第64話 訓練場
1月4日。
お店の営業再開に向け準備をしているものの、これといってやることのない丸戸たち。
2番目の鐘が鳴るころ、町の南西にある軍の施設に向かった。
3人とも動きやすい服装に、認識票が穴に通されたペンダントをしている。
途中で町の人に訊きながら、書類に記載された『ロゼイア国軍総合演習場』にたどり着いた。
外観は大きく石造りで頑丈そうだが、一見しただけでは何の建物なのかわからない。
あえてそういう風に見せているのだろうか?
丸戸はそんなことを思いつつ、警備兵が立つ入り口らしきところから中に入っていった。
有事の際は避難所となることもあり、中は広い空間で左右にカウンターが見える。
人の少ない右側のカウンターに向かい、対応してもらった。
すでに手続きに必要な書類などは用意されていたようで、冒険者ギルドの身分証と署名をするだけで、手続きは数分で終わる。
今後は規定の用紙に必要事項を記入し認識票を見せれば、施設内で活動できるそうだ。
さっそく規定の用紙にも記入していく。施設利用の目的を訓練の見学と書き、施設職員に内部を案内してもらった。
「ちょうど第2騎士団の2部隊が訓練中ですね。そちらへ向かいましょう」と職員。
やがて室内訓練場と書かれた札のある、体育館のような部屋に入った。
地面がむき出しの訓練場では10人ほどの兵士がランニング中で、それとは別に3人の兵士が立ってランニング中の兵士たちを見ている。
「ここで待っていてください」と職員が言って、3人のいるほうに向かった。
3人の兵士がこちらを見ている。
「あれ? あの人、中隊長のディノさんじゃない?」
フロストが気づき、リナもそう認識したようだ。
職員と一緒にこちらに近づいてきて、丸戸にも彼だとわかった。
「おはよう、諸君。よく来てくれた。ただ見学して帰るつもりはないんだろう? 皆にも紹介するので、一緒に訓練をしようじゃないか」
「ぜひお願いします」とディノの後について、訓練場の中央へ向かった。
次々とランニングを終えた兵士が地面に座り込み、身体を休める。
全員そろったところで、『疾風迅雷』が紹介された。
「まずは彼らの実力を見てみたい」とディノ。
攻撃を当てた者が勝ちというルールでディノと模擬戦を行う。
魔術士のリナだけはおよそ3メートル以内に接近されたら負けというルールで、彼女から手合わせをする。
お互い30メートルほど離れ、合図とともに戦闘開始。
攻撃魔法は事故を防ぐために、小さな石のつぶて。これをディノに身体に当てればリナの勝ちだ。
正確にディノを狙うが、タイミングを計ったように次々と小石がかわされる。
10メートルを切ったところで奥の手として小石を連射するが、動きに惑わされ狙いが定まらず、これも当たらなかった。
易々と3メートル圏内に入り込まれ、ディノの勝利。
続いてフロストが対戦。訓練用の木製の剣を2本持ち、持ち前のすばやさで挑むも、利き手ではない左手側から攻められる。とうとうこらえきれず、胴を突かれ敗北。
丸戸も槍に見立てた長い棒で、常に距離を取りながら近づかせないように戦うも、剣で受け流された隙をつかれ、こちらも敗北。
「なんだ君ら、思ったよりけっこう戦えるじゃないか」
「まったく攻撃が当たる気がしなかったんですけど……」
「それはまあ、経験の差だ。彼女の魔法は驚くほど正確だったし、双剣の彼の手数の多さはなかなかのものだった。君も考える前に勝手に身体が動くかのようで、簡単には間合いを詰められなかったよ。これまでかなりの魔物を仕留めてきたんじゃないか?」
「ええ、同じくらいの活動歴の冒険者と比べたら、魔物を倒していると思います」
「だが、弱い魔物ばかり相手にしてきたか、武器や防具の性能に頼った戦い方でもある。それが君らの課題だな」
ディノのいうとおりであった。
丸戸とフロストは武器の威力を頼りに当てることを優先し、上半身だけの力で戦う癖がある。とっさに回避できるよう逃げ腰気味なので、そのぶん威力が落ちる。
リナはダンジョンにいた白い猿のように、すばやく動く魔物がいまも苦手だ。
「基礎が不十分だが、ここにいる兵士を倒せるだけの実力はあるから心配するな。戦ってきた経験は無駄ではないぞ」
「ええ!?さすがにそれは……」
「なんだ、信じられないか? では、模擬戦を続行しようじゃないか。そうだな……、バロフにオスナー、それとボッグス。相手をしろ」
バロフは複数の部隊をまとめる小隊長、他の二人も部隊の中では実力者である。
