第65話 中間報告
1月6日から『竜宮宴』の営業が再開。
12月の終わりごろから急激に寒くなり、休業中には雪が降り積もるようになった。
客足が心配されたが、開店前から並んで待っている人もいる。
写真撮影の予約客も予定より早く来てしまい、丸戸と従業員があわてて3階に案内し、仕事に取り掛かった。
他国の貴族令嬢で、春には嫁ぐらしい。
「これはすばらしい。一生の宝物にする」と、父親である貴族はとても満足して帰っていった。
美容室も一度に応じられる人数に限りがあるため、基本は予約制。洗髪するだけだが料金は3万Gから5万G。
数名の女性従業員が数日間使用して料金を決めたので、丸戸も詳しくは知らない。
客の多くはパーティーに出席するらしく、客足が途絶えることはなかった。
料理のほうは料理長デニスが休業の間に、ピザやパスタの生地を作れるようになっていた。
ピザの具は缶詰のツナや冷凍のマッシュポテト、とろけるチーズやサラミなど、あまっている食材を使用。
パスタもレトルトのソースが何種類かあった。
厨房は従業員だけでさばけるようになり、寒さの影響からか、ご飯ものも前月より多く注文されたそうだ。
新年初日の売り上げは7011万Gと、好調な滑り出しであった。
今の時期は貴族による大小さまざまな規模のパーティーが開かれていることもあって、話題のお店と噂になっていたことも大きい。
お菓子や惣菜を買っていく人はもちろん、パーティー帰りにお店によって食事やお酒を楽しんで親睦を深めるお客も多かった。
1月の9日には、商会代表のトーレと商業ギルドに来ていた。
他の商会はわからないが、トーレ商会では毎月10日が給料日なんだとか。
その前日に売り上げの受け渡しをするためであった。
大きな金額を扱う場合は、トラブルを避けるため、商業ギルドを利用することが多い。
商談室でトーレから「こちらが前月の明細です。ご確認ください」と前月分の売り上げと明細が手渡される。
丸戸が手にしたお金は13億6623万Gだった。
「これを見る限り、特別報酬を引いた売り上げの全てを受け取ることになるのですが、本当に良いのでしょうか?」
「初めからそういうお話でしたからね。営業にかかった費用はドレスター卿から出されているので、売り上げから経費が引かれることはありません」
「特別報酬も、やはり大幅に減額されてしまったのですね」
「さすがにあの金額をポンっと支払われると、私どもの商会に差支えがありますので……」
休業中、特別報酬の金額について商会から派遣されているフースと話し合っていたのだが、駄目だしされた。
丸戸は売り上げの1割をあてるつもりだったが、丸戸も仕入れで経費がかかっているはずだ、その金額はおかしいと。
それもそうかと思ったが、丸戸は仕入れの金額を把握していない。
こんな風にお店を営業するとは思っていなかったからだ。
仕入れは1億Gもかかっていないというと、あれだけのものがその金額はおかしいと言われてしまう。
商会は丸戸の仕入れについてまで知らないので、フースがそう言うのも無理はない。
経費がからむと解決しないので、違う方向から考えた。
単純に『労働日数かける単価』である。
お店の運営に携わった者は述べ50名以上。
単価を16万Gにすると、多い者だと300万G以上、少ない者でも80万G、総額1億4千万弱となる。
ちょうど売り上げの1割に相当する。
「1日16万Gなんて、下っ端従業員の月給ですよ? こんな金額を出されては、労働意欲を失います」とフースにあきられる。
単価10万Gでも首を縦に振らない。
フースとしては2万Gあたりが妥当と考えているようだ。
その金額では平凡すぎると丸戸が反論し、単価5万Gで話が決まった。
特別報酬は総額4320万G、一人あたり80万G。
できれば労働日数による差も極力減らしたかったのだが、そこまで考えている時間もなかったのであきらめた。
翌10日――。
開店前にトーレから従業員に向け、いくつか報告がなされる。
「そちらのレイ・マルト様から確かに特別報酬ぶんのお金を頂戴いたしました。みな、ご好意に感謝しましょう」
トーレの報告を聞き、「ありがとうございましたー!」と従業員が丸戸に一礼する。
「中間発表ですが、このお店の売り上げは飲食店部門で最上位です」
おおっ!とどよめきがあがる。
「また、それを祝して辺境伯から金一封が出されることが決まりました」
歓声が湧き上がり、皆が笑顔だ。
「店舗順位は16位、商会順位は8位です。上位を狙って今月もがんばりましょう」
店舗順位は周辺一帯のお店の順位で、従業員たちにとってはそんなに重要ではない。
辺境伯がパーティーなどで自慢するくらいの程度のものである。
いっぽう、商会順位は商会にとって大きな意味を持つ。
5位以内の商会は、国から事業を受注することがあるからだ。
(特別報酬を考えるより、商会順位を上げるほうが恩返しになるな……)
丸戸は商会を5位以内に上げることを、密かに狙うのであった。




