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15.舞台休憩

 食事中ローズは悶々と考え、レオナールはそれを察してそんなローズをただ黙って見ていた。


 ゆっくりと食べ終わった頃に、【精霊王と村娘】の始まりを告げる劇場の(ベル)が鳴った。舞台は二幕構成になっている。一幕が終わると20分程の休憩を挟んで、二幕が始まる。


 大まかな話としては、精霊王オーベロンと村娘の恋の話となる。互いに一目惚れをした2人は惹かれ合う。しかし精霊達や人間達は2人の関係に反対する。何より、オーベロンにはティターニアという妻がいる。だがそれでも愛を貫こうとする話である。


 一幕が終わり休憩時間となった。休憩時間の為、大半の観客は一旦外へと出て、飲み物の注文や御手洗へと行く。


「あっという間の第一幕……素敵だったな……特に村娘役のオディリアがもう本当に可愛い」

「そうか?」

「そうよ! あんなに可愛らしくって演技も上手い女優さんなんてそういないんだよ!」


「…………そうか?」

「分かってないんだから。あまり舞台観ないのね。はぁ、御手洗行ってこようかな。レオナールは?」

「俺はいい」


 ローズは立ち上がり、部屋を出た。そして御手洗を探す。


(確かラウンジの所に……)


 ラウンジまで行き、女性用御手洗へと入り用を済ませる。手を洗っていると、婦人達がヒソヒソとこちらを見て話していた。


(……なんだろう。何か変だった? 貴族のトイレのマナーとかあるのかな)


 耳を済ませてみると「あの娘は平民よね?」「やはりそう思います?」「何故ここにいるのかしら」と話している。


(あっ……はいはい……なるほど……)


 ここは平民が簡単に入れるような場所ではない。ましてや貴族が平民を連れてここに来ることなど珍しいなんてものではない。


(だからって、そんな分かりやすく悪口言わなくっても……)


 言われてしまうのは仕方ないとして、どうせなら分からないように言って欲しい。せっかく面白い舞台を観に来たというのに、これでは台無しである。

 ご婦人達は御手洗を出ていった。ローズは溜息を吐いて、手をハンカチて拭くとその場を立ち去った。


(さてさて戻りますかね)


 ローズが部屋へと戻ろうとすると、スタッフの一人が立ちはだかった。なんだろうと首を傾げると、「ここは貴族席のラウンジですが何か?」と聞かれた。


「えっと……一緒に来てるんです。貴族の人と」

「お嬢さん。そのような事を言わず、迷子なら迷子と言って頂いて結構です。ご案内致しますので――」

「え……? ええ!? いや違います! 本当に――」


 部屋へと案内してくれたスタッフを探そうと見渡したが、そのスタッフは今いないらしい。


「はぁ……。たまにいるんですよね。貴族席に入りたがる平民って」

「違っ――」

「いいですか? 貴女がここにいることによって、迷惑に感じる人もいるんです」


「私、何もしてませんけど?」

「ふっ……まぁなんと言うか……存在がですよ」


 ローズは目を大きく開けた。なんと失礼なスタッフなのだろうか。そしてこのスタッフの後ろの方には、先程御手洗でヒソヒソと話していた婦人方が見える。


(あの人達か!!!!)


 先程のご婦人達がスタッフに追い出すように言ったに違いない。


「失礼ですよ。今の発言は」


 男の声が横から入ってきた。その声の主は、公演が始まる前に見たあの銀髪の男性だった。

 先程は横顔しか見れなかったが、切れ長の目に瑠璃色の美しい瞳をしており、レオナールに引けを取らないほど整った顔立ちをしている。


「ですが――」

「彼女が何をしたのですか? ここにいただけでしょう」

「しかし――」

「先程から話しを聞いていましたが、一緒に来た方が貴族だと言うではありませんか。ならば何も問題無いのでは?」


「……そう言う嘘を吐く人も世の中には――」

「確認はしたのですか?」


「……していませんが」

「お嬢さん。チケットは持っていますか? もしくは、何か証明出来そうな物は」

「えっと……チケットは一緒に来た人が持ってるんです。さっき案内してくれたスタッフもいなくて……」


 すると、スタッフは勝ち誇ったような顔をした。


「で、でも、カメリアの部屋に行けば、そこに相手がいますから! カメリアの部屋にいる人に聞いて下さい!」

「そんなことを言って、行っている間に逃げる気では?」

「違います!」


 このスタッフはどうにかして追い出したいらしい。何を言っても無駄なのだ。


 すると、銀髪の男性が「なら、私がここにいますよ」と言う。


「いや、でも――」

「もし貴方が間違っていたら彼女に謝って下さい」


「……はぁ……分かりました。確認して参ります」


 スタッフの男はその場を立ち去った。銀髪の男性はローズに微笑み「大丈夫ですか?」と声を掛けた。


「あの……大丈夫です。ありがとうございます。でもすみません。トラブルに巻き込んでしまって」

「いいえ。なんてことありません。それに、こういうふうに平民だからと差別するのは嫌いなんですよね」


 貴族に珍しく傲慢さがない男だった。レオナールとは正反対である。だいたいの貴族は平民を見下すものだ――とは言ってもレオナールはローズを見下していないのだが、この銀髪の男性は全ての平民に対してそのような態度をとっていそうである。


