10.特別
2人は外へと出る。沿道にはまだ人が多く居た。子供達はパレードを追い掛けている。行列と更にはパレードを見に来た人で、ごった返していた。
「しっかり掴めよ。はぐれたら面倒だ」
レオナールは再び腕を掴むように言う。ローズは頷いてさっきよりも強く腕を掴んだ。人混みの中を歩き、屋台が出ている広場へと向かう。
腕を掴んで思った事は、案外逞しい腕をしているというこどだ。騎士学校へと通っているので、服を脱げば筋肉質なのかもしれない。そんなことを考えてしまい、頭を横にブンブンと振った。
「どうした?」
「別に」
『貴方の体付きを想像していました』とは言えず、下を向いて歩いた。
数分後、広場へと着いた。
大きい広場の中心には、銅像とこの日の為に設営された祭壇にお供え物が置いてあった。各場所では屋台があったり、演し物をしている。食べ物の屋台もあれば、安い宝飾品の屋台や、ボールを投げて的に当てる等の遊べる屋台もある。
広場の奥には移動式の遊園地があり、小さな観覧車やメリーゴーランドが見えた。他には、紙芝居に子供達が目を輝かせながら話に魅入っていた。
ローズ達はまず祭壇の方に歩いた。祭壇の近くでは、収穫祭の手伝いをロイクがしていた。ロイクの父は実行委員の1人なので、毎年手伝いをしていた。
「ねぇ、レオナールは何をお供えしたの?」
「ここではしない」
「え、なんで?」
「領地で収穫祭をやるからな。あっちでもこっちでもお供えしていたらキリがない。だから、領地のみと決めている」
「そうなんだ。領地では何をお供えする事が多いの?」
「ここと同じで農作物もあるが……こっちよりも花とか風で動く物が多いか」
「風で動く物? なんで?」
「あっちはシルフィード信仰が強いからな」
地方によって四大精霊の信仰の強さは違う。西のヴェストリ地方では、風の精霊であるシルフィード信仰が強かった。
「あ、そうか」
(特に領地のヒントにはならないか……)
「小さい頃は風車を供えていた」
「え! 風車!?」
「風で動くからな。結構多いんだ」
そう言ってレオナールは笑っていた。ローズはレオナールにそんな可愛らしい時期もあったのだなと、軽く笑った。
「それと家は少し特殊だ」
「特殊? なんで?」
「今日も収穫祭をやるが、その数日後、一族が集まってまたやる」
「へー。聞いたことないかも。それはヴェストリ特有なの?」
「いや、家だけかもしれん。収穫祭で戦ってもらった精霊に対して労う気持ちでやる」
「へー、珍しい。信仰心が強いのね」
「それを理由に集まって酒盛りをしているだけだろうがな」
レオナールは苦笑いをした。
「そういえばローズは何を供えたんだ?」
「花屋だから花だよ」
そう言いながら祭壇を横切る。するとロイクが此方に気付いた様で手を振ってきた。ローズは笑って手を振リ返す。だが笑っていたロイクのその動きは途中でピタッと止まった。
「知り合いか?」
「うん、幼なじみ」
「ふーん」
「何?」
「案外罪な女だなと」
「……どういう意味?」
「気にするな」
フッと笑うレオナールに疑問を感じたが、気にしないことにした。祭壇の周りは食べ物の屋台が多かった。
ナディアの家も屋台を出していたが、ナディアは子供の面倒を見るため屋台には出ていなかった。
良い匂いはするが、先程食べてきたばかりなので食べ物の屋台は通り過ぎた。更に火をふく男の演し物を横切り、ボールの的当て屋台の横を通る。景品の中にあった一角獣のぬいぐるみを見つけ、幼い頃欲しかった記憶を思い出した。
「小さい頃、あれが欲しくて」
「ああ、子供はよく欲しがっているな」
「レオナールは欲しくなかった?」
「別に」
「そうなの? 可愛くってふわふわしてて、欲しくてたまらなかったんだよね。だからお父さんに頼んで、でも取れなかった」
愛人を作って出て行った父親だが、幼い時は良く遊びに出かけてくれていた。
(あ、そうだ。これ取ってもらうまで動かないっていう嫌がらせしようかな)
「ねぇ、あれ欲しい」
「あの一角獣が?」
「うん。だから取ってみて」
レオナールは少し考えるようにローズをじっと見たあと、「分かった」と答えた。そして店の前に行き、小銀貨2枚を出した。
「ボールは10個。全部当てりゃ一角獣だよ兄ちゃん」
歯が抜けたおじさんは、レオナールに籠を渡す。中には掌サイズの赤いボールが10個入っていた。このボールを的に当てればいいのだ。
「やった事ある? 意外と難しいよ」
「なら取れるまでやればいい」
そう悪戯に笑い、ボールを手に取った。
(なら、お手並み拝見ね。難しいから何十回もやると思うけど。何回で根をあげるかな)
だが予想に反してボールは全て的に的中。あっという間に一角獣を獲得した。
「え、えっ?」
予想外の出来事に目を泳がせた。そして苦し紛れに「あれも欲しい!」と別の屋台にある一角獣のぬいぐるみを指差した。
