第55話 屋台
休日を満喫した3人は、翌朝、冒険者ギルドに来ていた。
「早く来たつもりだったけど、もう人が多いわね……」
「DやCランクに集中しているみたいだな」
「僕らはEランクから探してみようよ」
Eランクで報酬の良い依頼は運搬の補助要員があったが、片道。しかも数日かかる。
依頼の数では周辺の村での魔物駆除や夜間の警備も多く、報酬は高いもので日給1万G前後。
報酬額はともかく、夜間の警備はつらそうだ。
「あっ、これ、どうかしら?」
護衛依頼で隣町との往復。募集は1人から最大4人までで、女性冒険者が1人以上いることが条件だった。
報酬は1人の場合1万5千G。2人、3人とひとりずつ増えるごとに6千Gが追加される。
「前の依頼みたく、1日いくらではないんだな」
「隣町のボールトンって、北門から近くにある町よね? 1日で終わるんじゃないかしら?」
「護衛の依頼料としてはちょっと少なく感じるけど、3人でひとり9千Gなら、僕は悪くないと思うよ」
「受ける方向で、詳しい話を聞いてみるか」
受付へ依頼書を持っていくと、別室へ案内された。
少し待っていると、金髪で三つ編みをしたニーナという名前の女性職員が入室する。
お互い挨拶をして、依頼内容の説明を聞いた。
単に往復するだけならギリギリ日帰りできる距離だが、依頼人が用事を済ませるのに少し時間がかかるので、2日間の仕事になるそうだ。
初日に宿に泊まり、翌朝に出発すると思ったら、この依頼はそうではないらしい。
「え? ということは、宿に泊まらず、道中で野営するのですか?」
「はい。少しでも早くサンロードに戻りたいということなので……」
「報酬は1日あたりではないんですよね?」
「はい。明記されている金額以上の報酬はありません」
「う~~ん、どう思う?」
丸戸がリナとフロストの顔を見る。
「盗賊や魔物に襲われる心配はほとんどないみたいだし、前に村から宿場町へ荷物運びした依頼と似た感じかなあ」
「あの依頼と比べたら報酬は高いわね。前の護衛依頼は合同だったし、私たちだけなら負担の少ないこういった依頼もいいんじゃないかしら」
丸々2日間活動するわけではなく、早ければ翌日の2番目の鐘が鳴る前後にはこの町に戻ってくる。
野営もあるが、前回の依頼でも連泊しているので、そこも問題ない。
欲をいえば、もう少し報酬が高ければ……というくらいだ。
冒険者が1人からでも受けられるような依頼なので、人数が増えるぶん、減額となるのも仕方がないだろう。
「じゃあ、この依頼、受けてもいいかな?」
2人が頷き、依頼の手続きをする。
依頼人はこの国の文官の女性。明日の朝、この冒険者ギルドで合流し、出発するとのこと。
彼女がどんな用事で町を往復するのかまでは教えられず、またこちらからも聞かない。
朝一番の鐘が鳴ってから、ギルドまで来てくれればいいとニーナ。
明日の依頼は決まったが、今日の予定がまだ決まっていない。
ニーナと別れた後、それぞれ雑用の依頼を探すことにした。
丸戸は厩舎で水汲みの仕事を選択。
水汲みは井戸から運んだ水を樽に入れる仕事で、木桶を持って何往復もする。
体力的にきついわりに1000Gと、報酬は決して高くない。
しかし、アイテムボックスが使える丸戸には楽な仕事で、すぐに依頼を終えた。
「やることがなくなった……」
ギルドで報酬を受け取り暇になった丸戸は、大通り沿いのお店を見て回っていた。
(そうだ、屋台があった!)