「どうかしましたか?」

「あっ……その……なんと言いますか、私の知ってる貴族とは違うなって。それに……私が嘘を吐いていると思わなかったのかなと」


「ああ、そうですね。思いませんでした。最初の毅然とした態度もそうですし、それに『カメリアの部屋』と言っていたでしょう? ここの劇場は、個室1つ1つ名前があります。それを知っているということは案内されたのだなと。あの発言で確信しました」


「なるほど」

「本当に許せません。平民だからと見下すような奴らは」


 そう言うとジロっと遠巻きに悪口を言っていたご婦人達を睨んだ。ご婦人達は気まずそうに目を逸らす。


「まぁ、ああいう人達には何を言っても無駄ですが――」


「し、失礼致しました!」


 先程のスタッフが慌てて戻ってきた。冷や汗をかき、顔は真っ青である。その後ろからはレオナールが来ており、スタッフの後頭部を穴があきそうな程、睨み付けている。


「確認が取れました。申し訳ありませんでした!」


 後頭部に刺さる視線を感じるのか、謝罪をするとあっという間にスタッフはいなくなった。スタッフがラウンジからいなくなるまで、レオナールはその男を睨み付けていた。


「はぁ。チケットを渡すなりすればよかったな。悪かっ……」


 視線をスタッフからローズの方に向けると、レオナールは驚いた顔をした後、顔をしかめた。目線はローズでは無い。銀髪の男である。


「どうしたの?」

「いや……別に」

「そう。あ、あとねレオナール、この方が助けてくれたの」


 そう言ってローズは銀髪の男性を見ると、彼も顔をしかめていた。先程までの優しそうな顔はどこにいったのか。


「こいつが?」

「うん……そうなんだけど……やっぱり知り合いなの? 友達とか?」


「違う!!!!」「違います!!!!」


 2人同時に力強い声を上げた。それに驚き目を見開いていると「お嬢さん」と銀髪の男性がなるべく優しく声を出した。だがその裏に怒りがフツフツと沸いているのを感じる。


「驚かせて申し訳ありません。ですが、一緒に来た人物はこの男ですか?」

「そうですけど……」


「こう言ってはなんですが、この男と一緒にいるのは貴女にとって良くありません。必ず不幸になりますよ」

「え?」

「はぁ、また意味のわからんことを言い出す」

「本当のことだ! いいですかお嬢さん。この男は傲慢で自己中心。自分が利益を得る為ならなんでもするような男です。それに女性関係も良くない。複数人恋人がいますよ。貴女も被害者の1人になってしまう」


 銀髪の男性は、歯をギリギリと噛み締め怒っているようだ。


「……ふざけるなよ。勝手なことをベラベラと」

「本当のことだ!」

「ローズ。休憩時間が終わりそうだ。もう行くぞ。それに、こいつと話していても意味が無い。変な正義感を振りかざし、俺の話は一切聞こうとしない奴だからな」


「レオナール! 貴様!」

「ローズを助けてくれたことには礼を言おう。だがな、ありもしないことをベラベラと話す妄想癖は直した方がいいぞ、エルキュール」


 レオナールはローズの肩を抱き寄せ、カメリアの部屋へと向かう。チラッと後ろを振り向いて、銀髪の男性――エルキュールを見ると、こちらをまだ睨み付けていた。


(やっぱり知り合いだったんだ。友達とは程遠いけど……そう言えば肩……)


 肩を抱き寄せられ、密着するように歩いている。カメリアの部屋へと入ると、それぞれ席へと着いた。レオナールは黙っているが、苛々しているのが分かる。


「あのエルキュールって人は、何で知ってるの?」


「……都立学校の時からだ。卒業後、奴はスズリ地方の騎士学生だが、今は王都研修で顔を合わせる日々だ」

「仲良くないのね」

「いや。見てなかったのか? 互いに殺したいという思いで一致する程に仲はいい」


「ふふっ」


 ちょっとした冗談に笑うと、レオナールも笑った。


「なぁ、ローズ」

「何?」

「あいつが言ったことは気にしないで欲しい。この間話した通り彼女はいない」

「ふーん。でも遊んでる女性は多いんでしょ?」


「……ローズに会う前の話なら、そうなるな」

「わっ、正直」

「そうだ。俺は正直者だからな。それにローズに嘘を吐きたくない」


 そう言って微笑みかけられた。そしてタイミング良く(ベル)が鳴り、第二幕が始まった。

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