第9話 ちょっとだけ売ってみる
長時間の採取を2日連続でこなしたこともあり、翌日は休むことにした丸戸。
ただ、この宿に移った日のように、何もしないで1日が終わるのは避けたい。
お金や持ち物の整理、洗濯などをして午前中を過ごす。
途中でおすすめが更新されていることに気づいたが、やることをやってから確認することにした。
今はお昼ご飯を食べてきたところで、コーヒーを飲みつつ、商品を購入する。
【ハンドタオル 100】【ポケットティッシュ 50】【ロールパン4個入り 100】
ティッシュとパンはいくらあっても良いが、ハンドタオルは微妙だ。あればうれしいが、なくてもそんなには困らない。
ハンドタオルだけ保留し、残りを購入。
することがなくなった……。
(この町にというか、この世界に来てから、ろくに見物していないな)
丸戸はギルドと宿と門を行ったり来たりしているだけである。
途中にどういったお店があるのか、一般の人はどんな暮らしをしているのか、まったくといっていいほど知らなかった。
「ギルドに行くまでに、どんなお店があるか、ちょっと見てくるか」
宿屋から西方面に向かうと、ギルドのある南北に伸びる大通りへ出る。大通りは東西にも伸びており、この大通り沿いにお店がずらっと並んでいるのは知っている。
大通りの裏道にもお店がいくつもあり、大通りと門から離れるほど住宅地の割合が増える。
宿屋は東西の大通りから見て3ブロック目にあたり、宿屋の前の通りも店はけっこう並んでいた。
宿屋の左隣は薬屋さんで、その隣が靴屋さん。
(あぁ、靴は欲しいな)
丸戸は今履いているカジュアルシューズしか持っていない。歩きやすいのは良いけど、いずれ履きつぶしてしまうだろう。
道を挟んで布を扱うお店があり、その隣が服屋だった。肌着は買ったけど、その上に着るものも手持ちが少ない。
服屋の隣が革製品の店。
(鞄とか売ってるのかな?)
日本のように壁がガラスではないので、中の様子がわからないのが不便である。
雑貨屋、保存食専門店、木製食器、魔法の生活用具などがあった。この裏通りだけでも、飲食店や居酒屋も複数開店している。
自分が所持しているものと同じものがあれば物価が分かり、買い物したり売却する参考になる。
服はけっこう高い。今着ているものは城でもらったものだが、これと同じようなものはありますかと聞いたら、万単位の金額であった。
肌着みたいなものもあるようだが、受注製作で訪れた店では扱っていなかった。
石鹸もあった。品質が悪いのか、ひどい臭いがする割に、1個3千Gだった。その値段で売れるなら、いざとなったら、10個くらい売ってしまおう。
ハンカチのような薄い生地のものはあったけど、ハンドタオルのような厚めの生地の布は見当たらない。
ハンカチでも数千Gだったので、ハンドタオルもそれくらいで売れるなら、スキルから買うんだけどな……と丸戸は頭の中で計算する。
塩がだいたい1キログラムくらいで5千Gだった。おすすめで買ったのは100グラム90Gなので、1キログラムで900G。使わない分を売るにしても、たいして儲かりそうもない。
軍手もない。皮の手袋はあるが、皮手袋の代わりに軍手で需要はあるだろうか? 売れるかどうか、ちょっとわからない。
(持ち物を処分したい場合はどうしたら良い? 通りすがりの人に売るわけにも行かないし、質屋みたいなところがあるんだろうか?)
