第7話 ユニークスキル
丸戸は今、東門方面に向かって歩いていた。
冒険者ギルドで教えてもらった、もう一つの宿の料金を確かめておきたかったからである。
「宿屋の名前は草月亭だったか……あっ! あった、あった」
外壁がくすんだ白塗りの宿屋を見つけ、すぐに中に入っていく丸戸。
「いらっしゃいませ。食堂とご宿泊、どちらのご利用でしょうか?」
宿の女性従業員がお出迎えをしてくれる。
「宿泊を一名でお願いします」
宿泊料金を説明してもらう。一人用の部屋は一泊2500Gで朝食つき。トイレ、シャワーも部屋に設置されている。
長期滞在の場合は、10日ごとに100Gずつ安くなり、最大で1000Gも安くなる。
単純に料金だけで考えれば、前の宿屋のほうがお得である。ただ、こちらは設備が良い。長期間滞在するなら、最終的にもこちらのほうがお得になる
10日間で比較すると、4千G多いか少ないか、トイレ、シャワーがあるかないか。
「10泊で」
「承りました。料金は2万4千Gとなります」
丸戸は代筆を頼み、料金を支払い、部屋に案内してもらった。4千Gの節約よりも、シャワーを選ぶのに迷いはなかった。
3階にある部屋は、前の部屋に比べると少し狭いが問題ない。
照明やシャワーは魔道具が使用されており、馬車の旅の前日と最終日に泊まった部屋と同じ作り。施工業者が同一なのかもしれない。
昨日はかなり歩いたので、身体のあちこちが痛い。水しか出ないがシャワーをひと浴びし、くつろぎたい気分を抑えて、手持ちのお金を確認する。
約6万5千G。
宿泊費だけならあと30日ぶんくらいはある。食費はギルドの依頼をこなせば、困らないだろう。
「でも、1か月後からまともな生活は送れそうにないな。もっとお金が稼げるようになにか考えないと……」
残りの所持金から、嫌でも今後の生活が想像つく。ベッドに横になると、昨日の疲れもまだあったので、丸戸はうとうとと眠ってしまった。
丸戸がハッと気づいたときは、もうすぐ日没する時間で部屋の中は暗かった。4時間くらい寝ていたようだ。
宿を変えただけで今日1日が終わろうとしていることに、我ながらあきれてしまう。
少し寝たくらいでは、身体の疲れも痛みも取れない。
採取した植物の状態を自分の身体に当てはめたら、品質は悪いだろうな……などと、自虐的につい遊び心で目利きをするが、自分の状態、品質についてはわからなかった。
「体力回復の魔法とか使えたらなぁ……」
首周りをほぐすようにさすりながら、以前遊んだゲームにある、魔法をかける真似事をして、気を紛らわそうとした。
すると、身体の中をグリュンと何かがめぐる小さな感触。
(なんだ、今のは?)
前にどこかで体験したような気もするが、いつ、どこでだったか……。
寝起きと疲労で、頭も身体もすぐには働かない。
暗くて視点があわずぼやけているが、何かが目の前にあることに気づいた。
(黒地に細くて濃い青のライン……、チェック柄の布?)
ぼんやりとチェック柄を眺めていたら、上の方にイラストっぽいものも見える。
視線を上に向けると、横並びで写真画像が3枚貼り付けられているようだった。
画像の下に文字もある。
【ヨーグルト 100】【バランス栄養食ソフトクッキー 100】【湿布薬 100】
「うおっ!?」
思わず声をあげ驚く。自分はまだ眠っていて夢でも見ていたのか、あるいは幻覚か?
上体を起こし、目を見開く。
丸戸の姿勢と視線にあわせて、チェック柄と画像の位置も動く。どうやら寝ぼけているわけではなさそうだ。
「これは魔法……いや、スキルなのか?」
自分が理解しているスキルの中に、このような現象を引き起こすスキルは思い当たらない。もちろん魔法が使えるようなスキルもなかった。
唯一、意味不明のスキルがあった。おそらくそれが発動したのではないか、と考えた。
(文字の横にある数値はすべて100……個数か? 表示されているものが個数分、もらえるのか?)
丸戸は思考をめぐらせ、スキルの検証を試みる。
チェック柄の部分は、模様というよりは升目にも見えた。
名称と100と表示された下部にも、上下になった三角形のマークがひとつずつある。
これは単純に数値の増減を操作するものと考えて良いだろう。
さらにその下も画像3枚分、左右に連なる細いスペースがあり、右端に【0】と表示されている。
最下部がチェック柄、升目に見えるもので、一番面積が大きい。
(タッチパネル形式の感覚で操作できそうだ……)
そう思い、ヨーグルトの下にある三角形のマークに触れる。
触れるといっても実際にパネルに触れた感触はないのだが、数値が【1】と表示された。
逆三角形に触れると数値は消え、今度は数値を上げられるだけ上げたが、数値は10までしか表示されなかった。
「ここからどうすればいいんだ?」
横に細長いスペースを押すが反応無し。
ヨーグルトの画像や升目にも適当に触れてみるが、こちらも動きはない。
数値を下げながら画像に触れてみたり、他の画像でも試してみたが、とくに変化は見られなかった。
「もらえるんじゃなくて、買うんだとしたら……お金が必要? あぁ、だとしたら100は個数じゃなくて値段? でも、お金の振り込み方がわからないな」
異世界に召喚されたときに持っていたので、日本円の入った財布がある。
ベッドから立ち上がり照明をつけて、金額を確認したら、2万3420円あった。
これをどうにかして、スキルの利用に役立てたい。
スキルよ、このお金を受け取って……と念じても、変化無し。
今度は買い物画面に見える三角形マークのあたりに、「お金、入ってくれ」といっそう強く念じ、ヴァーチャル映像感覚で手に持った1万円札をつっこむ。
そのとたん、手に持っていた1万円が消失した。
「おぉっ!」と一瞬驚いたが、無意識に手から落としたかもしれない。自分の周囲を見たが、1万円札は見つからなかった。
本当に入金されたのか、画面の変化を観察すると……
写真画像の下にある横に細長いスペースが『0』から『10000』に変わっていた。
「これ、入金された金額を現していたのか」
入金ができたことで、次に買い物ができるかを試す。
とりあえず試しに湿布薬一つでいいか……と操作して、画像に触れた。
直前の画面と違う部分を探すと、金額部分が『9900』と表示され、下の升目には画像と同じものが表示されていた。
要領はわかった。あとはこれをどうやって取り出すか。
「入金したときと似たようなもんか?」
丸戸はそうつぶやいて、升目の画像部分に触れ、こっちに来い、出ろ……と強く意識した。
ベッドの上にプラスチック製の外装の湿布薬が落ちていた。
「ははは。ほんとに出たよ」
非現実的な現象に、思わず笑ってしまう。
ユニークスキル【レコメンドシステム】の使い方はだいたいわかった。
気になった点や思いついたことを試すうちに、夜は更けていき、晩御飯を食べるのも忘れる丸戸であった。