「ああ、そうだ。こちらの『疾風迅雷』はうまいと評判の飲食店で働いている。3対3で負けた側がみんなに奢るというのは、どうだ? 異論のある者はいるか?」
「ちょっと、ディノさん!?」
「模擬戦とはいえ相手にも本気になってもらわないと、面白くないだろう? 俺の言うとおりに戦えば負けないから安心しろ」
ここにいる兵士はディノを含め14人。『竜宮宴』は高い。メニューによっては総額100万Gを超えるかもしれない。
対戦側は値段のことまでは知らないが、こうして高額なご飯代がかかった模擬戦が開始された。
一番手はフロスト。ディノからの指示は防御に徹し、突きの初動を見逃さず、懐に入り胴を突くか、足を刈るというもの。
素直に支持に従うフロスト。
防戦するのが精一杯……そう見た相手のオスナーは、右腕を引いた。渾身の突きで転倒させて勝負をつけるつもりだ。
力強い突きが放たれた瞬間、フロストは身をかわす。
身体が伸びきった状態のオスナーは隙だらけとなり、胴に一撃をもらうとバランスを崩し倒れた。
「な、なんでかわせた……?」仰向けになったオスナーがフロストに尋ねる。
「僕の左胸のあたりを見てたから、そこに攻撃が来るのかなあと思って」
教えてもらった突きのタイミングと狙いがわかれば、かわすのは容易だった。
2番手リナの対戦相手は小隊長バロフ。
バロフは剣士だが、初級の魔法も少し使える。今回は小石を当てたほうが勝ちというルールで剣は使わない。
ディノからの指示は、「小石の連射の後に来る単発の小石を、フェイントを入れてかわしながら、相手を狙い撃て」というものだった。
30メートルほど離れた距離から、バロフは単発の小石を何度か飛ばしてリナの回避方向を確かめる。
自分の予測どおりに相手は行動すると確信を持つと、連射攻撃で誘導する。
リナが右側に身をかわした場所に、単発の小石が飛んできた。それもさらに右側へ避けようと身を動かしたところで、逆方向に移動し、魔法で攻撃する。
勝利を確信して魔法を発動し終えた直後のバロフはすぐに回避ができず、小石が直撃した。
これで2勝。丸戸たちは高額なご飯代を支払わずに済んだ。
勝敗はついたが丸戸もボッグスと対戦する。
ディノからは「遠距離から攻撃し、3連続攻撃がきたらかわして仕留めろ」という指示だった。
身体の大きなボッグスが正面から挑もうとすると、丸戸は距離を保つことを意識して少し下がる。
距離を取ったかと思えば接近し、チクチクと攻撃される。
力任せに戦うスタイルのボッグスは中隊長のような技術はなく、俊敏さもない。逃げ腰の相手と戦うには分が悪かった。
事前にランニングしていたことも影響し、疲労で動きが鈍くなってくる。
再度、丸戸が接近してきた。
突付きにきたところを得意の3連続攻撃で返り討ちにしてやる。
ボッグスはバツ印を描くように長い棒を振り下ろして突きを入れる。狙い通りの攻撃をするも、精度も威力も欠け、丸戸を捉えることはできなかった。
無酸素運動でたまらず呼吸をするボッグス。
無防備な状態で立ち尽くし、丸戸の攻撃をもらい転倒、勝負がついた。
「いやあ、お見事。これで君たちも自分の実力がわかっただろう。ついでといってはなんだが、あともう一戦頼みたい。そこの2人は兵士になってまだ日が浅い。きっと良い勉強になるだろう」
ディノが何か話をしながら2人の兵士を連れてくる。フロストと同じくらいの年齢の若い双子だ。
丸戸とフロストが同時に双子の相手をする。
どちらも1分もかからず、勝敗がついた。倒れているのは丸戸とフロストのほうだった。
「中隊長のいうとおり、簡単にフェイントに引っかかってくれました」
「ほんとに対人戦闘経験はなさそうですね」
未経験者が入団できるほど、騎士団も甘くはない。双子もそれなりの実力者だった。
「な? 良い勉強になっただろう? 君たちは実力のある兵士を倒せるほど強いが、経験の浅い兵士にコロッと倒されるほど弱点もある。ここで鍛錬し課題を克服すれば、今よりもっと強くなるぞ」
こうして丸戸たちは、時間がある日は訓練場へと足を運ぶようになった。
ディノが不在時は、年齢的な理由から内勤に移った元兵士が指導を買って出てくれた。
なお、食事の件はディノが奢ることになった。最初からそのつもりだったらしい。
後日、団体の予約が入り、ディノたちが来店。
「好きなだけ食べろ」なんて言ってしまい、請求額を見て顔が引きつるディノであった。
 