こういったケースは、商業ギルドの管轄っぽいと思い、そちらを訪ねてみる。
商業ギルドは東西南北に広がる大通りの十字路の一角にあり、一度来ていたので迷いようがない。
中に入って総合案内のカウンターに向かうと、間もなく順番が回ってきた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
以前会った人とは違う受付嬢だ。
「仕入れたものがあるのですが、こちらで、もしくはどこかで買い取ってくれるお店はありますか?」
「ものによりますけど、こちらで買い取りもしていますよ。どういった商品を扱っていますか?」
「石鹸と衣類、布製品などです」
「商品をお持ちでしたら、拝見させていただいてもよろしいですか?」
「はい、一部ですが持参しました。え~……こちらです」
リュックサックから肌着と石鹸を取り出し、机の上に置く。
「失礼します」そう言って受付嬢が、商品を観察する。
「ありがとうございました。衣類も石鹸も品質が良いですね。担当の者をお呼びしますので、そのまましばらくお待ちください」
商品の買取を、まず受付嬢が判断するのかとちょっと驚いたが、見ず知らずの者が持ち込むものを、担当者がいちいち取り合ってはいられないのだろう。
それほど時間がかからないうちに、受付嬢が戻ってきた。
「商談のための個室にご案内させていただきます、こちらへどうぞ」と、案内される。
商談用の個室は商業ギルドの入り口から入って右手側にあった。
受付嬢についていき、個室の入り口で男性職員が待っており、受付嬢が一礼して下がっていった。
男性職員は30代後半くらい、背は丸戸より高めでやや筋肉質。濃い茶色の頭髪に、茶色の目で、いかにもやり手の商人といった雰囲気がある。
「どうぞ、そちらの席へお座りください」
男性職員とともに席に座る。個室と言うから小さな部屋を想像したが、大きなテーブルもあり、そこそこ広かった。
「初めまして。ギルド職員のカーティスと申します」
「冒険者のレイです。よろしくお願いします」
「さっそくですが、商品のほうを拝見させていただきます」
「はい、こちらです」
まずは肌着のほうを、受付嬢以上にじっくり観察するカーティス。
続いて石鹸を手に取り、鼻に近づけ、香りを確認している。紙の包装紙も気になるようだ。
「石鹸は、実用性を試せないのが残念ですが、香りがすばらしいですね」
「私の使いかけでよろしければ、試用しても構いませんよ」
「それは助かります。すぐに準備しますので、レイ様も石鹸を用意してお待ちください」
そういってカーティスは席を離れた。
いちおうサンプルとして、使いかけの石鹸を持ってきて良かった。
机の上にハンカチを置き、その上に石鹸を重ねた。
カーティスがタライのようなものと水筒、布を数枚持ってきて、それらを机の上に置いた。
丸戸はカーティスに石鹸を渡す。
「それでは、お借りします」
いったん布の上に石鹸を置く。タライの中には桶が入っていて、そこに水筒から出した水を入れる。水がたまったところでカーティスが石鹸を手に取り、泡立てる。泡立ちの良さに驚いていた。
石鹸の泡の香りや、洗い流した後の感触を確認していた。一通り確かめた後、桶を部屋の角に置き、たらいを壁に立てかける。
カーティスは石鹸の水分を取り、謝礼を述べつつ、新しい布に包んで丸戸に返す。
「石鹸についてですが……」
カーティスが石鹸の評価を話し始める。
上中下で大まかに分類すると、丸戸の持ち込んだものは『上』にあたるとのこと。
ただ、持ち込んだ本人の身元、作成した工房や職人といった客観的な価値を証明するものがないため、『中の上』か『中の中』といった評価になる。
買い取る場合は、商業ギルドに登録していないこともあり、さらに価格は安くなってしまうそうだ。
『上』にあたるものが、1つか2つグレードを下げた評価になり、仕入れ値より安くなる恐れがある。
「商業ギルドに登録していないため、石鹸は1点につき1万2千G、肌着は8千Gでの買い取りになりますが、いかがでしょうか?」
「ちょっと考えさせてください」
スキルで安く購入できる丸戸にとっては赤字の心配はなく、思っていた以上に高く買い取ってくれることに驚きつつも、頭の中でザッと計算する。
(石鹸は10個売ってもいい。これでまず12万G。肌着は5着もあれば十分か? 半分売って4万Gで、合計16万G……って、そんなに高く売れるのか? 商業ギルドに登録していたら、いったいいくらになるんだ?)
