襲撃
シュフテンガルド王国との国境を構えるハーバーク王国の小さな街サモサ。
そこにレミリーから逃げてきたクラウス・ハートマンは暮らしていた。
クラウスの隣にいる女性はマキナ・リナリー。
クラウスと決死の駆け落ちをした恋人だった。
「ねえ、クラウス。私たち大丈夫かしら?」
それがマキナの1日1回の口癖になっていた。
愛し合う者同士で駆け落ちをしたまではいいものの、シュフテンガルドから怒り狂ったレミリーの追手が来ないか、心配なのだった。
「追手が来たときは来たときだよ。どうにかして対応するしかない」
「そうね。この駆け落ちも私が言い出したことだし……弱気でごめんなさい」
「いいんだ、マキナ。僕は君といられて幸せだよ」
「うん。私もあなたといられて嬉しいわ」
「じゃあ、昼ご飯にしようか」
「そうね、今日はパスタにしましょう」
そして、クラウスとマキナが料理に取りかかろうとしたときだった。
どおおおおおおおんっ!!!!! と近くから大きな爆発音が轟いた。
「な、何っ!?」
大きな地響きにマキナが怯える。
「爆発? 事故か何かか?」
と、クラウスが窓から外の様子を確認しようとすると、再度爆発が響いた。
どおおおおおおおんっ!!!!!
どおおおおおおおんっ!!!!!
どおおおおおおおんっ!!!!!
3連続の爆発は彼らの家を軋ませ、食器棚から皿を落下させた。
「ったく、何なんだ!?」
「クラウス、とにかく外に出ましょう!」
「ああ!」
彼らが外に出ても爆音は轟いた。
見れば近くから大きな砂煙が上がっている。
「こ、これは……」
絶句するクラウス。
立ち尽くすマキナ。
やがて、彼らの耳に人々の悲鳴が聞こえて来た。
「馬鹿なっ……どうして彼女が……?」
クラウスの視線の先にいる女。
その女にクラウスは見覚えがあった。
いいや、見覚えがある女なんていう曖昧な存在ではない。
その女は、レミリー・シュフテンガルド。
クラウスの元婚約者。
その強引な婚約からクラウスが逃げ出した存在。
「ハーバーク王国の皆さん、あなたたちはシュフテンガルド王国、第一王女の婚約者を匿っている罪を背負いました! 故に只今より粛清を開始しますっ!」
レミリーはシュフテンガルドの主戦力兵器・魔導戦車から身を乗り出して声高らかに叫ぶ。
「もしも、私の最愛のクラウス・ハートマンがいるのなら出てきなさい! 私の元に帰ってくるのであれば、攻撃は止めて差し上げます! もし逃げ隠れ通そうとするならば、私たちシュフテンガルドはハーバークを蹂躙することさえ厭いませんわっ!」
レミリーの決意を聞いてクラウスは唾を飲んだ。
馬鹿なのか、この女は。
こんなことをしたらシュフテンガルドとハーバークは間違いなく戦争になるぞ。
「と、思ったけれど、戦力は圧倒的にシュフテンガルドが有利。なるほど、僕を言い訳にして侵略するつもりかっ!」
そうこうしている内にレミリーの率いる戦車部隊が進軍を開始する。
魔導戦車部隊は躊躇なく攻撃を行う。
放たれる魔導弾は街を破壊し、瓦礫の山を作っていく。
「クラウス、逃げましょうっ!」
「……っ!!」
マキナに手を引かれたクラウスだったが、彼は力を込めてマキナを引き留めた。
「クラウスっ!?」
「あいつらは本気でこの街を破壊する気だ」
「もしかして、あなた……」
「シュフテンガルド自体の目的は知らないが、レミリーの狙いは僕だ。ここで僕が出ていけば、おそらくこの街はこれ以上壊されなくて済む」
「ダメだよっ! 何のためにここまで亡命してきたと思ってるの!?」
マキナの悲痛な声。
「わかってるよ。けど、僕のせいでたくさんの人を不幸にするわけには行かないだろうっ」
「クラウス……」
彼らがやり取りしている間も攻撃は止まない。
「今はまだシュフテンガルドも手加減している。見てみろ、あの魔導弾は人間には害のない魔力を圧縮したものだ。まあ、街を壊しているんだから、害がないもくそもないが。それでも、まだあいつらは一般人の命まで奪うつもりはないんだよ」
「いやよっ。私は、私はあなたと離れたくないっ……」
「それは僕も同じだ、マキナ。でも、ここまで嗅ぎ付けられたのでは、僕らはいつか殺されてしまいかねない。特に君は……」
おそらく、シュフテンガルドの特殊警察はクラウスは捕らえて、マキナは殺すだろう。
挙げ句、レミリーが直々に戦車部隊で出撃している。
もうクラウスに逃げ道はない。
このままレミリーを拒んで逃げる選択をすれば、シュフテンガルドとハーバークの大戦争を引き起こし、たくさんの人を危険に曝すことになる。
おそらく、それがレミリーの狙いだ。
『私の元に帰って来なければ、自分のせいでたくさんの人間を殺すことになるぞ』という脅し。
まあ、ついでにシュフテンガルドにとっては長年の争いに終止符を打つ良い口実になるわけだが。
「暴君の納める国は最低だな」
苦虫を噛み潰したようなクラウスの顔。
しかし、いくら悔しがったところで、いくら反抗心を持ったところでどうしようもできないのが事実である。
「このまま王女のところに帰ってもあなたは幸せになれるのっ!?」
「なれるもんかっ!」
クラウスは怒鳴った。
「けれど、このまま僕のせいで大勢死ぬ方がよっぽど不幸だっ」
「……」
「それを止めるためにはシュフテンガルドの王室に入って暮らすしかない。その不幸せの方が僕にとっては小さいよ」
「……クラウス」
マキナの瞳に涙が浮かんだ。
「ごめんな、マキナ。ここでお別れみたいだ」
「もう、止められないのね……」
「ああ、残念だけれど」
「そう。じゃあ最後にキスして頂戴」
「うん。心から愛していたよ、マキナ」
「私もよ、クラウス。愛していた。今までありがとう」
そして、2人はキスを交わした。
さよならをするにはあまりにも熱すぎるキスだった。