0.プロローグ
ミーズガルズ王国のいち平民であるローズは、自室で深呼吸をした。自室であるのに緊張しているのは、明日が結婚式だからだ。
未だに自分が結婚するということが信じられない。
数年前に恋人と別れ、もう二度と恋愛は出来ないと思っていた。今回結婚出来たのは奇跡かもしれないと思っている。
ローズが結婚出来ないと思っていた理由は、子供が出来ないからだ。生まれつきではなく、不幸な事故によってそうなってしまった。
跡継ぎというのは、どの家も欲しがるもの。
ローズは跡継ぎを気にしない男でなければ、結婚出来なかった。
だが明日結婚する相手は、ずっと支えてもくれた相手であり、跡継ぎを気にしなくていいとも言ってくれた相手である。
「誰とも恋なんてしない」と思っていたローズも、彼の誠実さに心惹かれ結婚に至る。元恋人とは真逆の性格である。
(人生どうなるのかなんて、分からないものね……)
そう考えながら微笑み、ハンガーにかけられたウエディングドレスを見た。
ドレスといっても、シンプルなロングワンピースのような物である。貴族であれば、コルセットやフリルやレースに、刺繍やビーズ、煌びやかなアクセサリーなどを付けるだろうが、平民であればこれでじゅうぶんである。
真っ白なウエディングドレスは、蝋燭の光によって琥珀色に輝いていた。
「ローズ!!」
ローズがボーッとドレスを見ていると、扉の向こうから母親が大声を上げた。
「なにー?」
「もう夜遅いのよ! クマができた顔で式を挙げるつもり!? 寝なさい! 蝋燭がもったいない!」
母親は明日の結婚式で緊張しているのか、ちょっとピリついている。今の相手との交際を報告した際は、薄らと涙を流して喜んでいた。結婚すると報告した時には「これでいいのよ、本当に良かった」と大泣きしていた。
「はーい」
ローズが返事をすると、母親は扉の前から立ち去った。
そしてそろそろ寝ようかと、机の上に置いてあった結婚式の招待状の返信を手に取った。
(結局、返信は無かったか)
そう思いながら軽く笑った。
何枚かある招待状の返信に、元恋人の名前は無い。ローズはちょっとしたおふざけで、元恋人に結婚式の招待状を送っている。
(どんな顔したのかな……笑ってそう……いや、苦笑い?)
ローズの家は花屋を経営しているので、元恋人とは店員と客として極たまに会う。
(この間は小さな花束を買ってたけど、姪っ子にあげるんだって言ってたっけ? 名前がオリヴィアだからオリーブの葉を入れてって注文でね)
初めて会った時、元恋人は相手のことなど考えず適当に花束を頼むような男だった。なので、相手を考えて花束を注文する彼を見て、『変わったな』と思ったのだ。
(そりゃ変わりもするか。何年も経ってるしね……)
そして、ウエディングドレスの横にある黒いマフラーをみやった。何年も使い続け、捨てるに捨てれなかったマフラーだった。
「結婚するんだ……私……」
机の上にあった手持ちの燭台を手に取り、ベッドまで移動すると、蝋燭を吹き消してサイドテーブルへと置く。
ベッドに入り、明日の結婚式のことを考えながら、ローズは眠りについた。