その後は輪投げやくじ引きをやった。驚いたのはくじ引きで一角獣を当てた時だった。ローズは顔を引き攣らせるしかなかった。
ローズの両手には、上半身程の大きな一角獣が1つと小さな一角獣が6つ。どれもこれも可愛らしい。
だが――。
「次はどれだ?」
「もういいよ!」
レオナールはローズの両手にある一角獣を見て笑った。
「……取りすぎ」
「気に入らなかったか?」
嫌がらせをする計画は失敗したが、取ってくれたのは少し嬉しかった。
「……ありがとう。小さい時の夢は叶ったよ」
感謝はしている。それに意外な一面も見れた。あまり遊びに夢中にはならない人だと思ったが、違うらしい。屋台のゲームでも楽しんでやっているように見えた。
(案外子供っぽいとこあって可愛いのかも)
「どうした?」
「なんでもない。そうだ。少し休憩――」
「レオナール様?」
少し疲れてきたので休憩したいと言おうとした時、女性が声を掛けてきた。見れば綺麗な日中用ドレスを着た女性で、見覚えがあった。前に腕をレオナールの腕に絡ませうっとりとしていた女性だ。
「やぁ、メリッサ嬢」
「やはりレオナール様! まさかお会い出来るとは思いませんでした」
キラキラとした目でレオナールを見つめた。ローズのことは視界に入っていないようだった。
「レオナール様も収穫祭をお楽しみに?」
「そうだ。案外王都の収穫祭も楽しくてね。驚いている」
「まぁ! そうなのですね。私はまだ友人達と来たばかりなので楽しいことに出会っていないのです」
彼女の後ろには他に2人の令嬢がおり、目を合わせて扇子で口元を隠しながらクスクスと笑っている。友人の恋模様を楽しんでいるようだった。
「レオナール様は御1人……では無いようですね」
(あ、やっと視界に入ったんだ)
メリッサは訝しげにローズを、頭の先から爪先まで、品定めするように見たあとほっとする様な顔をした。
「良ければ一緒に回りませんか? もちろん、そちらの使用人の方もどうぞ」
(使用人!?)
確かに平民の格好なのだから仕方ないが、レオナールの使用人に思われたというのが腹が立つ。
(使用人って……いや、使用人も立派な仕事だよ! 寧ろ、御屋敷の使用人って就職倍率高いからなかなかなれないけど、なんか腹立つ!)
そう言われたレオナールは優しく微笑んだ。
「メリッサ嬢。彼女は使用人ではない」
「え……ではお連れ様ですか? 見たところ平民のようですが」
「そうだな」
「……失礼ですが、そのような者と歩かれるのはレオナール様の品位を落としてしまうかと」
メリッサは顔をしかめローズを見た。露骨に敵意を向けられ、ローズは驚いた。
「メリッサ嬢。それは聞き捨てならない。彼女は私の大切な人でね」
レオナールはいきなりローズの肩を抱き寄せた。突然である事と、両手が一角獣で塞がっており対応出来ず、そのまま抱き締められた。
(ち、近い!)
レオナールの顔がとても近い。ムスクの香りが鼻腔をくすぐる。自身の顔が赤くなっていくのを感じた。
「申し訳ないが、今まさに口説いている最中なので、彼女と2人で回りたい」
メリッサは目を見開き、口をわなわなと震えさせていた。
「そう、そう、そ、そうなのですか」
「メリッサ嬢も友人達と楽しんでくるといい。ああ、そうだ……」
レオナールはローズの手にあった小さな一角獣を6つメリッサへと渡した。
「彼女の為に取ったものだが、取りすぎてしまってね。1人ちょうど2つずつだな。どうぞ」
メリッサは唇を噛み締め下を向いて「ありがとうございます」と言った。
「礼はいい。では」
2人は肩を寄せあいながら、その場を離れた。それは周りから見れば、周りが見えていない痛いカップルと思われても可笑しくない。
「ねぇ、もう離して」
恥ずかし過ぎて顔が赤いので、一角獣に顔を埋めながらそう言うと、レオナールは肩を離した。
「残念だ。もう少しこうしていたかった」
「なっ!」
(ダメダメ! レオナールのペースに巻き込まれちゃ!)
「ひ、品位を落とすよ」
メリッサから言われたことを皮肉で言ってみた。あの時のあの発言は、正直腹が立っている。貴族と平民なのだから、相手の言うことも分かるが、そんなことを言われる筋合いはない。
「あの言葉は気にしなくていい。品位など落ちない」
「でもその通りだよ。私とレオナールは合わない。身分が違うもん」
「気にしなくていいと言っている」
「けど――」
「何度も言わせるな」
真剣に言うレオナールを見て、何も言わずに黙った。
「はぁ……そもそも、俺に品位などあると思うのか?」
「……黙ってれば」
「おい」
「ふふっ」
少し笑ってしまうと、レオナールも同じように笑った。黙っていれば品があるように見える。実際最初はそう思ったものだ。話してみれば嫌な奴であったが――。
「俺はローズとなら身分の差なんて気にしない」
「その言い方、他の人なら違うって聞こえる」
「ああ」
「違うの?」
「違う。ローズは特別だ」
ローズは顔を赤らめながら「そうなんだ」と答えるしかなかった。