第56話 お得意様
隣町ボールトンへの護衛依頼を受けた丸戸たちは、依頼主と合流するため、冒険者ギルドへ来ていた。
町へは1日かければ徒歩でも行ける距離にあり、危険はほぼない。
この日の3人の装備は、最低限のものであった。
多くの冒険者が掲示板の前に集まっている中、丸戸たちは受付へと向かう。
彼らがここに来ることを知っていたニーナが対応し、別室へと案内した。
仕事に戻ったニーナが、部屋に入ってきたのは15分後。
薄紫色のショートボブの女性と一緒だった。
多くの人が着用する茶褐色のマントに身を包み、肩から鞄をかけている。
「彼女が依頼主のソアラさんです。ソアラさん、こちらは依頼を受けた『疾風迅雷』のみなさんです」
「初めまして、ソアラです。依頼を受けてくださり、ありがとうございます。2日間、よろしくお願いいたします」
丸戸が代表して挨拶し2人を紹介すると着席し、道中の予定について確認しあう。
町についてからは少し自由時間があり、食事を済ませたり何か買ったりできるが、依頼主のソアラが戻りしだい出発するため、のんびりしている余裕はないそうだ。
野営地については、馬を休ませるための休憩地点がいくつかあるので、そこを利用するとのこと。
そして不測の事態が生じた際の対応について、優先事項を説明された。
その後、ギルド付近に馬車が待機しているので、そちらへと向かう。
カハルという中年の御者とも手短に挨拶かわし、馬車へと乗り込んだ。
本来の用途は物資運搬のようで、前方に座席と荷物を置けるスペース、後方が物資を積む貨物室と分かれている。
当然丸戸たちは後方だ。
「いってらっしゃい。みんな気をつけてね」と外からニーナの声が聞こえる。
カハルが魔物の皮でできた幕を降ろして馬車の貨物室後部をふさぎ、「それでは出発します」と声をかけ、馬車が走り出した。
薄暗い貨物室の中で、3人は野営の見張りについて話す。
「見張りは2人体制のつもりでいたが、話を聞く限り1人でも良さそうだな」
「そうね。依頼も1人から受けられるものだったし」
「順番に3人で見張りする?」
「2人でいいんじゃないか? 依頼主はリナに任せたいから、俺とフロストで見張りをしよう」
「問題は、ソアラさんがここで寝泊りするってことよね?」
「ああ。率直にどう思う?」
「私がここで彼女のそばについて護衛しても、魔法を使うには狭すぎて、たぶん役に立ちそうにないわ」
「かといって、僕やレイが一緒にってわけにもいかないもんねえ」
「テントのほうに移ってもらうか? 野営するときに提案してみるよ」
見張りの順番を決め、後半を選んだフロストが仮眠を取り始めた。
レジャーシートの上に長座布団を敷き、身体を横にする。
街道は整備が行き届き揺れは少ないが、丸戸とリナも座布団の上に座った。
休憩を挟みながら、昼過ぎにボールトンという町に到着。
停止した際の周囲の喧騒から、外の様子を伺えない丸戸たちにも町であることがわかり、貨物室の中を片付ける。
馬車は領主軍の施設内に入り、停止。
カハルが後方の皮幕を上げ、馬車から降りるよう促す。
3人には身分証のようなものが渡された。
「もし食事に行くのであれば、これを門にいる兵士に見せてください。この施設を出入りできますので」
「それじゃあ、ちょっと食べに行ってきます。ええと、戻ってきたら、ここで待っていればいいですか?」
「向こう側に待機場所があるのがわかりますかね? そちらのほうで待っていてください」
カハルが示したほうを見ると屋根があり、その下に長椅子が設置されている。
理解したことを伝えると、カハルは再び馬車を操り先に進み、丸戸たちは門の外に出た。
前方は何かの施設で、左手は壁。右手に進むと、十字路に出る。
「迷子になっても困るから、近いお店を探そう」
「あっ! こっちのほうにお店あるよ」
視力の良いフロストが食事をとれそうなお店を見つけたようだ。
お昼過ぎで店内は空いている。軽めのメニューで食事を済ませると、寄り道せず、すぐに施設内へ戻った。
待つこと約30分。カハルの姿が見えた。向こうも気づいたようで馬車を停止させる。
馬車に駆け寄り、身分証を手渡した後、馬車に乗り込み、町を出た。
夕方になり、馬車は停止。
馬の休憩のためによく利用される場所で、一夜を過ごすことになる。
丸戸たちが先に、続いてソアラが馬車から降りてきた。
「余裕のない日程で、ごめんなさいね」
「似たような依頼もありますから、大丈夫ですよ。それよりもソアラさん、本当に貨物室で休むのでしょうか?」
「ええ。私は貨物室よ。何か問題でも?」
「この馬車だと立てこもって助けが来るのを待つぶんにはいいのですが、逃げることを優先するのであれば難しいかなと思いまして」
ソアラは少し思案する。
「そうですね。それは私も同感です」
「女性冒険者も一緒の部屋になってしまいますが、ソアラさんがよければ、テントのほうで休みませんか?」
「私ならかまいませんが、よろしいのですか?」
「はい、そのほうが護衛しやすいですから」
丸戸は万が一のことを想定しての提案だったが、ソアラの思惑は少々違った。
この街道に多くの魔物や盗賊が現れることはほとんどない。
ここに近づくまでに必ずどこかで発見され、討伐されるからである。
少数の魔物が、ピンポイントでここに来るという可能性も低い。
こういった自国の事情を知る彼女が提案に乗った理由は、そのほうが暖かく眠れるからであった。
夜間はかなり冷える。この貨物室に一人で寝るには、少々広すぎた。
テントが張られると、リナがソアラを連れてきて、中を案内する。
丸戸とフロストが夕食にカップうどんを選んでいたところで、一緒に食事をすることになった。
彼女たちはインスタントのミートソーススパゲティとポテトのポタージュスープだ。
ソアラは朝からほとんど食べていなくて空腹状態。
食べる勢いが止まらず、だいぶ口の周りがソースだらけになってしまった。
食事を終えるとリナの服を借りて、寝る準備をする。
テントといっても、貨物室で寝るのと大差ないと思っていた。
しかし、マットレスが敷かれてあり、暖かな毛布もある。
食事も寝床も、思っていたのとはまったく違う。
こんな快適に過ごせるとは、考えたこともなかった。
夜間に魔物が出ることもなく、明け方に出発する一行。
朝二番目の鐘が鳴る手前で、サンロードの町に到着した。
「2日間の護衛、ありがとうございました。こちらは報告書です」
丸戸がソアラから報告書を受け取る。
「依頼は選んだほうがいいですよ……あっ、そうじゃなくて、次もまたよろしくお願いしますね」
護衛としての働きぶりを見て、女性1人いれば済むような、こんな依頼を受けるべきではないという気持ちはある。
しかし、あんな快適な環境で時間を過ごせるなら、自分はまた彼らに頼みたい。
依頼主の心情を知る由もない3人は、とまどった表情を浮かべたまま、ソアラを見送るのであった。
 




