第66話 魔物の気配
1月も半ばを過ぎた。
真冬の寒さだが軍関係の客層も増え、店の売り上げは増加。
丸戸たちが訓練場へ行くと、どれそれがうまかったとうれしそうに話しかけてくれる。
次ぎに行ったときは、何を注文したらいいとか、デートならデザートはあれがいいなど、おすすめを伝えたりした。
写真撮影のほうは料金が当初より高いが、フィルムも残り半分を切った。
写真立ても1日の生産量が増え、今月中にはこの仕事も終えるだろう。
洗髪だけの美容室も好評で、トーレ商会が髪飾りやネックレスなどのアクセサリーを販売するようになった。
装飾品はトーレ商会から仕入れて販売するのではなく、そのままトーレ商会の装飾品部門の従業員が販売する。そのため『竜宮宴』の売り上げにはならない。
仕入れて販売するとなると、種類に限りがある。契約のやり取りで時間や人手も取られる。
専門店の従業員が直接持ち込んで販売したほうが、トーレ商会の装飾品類の売り上げにもつながると判断し、そちらに手を出すことはなかった。
1月下旬に入ったある日――。
空き時間に訓練場へ向かうと、入り口のロビーには何人もの兵士がいて慌しい。
「何かあったんですか?」と受付で施設利用の記入をしながら職員に尋ねるも、情報を漏らせないのだろう。
「いえ、ちょっと……」と教えてもらうことはできなかった。
訓練場へ向かう途中も、荷物を抱えた兵士が行ったり来たりしている。
訓練場の中も数十人の兵士が整列して座り、何やら指示を仰いでいた。
「やあ、皆さん。今日も練習に来たんだね。でも、今日はこの有様だ。魔法の訓練場なら空いているから、そっちに行くと良いよ」
そう話すのは40代後半の元兵士で内勤のゾフさん。
「やっぱり、この事態の理由は教えてもらえないのでしょうか?」
「そうだねえ。私の口からは言えないな。ああ、でも、冒険者である君らにも関わることだから、そんなに時間がかからず、知ることになると思うよ。その時のためにしっかり練習していってくれ」
ゾフの助言に従い、魔法の訓練場へと向かった。
「なんだろうね?」とフロスト。
「冒険者にも関係するとなると……」
「魔物しか思い浮かばないわねえ」
「この町に魔物が向かってる?」
「いや、それなら公表されるはずだ」
「領土内のどこかの町や村のようね」
「ゾフさんの口ぶりからすると、僕らも応援に行くかもしれないってことだよね? 割と近い場所なのかな?」
「ああ。そうなると数日店を空けることになるな……。悪い、俺は戻ってフースさんと相談してくる」
「ええ、そのほうがいいわ。フロスト、私たちはしっかり練習しておきましょう」
リナたちと別行動を取った丸戸は店に戻り、フースを探すが外出中だった。
約30分後、フースも店に戻る。
「あれ? 今日は訓練場へ行くのでは……?」
「そのつもりだったのですが、少々気になることがありまして」
「もしかして公国のことですか?」
「公国? いや、それは知らないです。ただ、近くの町に魔物が出たかもしれないと思って」
「ええ、公国もその件です。先ほど商会から使いの者が来て、私も知ったばかりなのですが……」
ロゼイア国から北西の位置、雪がなければ馬車で10日もかからない距離に、アンテイル公国がある。
元々はロゼイア国の一部で、北側の山脈からの魔物と、西側から侵入する外国から領土を守るための砦だった。
魔物や外敵が現れるたびに、使者を出して指示を受けるには時間がかかる。
兵士も往復するのは負担だ。
そこで公国として独立させ、その地を防衛に専念させることにした。
公王の家系はロゼイアの王族だが、軍事権力はない。
ロゼイア国の軍人が最高責任者として任命され、その者の判断で軍が動かされる。
兵士は公国に定住する者から選ばれるので、彼らの生活を支えるのが公国の役割となる。
ドレスター辺境伯が公国に魔物が発生したことを知り、トーレ商会に通達。
状況によっては辺境伯の領主軍も援軍として出陣するかもしれない。そうなると物資を準備する必要がある。
フースにも招集がかかり、説明を受けたのであった。
「まだどれほどの魔物が出たのかはわかりませんが、ロゼイア国の騎士団が出動するのであれば、事態は深刻かもしれませんね」
「もしかしたら俺たちも応援に行くかもしれない。そうなると店のほうがちょっと……。姿絵の予約は明後日までなので、そちらはいったん閉めましょう」
「そうですね。料理のほうは材料さえあれば、料理長がなんとかしてくれると思いますので、在庫の確認をお願いします」
それから3日後の午前。
冒険者ギルドの職員ニーナが、『疾風迅雷』と面会するために『竜宮宴』に来ていた。
応接室に案内しようとすると「ここでいいわ。みなさん、冒険者ギルドに集まってください。確かに伝えたわよ」とニーナ。
他の冒険者にも連絡するためか、すぐに店を出て行ってしまった。
「ゾフさんの言ったとおりになりそうだな……」
どういう理由で集まるのか、おおよその見当はつく。
丸戸たちは従業員に出かけることを伝え、冒険者ギルドへ向かった。
 




