14.嫉妬
2人は街中を歩き、劇場ブラギ座へと向かう。ブラギ座は王都ロランにある劇場で、国立の公演会場の一つだった。
建物全体に彫刻が施された豪華絢爛な建物で、観光名所の1つにもなっている。
「元気そうだな」
こう話すのはレオナールだ。1度デートをして満足したのか、収穫祭の次の日から彼は店に来なかったのだ。
「そうね」
ぶっきらぼうに答えた。来ても頬にキスされたことを思い出してしまうので、来なくて良かったと思っている。だが同時にこんなに意識しているのは自分だけだろうなと悔しい気持ちもあった。
「寂しかったか?」
「別に!」
「そうか? 不満そうだ」
「違いますー。ただ……1つ文句を言ってやろうと思って」
「文句? 言われるようなことはしていないが?」
「ほっぺにキスしたでしょ!」
そう言うと彼は驚いた顔をしていた。
「何よ」
「キスをして文句を言われたのは初めてだ」
ローズは口を開けてポカンとするしかなかった。今まで勝手にキスしても、怒った女性はいないという。さり気ない――いや、あからさまなモテ自慢も腹が立つ。
レオナールの腕を強く握り、痛みを与えた。だが彼は少し困ったような顔をするだけだった。
図書館から劇場までは近い。そんな話をしているうちに着いてしまった。
入り口は2つある。1つは平民の入り口で、右端の申し訳程度の小さな入り口だった。もう1つは貴族の入り口で、建物の中央にあり黒い服を着た警備員が2人立っている。レオナールは胸の内ポケットから2枚のチケットを出し、受付けの女性に渡した。
女性はチケットを確認し、手に持っていた機具で穴を開けた。
「どうぞこちらへ」
(わー、貴族の方だとこんな感じなんだ)
入ると直ぐに大きな階段があり、それを登るとラウンジに出た。貴族席は1階の最前列から中央あたりまでと、2階から4階にボックス席にある。平民の席は1階の後ろの方の見にくい席しか無く、ラウンジも無い。ここは赤いふかふかの絨毯が敷かれ、高級感が溢れている。バーもあり、バーテンダーがカウンターで飲み物を作っている。飲み物を配っているスタッフもいた。
「まだ始まるまで時間がある。何か頼むか?」
「うん。実は少しお腹が空いてて……サンドウィッチがあればいいな」
「前はあったな。では食べてから席に――……」
レオナールの言葉が止まった。カウンターの席を見て止まってしまっている。
「どうしたの?」
「……いや」
彼は眉をひそめた。レオナールが見ている物はなんだろうと思い、同じ方向を見てみたが銀色の髪の男性が女性と一緒にお酒を飲んでいるだけだった。
「綺麗な髪の人……」
明かりに照らされキラキラと光る銀色の髪は、絹のように滑らかに見えた。ちらりと見えた横顔も格好良いように見え、小説の主人公のようだった。
「あんなのが??」
心の底から嫌そうな声がし、レオナールを見れば顔をしかめていた。対してレオナールは黒い髪であり、珍しいわけでは無い。だが手入れをされていて綺麗である。
「好きというか、まぁ……なんか格好いい」
「そうか?? 俺には全くそうは見えないが??」
声色が何となく怒っているようだった。
(何か悪いこと言ったかな……)
「もうお腹空いたから頼も」
「頼むがここでは頼まない」
「え?」
「席で頼む。席でも飲み食いは出来るからな」
レオナールは会場入り口に並ぶ、黒い服を着たスタッフにチケットをスタッフに渡す。
「カメリアの部屋ですね。案内致します」
男は2人の前を歩いて席を案内した。幾つもある個室のうちの1つに入った。中は小さな個室に椅子が2脚とサイドテーブルが1つあった。前は舞台が見えるようになっており、視線を下げると1階席と舞台が広がる。
「食事を頼む。サンドウィッチはあるか? あるならそれを2人分。飲み物は――」
レオナールは視線をこちらに移した。飲みたい物を言え、ということなのだろう。
「紅茶がいい。ミルクと砂糖を入れて下さい」
もしかしたら平民の知らないマナー違反になるかもしれないと思い、遠慮せずに飲みたい物を言った。
「それを1つとコーヒーを頼む。コーヒーは何も入れないでくれ」
そう言ってレオナールは金貨1枚を出した。
「釣りは要らない」
「かしこまりました」
スタッフは部屋を出て行った。ローズはレオナールを見ると、ムスッとしているのが分かった。まだ銀色の髪を褒めたことを怒っているようだ。
「ねぇ、そんなに怒ること? ちょっと髪色を褒めただけじゃない。それにレオナールの髪も綺麗だよ」
そう言ったのは、「レオナールよりも髪が綺麗」と聞こえてしまったのではないかと思ったからだ。
彼はジロっとローズに視線を移した。
「別に怒っているのではない」
「じゃあ何」
「……嫉妬をしている」
「……え?」
「ローズ。俺は案外嫉妬深い。俺の前で他の男を褒めるな」
思ってなかった答えに驚き「え、えと……えーと?」としどろもどろに答えるしかなかった。
「しかもよりによってアイツを……」
そうレオナールは小声で呟く。「知り合い?」と聞き返したが、これには答えてくれず黙って見つめてきた。
「どうしたの?」
すると、レオナールの顔がどんどん近付いてきた。ローズは動かずにいると、レオナールは右手を頬に添えてきた。
(あれ……これって……キスしようとしてる!?)
