第63話 20億の男
12月も残り4日となった。
お店ではこれまで冬服や寝具、タオルや食器などを売っていたが、今日は酒類、明日以降は商業ギルドで高く売れたものを販売する。
酒は日本で数千円で売られているものだが、日本酒と焼酎が酒類専用の樽で80万G、ワインが120万Gの値がつけられた。
いつもと違う商品に主人に相談するためか、あわてて屋敷へ戻る使用人が数名いたらしい。
当日に何が販売されるかは、店の一部の関係者しか知らされていない。
翌日から護身用の防刃服、石鹸やシャンプー、鏡4種と続き、物販の売り場で困惑するお客が多かったとのこと。
お昼のピークの時間を過ぎたあたりで、丸戸たちは店の3階で遅めの昼食をとっている。
「石鹸が一つ20万Gは高いし、シャンプーなんて知らない人が多いから、買うか見送るかで戸惑うのも無理ないわね」
「護身用の服も、そう言われないとわからないよね。他の服とは桁違いに高いし……」
鏡なんて、一番安いものが100万G、高いものが1000万G。どれもその場で即決して買うには、使用人の立場では難しそうというリナとフロスト。
「それでも完売するんだからすごいよな……」
年末4日間で約3億2千万の売り上げ。20日間の営業で、80種780点の商品が6億4970万Gで売れた。
前に商業ギルドで買い取ってもらったときは、39種468点の商品が5326万G。
買取してもらわないぶん、かなりの増収となった。
姿絵の予約もすぐに埋まった。写真立ての数が少ないので予約は6人まで。
実物の写真を見たせいか希望者が多く、最終的には高い料金を支払った者が優先されることで決定。
小さなサイズの写真に最高価格1100万G、最低でも600万Gの値がついた。
12月最終日は、少し閉店時間を伸ばして営業を終え、丸戸たちは部屋でくつろいでいた。
明日からは8日間ほど休業することが決まっている。
こちらの世界の暦では明日は1月ではなく、『1年の終わりの日』、『神への感謝の日』、『1年の始まりの日』といった特定記念日がある。
年度によっては2日だけの年もあるという。
真ん中の『神への感謝の日』というのは国によって違い、リナの母国ラスティアでは『建国記念日』と呼ばれているそうだ。
その『1年の終わりの日』にドレスター辺境伯邸で懇親会があり、丸戸たちを含め、店の関係者が何人か招待されている。
「2人とも明日の懇親会に着ていく服は大丈夫か?」
「ええ、私もフロストも商会から貸衣装を用意してもらったわ」
「あんな立派な服、着るのがなんか恥ずかしいけどね」
丸戸も商会の人に相談した結果、日本のスーツを着ていくつもりだ。
懇親会は明日の夕方から。それまでのんびりと時間を過ごすのであった。
そして懇親会当日。
金髪で少し日焼けした肌のイエニス・ドレスター辺境伯が挨拶をし、酒や料理を振舞う。
辺境伯が治める領地は王都の西側で、大きな町がある。
町のすぐ側にはロゼイア大森林と呼ばれる、他国でも見ないほどの森林が広がり、近くには豊富な水量の川が流れ、何代にも渡って町を守り発展させてきた。
魔物だけでなく、他国から攻められることもあり、辺境伯も成人してから20数年の間に、何度も戦場に出ている。
40代となる辺境伯自身は、もう若くない、いつ死んでもおかしくないと思っていた。
そして冬の間に平穏を楽しもうと若い行商に目をつけ、それが大当たり。
予想を上回る成果に笑いが止まらず、ご機嫌である。
辺境伯に見出され、1か月で20億Gを稼いだ男として紹介された丸戸は大いに注目を浴び、何人もの貴族や商人たちと面識を得ることとなった。
厳密に言えば20日間で約14億Gなのだが、辺境伯が盛ったようだ。
「我が領地でも店を開かないか」といった誘いや、「うちの商会で働かないか」といった話がいくつもあったが、そんな気はないのでやんわりと断る。
今もまた、20代後半と思われる一人の貴族が丸戸たちに声をかけてきた。
身長は185センチメートル前後、少し長めの金髪で顔立ちの整った、青い目をした男性である。
「違ったらすまない。どこかで聞いた名前だなと思ったのだが、君らは冒険者かい?」
「はい。『疾風迅雷』というパーティー名で活動しています」
「ああ、やっぱり。自己紹介がまだだったな。私はロゼイア国軍第2騎士団に所属するディノだ。ソアラが世話になったそうで、私からも感謝する」
「あっ! あの軍の書類を届けてもらった……」
「うむ。魔物に襲われて冒険者活動に支障が出ては困るだろうと彼女に頼まれてね。君たちに護衛をしてもらわないと疲れて、その日の仕事がはかどらないとぼやいていたから、そちらの理由のほうが大きそうだがな」
「そ、そうでしたか」
「我々としても若い冒険者パーティーにあっさり死なれては困る。それで施設利用の許可を申請したのだが、まさか辺境伯お気に入りの20億の男だったとはね」
「ちょっ、なんですか、20億の男って?」
「いや、周囲の人たちが君をそう呼んでいるよ。名前で呼ぶより、誰のことを言っているのかわかりやすいのだろう」
「そんな呼ばれ方はちょっと……」
「ははは、今日のところはあきらめろ。だが、20億の男に死なれては、辺境伯もショックだろう。時間があるときに軍施設へ来たまえ。我々は君らを歓迎し、大いにもてなしてやろう」
そういってディノと名乗った男はその場から立ち去り、他の貴族の所へ向かった。
辺境伯はロゼイア国の中でも重要な人物である。
ディノも将来は騎士団のトップ、あるいはその出生から隣の公国の最高司令官と目される男であった。
そんな要人と親しげに話し、多くの貴族や商人から誘いを受ける丸戸を、遠くから羨望の眼差しで見ている者も少なくなかった。
「リナにもたくさんの貴族が話しかけて、すごかったね」
「ああ、リナは貴族のお嬢様なんだなと、改めて実感するよ」
テーブル席で料理を楽しむ3人。
丸戸は日本で着ていたよりも少し高めの濃紺のスーツ。フロストは商人向けの衣装だったが、商会が宣伝も兼ねてということで、リナは煌びやかな赤いドレスを着ている。
懇親会では貴族から縁談話が出てくるのも自然なことで、そちら方面では丸戸以上にリナが誘いを受けていた。
「パーティーでは普通のことよ」とリナは笑うが、その姿に見とれてしまう丸戸たちであった。
1月となり、6日から営業を再開するまでは、店の改装がなされる。
仲間と商会の関係者と相談した上で、お店は2月いっぱいまで営業することが決まった。
営業最終日にあわせて、持ち帰りの種類や販売数を調整する。
丸戸をサポートしてきた商会のフースは残念がっていたが、元々冬の間だけ営業するつもりだったので納得してもらった。
休業の合間に物販を扱っていた場所は休憩所に、2階は美容室に変更された。
このお店で販売するような商品の数がないので、当初からの予定である。
急遽決まった姿絵の撮影は3階の空き部屋を使用。
絵として売り出すので、どのように撮影をするか、待ち時間の対応などについてフースと詰めていく。
料理長デニスとメニューの相談をしたり、洗髪の練習を手伝ったり、特別報酬の査定をしたりなど、忙しい日々だったが、それも3日まで。
5日は営業再開の前日なのでゆっくりしていられないが、4日は空いている。
その日、3人が何をして過ごすかはもう決めていた――。
 