そう思い、商業ギルドにやってきた。
総合案内に向かい、屋台について話を聞く。
露店や屋台は、場所によって1千Gから3千Gの費用がかかる。
数日営業をするなら事前に手続きが必要だが、場所が空いていれば、1日のみ営業できる。
屋台は借りることができ、種類によって1日3千Gから3万Gかかるとのこと。
(1日だけなら、その日のうちに店を開けるのは助かるな)
町に定住しているものばかりが屋台や露店を営むわけではない。
行商で1日だけ営業して、町を移動する者に配慮してのことだろう。
まだ2番目の鐘が鳴る前なので、時間はたっぷりある。
商品が用意できるようなら、後でまた来るといって、宿屋に戻った。
「さて、何を売ろうか。手っ取り早く売れるものは……、ああ、お菓子でいいかな?」
スキルから買ったままで売るわけにもいかないので、何か別の容器などに移し替えなければならない。
ダンジョンやアウトドア生活が続いたときに、屋台で見かけるような包装紙やプラ容器を何種類か買っていた。
お菓子はかなり余っているクッキーを選択。
1キログラム1千Gで買った安い商品、チョコやバニラクリームが挟まれていたり、表面にコーティングされている、少し値段が高いものなど、計5枚。
(入れ物は……、揚げ物を入れる、あの白い包装紙でいいか。値段は安い奴だけなら200Gか、300Gでいいんだけど、こっちはお菓子ってあまり種類がないみたいだからなあ。試験販売ってことで500Gあたりで様子を見るか)
清潔な服に着替え、使い捨てのビニール手袋をして包装紙にクッキーを詰める。
1時間ちょっとの作業でとりあえず100包み用意し、再び商業ギルドで1日営業と屋台のレンタルを申請した。
木板に書かれた簡素な地図で営業場所を教えてもらう。
北門にある広場で、通りから少し離れた1区画が割り当てられた。
北門の先に町があり人の流れも多く、行商はここでよく露店をするらしい。
場所代と屋台の料金7千Gを払い、営業許可証を受け取る。
屋台を借りられる場所がわからなかったので、別の職員に倉庫まで案内してもらった。
職員にお礼を言って、屋台を引いて倉庫を出る。
北門へ向かうと、散策したときにみた噴水があった。
広場の北側には4台の屋台があり、通りから離れた場所に空きがある。
あそこが営業場所だとわかり指定位置に移動、営業の準備に取り掛かった。
台の上に赤い布を敷き、クッキーを白い皿に盛りつける。
値段を書いた木のボードを立て、クッキーが数袋入った木の箱を足元に置いた。
別の木箱にはつり銭を用意してある。屋台の脇にはゴミ箱も設置。
「ようし、がんばって完売目指すぞ!」
準備が整い、気合を入れる丸戸であった。
約2時間後――。
現在、屋台は大忙しである。次から次へとお客が来て、対応に四苦八苦する丸戸。
きっかけは女子3人組であった。
高級そうな白い皿の上に、何か乗っている。
興味を示した彼女たちが、これは何かと聞いてきたので、小麦粉にバターや砂糖を使った甘いお菓子であると説明した。
この世界では砂糖は100グラム数万Gと高く、クッキーはまだ庶民には馴染みが薄い。
クリームをサンドしたものやチョコレートがかかったものなどにいたっては、完全に未知なるもの。
砂糖が使われた甘いお菓子と聞いて、1人が辛抱できなかったようだ。
一包み購入して、さっそく1枚に手を伸ばす。
丸いクッキーが2種、クリームをサンドした四角形が2種、片面にチョコがかかった長方形が1種。
彼女が選んだのは、ホワイトクリームをサンドした四角形のクッキー。
さっくりとした軽い生地の食感に、甘いミルクのクリームが口の中に広がる。、
一瞬身体が硬直したかと思ったら、恍惚の表情を浮かべる友人。それを見て、他の2人も購入を決意した。
楽しそうにお互いレポートしあい、どれから食べるか順番を決めている。
店先でそんなことをしてくれたおかげで良い宣伝となり、人が集まってきた。
中には彼女たちの友達もいたようで、「だまされたと思って買え」と強くすすめる。
その友達も混ざってどれが好きだとか盛り上がり、話を聞いていた他の人も釣られてしまった。
人が集まれば、何だろうと思って、さらに人が集まる。
そして美味しいという言葉を連発しながら、何やら食べている。
500Gという値段も、ほとんどの人は払おうと思えば払える額であった。
試しに購入する客が増え、さらに追加購入する者も現れる。
こうして店を開いてから、3時間ほどで完売するのであった。
一包みの原価はおよそ100G。500Gで百包み販売し、そこから場所代、レンタル料を引くと、3万3千Gの利益である。
屋台と営業許可証を返却し、宿に戻った。
リナとフロストが、明日の依頼の準備をしている。
丸戸も野営に必要なものなど確認。
その後、食堂で今日一日何をしていたか、明日の護衛依頼についてなどを話しながら夕食を済ませた。
 




