナール様がわざわざ連れてくるので恋人かと思ったのですが……」
「……え? いっぱい女の人を連れてきてるんじゃ――」
「いいえ。まぁ、舞台は観に来ているのでしょうが、私に会わせるなんてことしません」
「そう……ですか」
「それにレオナール様を『レオナール』と呼び捨てにしているのも」
「え……あ……そう、ですよね」
今までよく考えていなかったが、貴族を平民が呼び捨てにしていいわけがない。ましてヴァンの貴族であるのなら、尚更である。
これからは「レオナール様」と呼んだ方がいいのかもしれないと考え、レオナールを見ると顔をしかめていた。
「余計なことを言いましたね」
「全くだ」
「ローズさん。レオナール様はローズさんには『様』をつけて欲しくないようです。どうか今まで通りに」
「え、あ、はい」
「それで、何か聞きたいことはあるかしら?」
オディリアはそう言って時計を見ていた。どうやらもうそろそろ帰って欲しいようだ。だが最後に聞きたいことがある。
「そうですね……オディリアさんは、レオナールとどんな関係ですか?」
ふと思った事だった。友人同士とはまた違う空気を感じたからだ。
「ふふっ、それは内緒に」
「え?」
「それを言ってしまうと、あまり良くありませんので」
「そうですか……」
(なんだろう……何が良くないのかな……)
「ローズ、もう行こう」
「その前にレオナール様、少しだけお話ししたいことが」
「何だ」
「……2人で」
「……分かった。ローズ外で少し待っててくれ」
「うん」
ローズは部屋を出て劇場を出た。レオナールを待つ為、劇場入り口の階段下に座って待つ。
(何話してるんだろ。そもそも2人の関係は? 言えないのは何で? 『良くない』って何が?)
気になって悶々と考えてしまう。貴族と会わないオディリアが、レオナールとは会うということが何故か分からない。
(やっぱりヴァンの貴族だから、普通の貴族とは違って会うのかな……でも……)
週刊誌には【王子とも会わない高飛車な女】と書かれていたこともある。オディリアの噂を聞きつけた第七王子が会いに行き、見事撃沈したのだ。
(王子ですら会わない人なのに何で? レオナールが王都に来る前から知ってる関係に見える。数カ月よりもっと前、年単位……何が『あまり良くありませんので』なんだろ)
関係を言えない理由は何だろうかと考える。
(私とレオナールが恋人とまでは言えないけど、いい関係だと思ってるよね……それで言えないって言うのは気を使ってるから……え……まさか……)
「元カノ?」
***
「今回の公演、アルは観に来たか?」
「この公演はキスシーンがありますので、観たくないそうです。……それよりも、彼女のことはいつもの遊びではないのですね?」
「ああ」
「本気なのですか?」
「そうだ」
「……これを知っているのは?」
「今のところヴァルだけだ」
「では、アルとルネは知らないのですね?」
「ローズとは王都研修に来てから知り合っている。その間、2人には会っていないからな」
「そうですか」
「まぁ近いうち知るさ。2人だけではなく、一族皆がな」
「……発表でもされるのです?」
「発表と言うよりも、今度の集まりは彼女と行く」
するとオディリアは目を見開いた。
「まさか!! 一族の集まりにですか!? 今度の集まりは舞踏会を兼ねてます!! 分かっていますよね!?」
「勿論」
「どうなっても知りませんよ!!」
「父上からは、パートナーと共に参加するよう言われていてね」
「そのパートナーは違う人です……反対しますよ、一族皆が」
「だろうな」
「彼女はどこまで知っているのですか? 何も知らないように見えましたが」
「そうだ、何も知らない。俺の家名すらもな」
「ご冗談でしょう?」
「いいや、冗談ではない。集まりに連れて行くこともまだ言っていない」
オディリアは信じられないと、口を抑えている。
「それではもう行く。セゾニエ子爵によろしく」
「え?」
「これから予定があるのだろう。それに、セゾニエ子爵がブランティグルに来ていた。食事でもするのかと思ったが違うか?」
「いえ、その通りです。父には本日レオナール様がお見えになったことだけをお伝えしますね。この話は聞かなかったことに」
レオナールはドアノブに手をかけ出て行こうとする。
「最後にお聞きしたいのですが……」
「何だ」
「レティシアはどうするのです?」
その名前を聞いたレオナールは、オディリアをひと睨みして、特に何も答えずに部屋を出て行った。