9.クイズ
食事は美味しいはずなのに、他のことで頭の中がいっぱいだった。支払いも気になるが、レオナールがぶつけてくる真っ直ぐな想いも気になってしまう。
「それで、他に聞きたいことは?」
「ええっと……出身とかかな」
「え? ふっ……ははっ」
「え、なに!?」
「いや、なんと言うか……知らないと言うのが面白くてな。そうだな……ヴェストリ地方出身」
「それは初めて見た時から分かってた。ついでに言うなら貴族だろうなって事も」
「ほぉー。何故だ」
「緑の騎士学校の制服だったし、香水つけてるし、家の花屋はブランティグルに近いから」
「ふむ、それもそうか」
「どこの領地なの?」
「んー……それは秘密にしておこう」
「え」
「言ってしまったらつまらんだろう。当ててみるといい」
「当てたらどうなるの? 何かくれる?」
「そうだな……」
レオナールは右手を顎に触れて悩んでいる。数十秒悩んだ後声を出した。
「俺を振る権利をやろう」
「……は? 何それ! それまで私は貴方――」
「名前」
「レ、レオナールを振れないの!? 意味わからない!!」
「俺を振りたいなら、早く家名を当てることだな。当てられない限り、俺は店に行き続けるぞ」
「そんなの嫌!」
「なるほど。俺を振りたくないと、もっと店に来て欲しいと」
「はぁ!?」
ローズは歯を食いしばった。そして、『多分これならローズも飲めるだろう』と、レオナールが頼んだ梅酒を一気に飲んだ。
「いいわ! やってあげる!」
売り言葉に買い言葉だが、ああ言われて買わない訳にはいかなかった。
「俺のことをよく見て考えれば、すぐ分かるかもな」
「そうね! じっくり見させてもらいます!」
息巻くローズと違い、レオナールは余裕そうだった。そして扉を叩く音が聞こえワゴンを持って店員が入ってきた。主菜を運んで来たのだ。
ローズの前には鶏の照り焼きとパン、味噌汁が置かれ、レオナールの前には川魚と野菜の天ぷら、ご飯、味噌汁が置かれた。
「ねぇ、領地にいる時は川魚より海魚?」
「そうだな」
「生魚も食べるの?」
レオナールは軽く笑い「食べる」と答えた。
ヴェストリ地方は海がある地方なので、生魚を食べる習慣がある。だが内陸に行くにつれて、その習慣は無くなっていく。
それらを考えると、レオナールが住む領地は王都に近い内陸ではない。
「そう……なら、海に面した領地なのね」
「そうだな」
(よし、今度のお店の定休日は図書館だ)
領地地図を見なければ。そう心に決めたのだった。
鶏の照り焼きは美味しかった。照り焼きソースはナギナミ料理では良く作られるソースで、ローズはこのソースが好きだった。お皿に残ったソースは、ちぎったパンにつけて食べた。
主菜を食べ終わった頃、店員が来てデザートのわらび餅と紅茶を置いていった。レオナールはデザートを頼んでいなかった。彼は甘い物が好きでないようで、Aコースを頼んだらしい。珈琲だけがレオナールの前に置かれた。
ここでふと疑問に思ったことがある。レオナールはローズのことを聞かないのだ。この様に質問したら、逆に聞き返すはずである。
「ねぇ、あな――レオナール」
「何だ」
「その、私のことは聞かないの?」
「過去の男は興味が無い。出身は王都だろう?」
「そう……だけど……」
「古い冷蔵ケースがあるということは、長いこと花屋をやっている家系だ。繁盛店では無いが上手くやっている。花の手入れも良い。良い店だ」
「……ありがとう」
「ローズ自身のことは自分で知りたい。例えば今日こうやって会ってみて、分かったこともある」
「何?」
「ナギナミ料理が好きなことが分かった。行列が出来てても行きたいくらいだからな。生魚は食べない。まぁ、王都にいたら食べる機会もないだろうが。あとは、酒も多少は飲めることも知った。それと――」
レオナールはふっと笑う。ローズはそれを見てドキッとした。それを誤魔化すように、わらび餅を急いで口に放り込み紅茶で流し込んだ。
「髪を結っていても似合う」
「……え?」
「普段は下ろしているだろう? けど、結っていても似合う」
(ヤバい……さっきから恥ずかしい……)
「ちょっと、御手洗」
火照った顔を少しでも見られないよう、トイレへと向かう。トイレに備え付けられた鏡をみて、頬が赤らんでいるのが目に見えて分かった。
(どうしちゃったの私……お酒のせい?)
第一印象最悪の男が、酒のせいか素敵に見えてくる。
(顔がちょっとタイプなのがムカつく……ちょっとだけど……。きっとそのせいだ!)
深呼吸をして落ち着かせた。
(家名……当てなきゃ……)
ヴェストリ地方の海に面した領地だということしかまだ分からないが、きっと他にもヒントは溢れているはずだ。
(紋章分かればな。紋章図鑑で一発なのに)
この階に来る時に、レオナールは銀の懐中時計を店員に見せていた。あれに紋章が彫られているのだ。だから、店員は入れてくれたのだろう。
(見とけばよかったー!)
最後に大きく息を吐いて、個室へと戻った。
戻るとレオナールは外を見ていた。
外では昼のパレードが行われ、これから広場へと向かう。神輿には今年の四大精霊っ娘に選ばれた女4人と、今年のハンサム精霊王に選ばれた男1人が乗っていた。その周りでは楽器を奏でながら、人々が歩いている。
沿道や建物の中にいる人々に、笑顔を振りまき手を振っていた。
「そろそろ行くか」
「うん。支払いするから店員さん呼ぼうか」
「いや、もうした」
「……え?」
「もう終わった。行くぞ」
「え、待って! 私払う!」
そう言うとレオナールは心底嫌そうな顔をした。どうやら自尊心を傷つける発言だったらしい。
「いや……ありがとう。ご馳走様です」
そう言うとレオナールの顔は普通に戻った。だが、まだ少しムッとしている様子である。
(そんなに駄目な発言だった? 今度貴族社会のマナー本読もうかな)
ローズは頷き立ち上がった。外套を羽織り、マフラーを巻いた。
「マフラー、気に入っているようだな」
「……寒いし他のマフラー無いの」
するとレオナールの機嫌が直ったらしく、笑いながら「どうぞ」と扉を開けた。ローズが部屋を出ると、レオナールも部屋を出た。