「すみません、商業ギルドに登録していた場合の金額を教えていただけますか?」
「それでしたら……」
カーティスが説明してくれる。一段上の品質として査定が上がり、石鹸が2万5千G、肌着が1万5千G。丸戸が売ろうと思っていた数で計算すると、合計32万5千G。
(身分証を作るときに、たしか商業ギルドだと10万Gくらいかかるって話だったか? そのぶんを引いても、20万G以上なら、登録したほうが断然良いな)
丸戸は商業ギルドに登録したい旨を伝える。今手持ちがないことも言うと、買取ったぶんから費用を引くので、問題ないということだった。
カーティスは一度席を離れ、用紙を持って戻ってくると、商業ギルドの規則を説明される。
・事業内容で、ノーマル、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ブラックの六つのランクに分類される。
・ランクに応じて毎年一定額の年会費と税金を払う。
・会費、税金の支払いを滞ると登録が抹消される。
・ランクと実績に応じてお金を借りられる。
・他者と何か契約する場合、商業ギルドが間に立って仲介することができる。
現在の丸戸にとって大事な点はこのようなものであった。丸戸は下から2番目のブロンズランクで登録する。
1番下のノーマルは、個人店や商会の従業員などが登録するためのものだそうだ。
カーティスに代筆を頼み、用紙に記入してもらう。
商売するなら苗字もあったほうがいいかと相談したら、レイという名前は多いので、それが良いと助言された。
記入も終わり、あとは買い取ってもらうだけだが、丸戸は一部しか売り物を持ってきていない。
さすがにここでスキルを使うのもどうかと思い、持ってきたぶんだけ、買い取ってもらうことにした。
石鹸は6個、肌着は2着。合計18万Gから登録料10万Gが引かれ、8万Gが手渡される。
商業ギルドの身分証が作られる間、ブロンズランクについて教えてもらった。
登録料は1万G、税金が5万G。
売り上げとは別の固定の税金なのかと尋ねると、ブロンズランクはどれだけ売ってもこの金額を払うだけで良いらしい。
それで成り立つんだ? と、日本との違いに驚いたが、丸戸にとっては良いことなので、なんの不満もない。
ブロンズランクはギルドに申請して、露店や屋台で商売することができる。出店の際には、期日に応じて費用が発生するとのこと。
行商のための荷馬車や屋台のレンタルもあるという。
カーティスと話している間に、身分証ができ、届けられた。
「こちらがレイ・マルト様の身分証となります。」
渡された名刺サイズの身分証は全体的に茶色で、名前の欄にはレイ・マルトと表記されている。
冒険者で稼ぐより、商売で稼ぐほうが手っ取り早いと思った。しかし、スキルしだいなので、当てにはできない。
帰りもお店を見ていきたかったが、ハンドタオルを思い出し、早足で宿屋に戻る。
部屋に入るなりスキルを発動させ、即座に10枚購入。
10枚取り出し、色とサイズを確認する。すべて濃い茶色でサイズは縦横30センチメートル以上ある。
こっちの世界の人の好む色とかわからないので、1枚ずつ異なる色でも良かったかなぁと思ったが、色までは選べない。
(缶コーヒーやスポーツドリンクも売れるとは思うんだけど、ゴミの問題がなぁ……)
日本では時々、浜辺にゴミがたまっていたり、野生動物がビニールを食べてしまう問題がニュースになっていた。
こちらの世界でそういった事態になった場合は、間違いなく自分の売った商品が原因となる。
(扱う商品は考えないとな。まぁ、このハンドタオルならじゅうぶん稼ぎとなるだろう)
買取してもらう商品は制限されるが、それでもギルドで買い取ってもらえたこと、少しお店を見て回ったことでそれなりに稼げるだろうと、妙な自信を持つ丸戸であった。