ハッとしてレオナールの胸を押した。だがレオナールの手はまだ頬に添えられたままだ。
「そういうのは付き合ってから!」
「……面倒だな」
「……レオナールはいつもそうなの?」
「いつもとは?」
「付き合ってない女の人とキスするの?」
「相手がして欲しそうだなと思ったらする。喜ぶからな」
「私はして欲しそうだった!?」
「いいや。俺がしたかった」
この男は何処までも自分勝手なのだと呆れた。
「私は恋人とだけ、そういうことがしたい」
「ローズは俺のことどう思っている」
「ど、どうって……」
「少しは期待していいのか。それとも全く駄目なのか」
「……なんのこと」
「とぼけないでくれ。俺はローズが好きだ。願わくば恋人になって欲しい」
心臓がドキドキとはち切れそうになる。初めて面と向かって告白された。これまでもアピールはされていたが、しっかり言葉にされたのは初めてである。それどころか、こんな経験生まれて初めてなのだ。
「そ、そう言う割には、収穫祭の後来なかったじゃない! あんなに毎日来てたのに、1度デートして満足したんでしょ! 家名当てない限り店に来続けるなんて言ってたくせに!」
「……店に行かなかったこと、やはり怒っているのか?」
「ち、違う!」
「行かずに寂しい思いをさせたのは悪かったと思う」
「寂しくない!」
「行かなかった理由は、デートをして満足したのではない。学校のせいだ」
「……え?」
「面倒な事に剣術大会の準備をしなくてはいけなくてな。それで朝時間もなく、学校が終わる頃にはローズの店は閉まっていた」
「あっ……そう……」
「1度デートして満足? 満足するわけがない。俺はローズに毎日会いたいし、何度も2人で出掛けたい」
顔が赤くなっていくのが分かる。見られたくなく、顔をそらした。そして必死に別の話題にしようと考え、1つの話題を思いついた。
「ねぇ、剣術大会に出る精霊称号の貴族ってレオナール?」
ローズは顔が近いレオナールを直視出来ず、視線を外しながらそう言った。レオナールはフッと笑い「俺は出ない」と言う。
「え? あれ? でもレオナールはヴァンの貴族なんじゃないの?」
「ほぉ、図書館でそこまでは調べあげたか」
「家名は分からなかった。けど……本当にそうなんだ」
「ああ。簡単だったな」
「軍港がある領地は少ないから、あの質問しておいて良かった」
「あれは良い質問だった」
「なら、ラファル家、ミストラル家、クードゥ家のどれかなのね」
「そうなるな」
「……なんだか信じられない」
「何故だ?」
「精霊称号の貴族ってもっと近寄り難いイメージだし、それにヴァンの貴族ってあまり……ねぇ」
「まぁ何故か良い印象はない人達が多いな」
「そうだね……ラファル家じゃないよね?」
「さぁな」
「ミストラル家?」
「どうだか」
「クードゥ家?」
「分からんな」
「もう!」
「当てたい時は理由を言え。当てずっぽうは駄目だ」
「ケチー」
「可愛い顔して言っても駄目だ」
「かっ、可愛くない!」
「そうか? 可愛いけどな……」
レオナールはローズの顎に触れ、クイッと持ち上げて視線を合わせさせた。
(ああ……まただ。またこんな表情……)
「そろそろ俺との交際を真剣に考えて欲しい」
レオナールはローズの手を握る。ローズは真っ直ぐな彼の視線に顔がこれまで以上にあつくなった。
「わた、わ、わた、し、私は――」
――コンコンッ。
誰かが個室の扉を叩く音が聞こえた。レオナールが元の姿勢に戻り返事をすると、スタッフがサンドウィッチと飲み物を持ってきた。
スタッフがいなくなると、ローズはサンドウィッチを口に放り込んだ。ハムとチーズの塩っけが口に広がる。
『交際を真剣に考えて欲しい』
(私はレオナールのことどう思ってるんだろう……)
初めの印象と大分違う彼に、ローズは自分の気持ちが分からなくなっていた。