第52話 魔物から馬車を守れ
護衛依頼、4日目。
城砦を出て北西から北へと道なりに進むと、魔物が遠くに見えるようになった。
少数の馬車なら魔物を足止めしている間に馬車を先に行かせることもできるのだが、10台ともなるとそうはいかない。
冒険者が馬車より先行し、魔物を排除して安全を確保することが求められる。
『明星の守護』のボリが一番前の御者席、2番目の馬車の御者席にクツカが座り、残りは先頭馬車内。
『疾風迅雷』は2番目の馬車に乗り込み、クツカの指示に従う。
「街道前方左手に狼の群れがいる」
ボリから情報を聞いたアルバは、クツカに合図を出す。
「ミラとロッコは待機のようだ。Eランクのやつ、俺についてこい。残り2人は前の馬車に移動しろ」
残る2人に指示を出し、クツカはフロストを連れて先頭の馬車に向かった。
魔物を警戒して、馬車は減速している。場合によっては停車して様子を見守ることもある。
丸戸は先頭馬車のロッコに槍を渡すと、御者台へ飛び乗った。
リナも杖を渡し丸戸と同様、飛び乗る。
人の出入りが多くなることはわかっていたので、スペースが取れるよう、積荷の一部を他の馬車に移してあった。
フロストたちは馬車の前方を走っている。
数分後、立ち止まって狼の群れを狩っていた。
馬車が通り過ぎる前に戦闘が終わるも、フロストが街道にゴブリン、脇の草地に角兎を見つける。
「角兎はともかく、ゴブリンは排除しないと馬車が通れないぞ」とボリ。
「クツカ、お前はロッコともう1人の槍使いと代わり馬車の護衛だ」
わかったといってクツカが馬車に戻り、丸戸とロッコが出てきた。
「これから街道のゴブリンを排除しに行く。Gランクのお前、できるか?」
「ゴブリンなら問題ない」
「そうか。なら、行くぞ」
5人が数百メートル先のゴブリンの掃討に向かった。
比較的軽装の丸戸とフロスト、ボリが先に進み、少し遅れてアルバ、大きな盾を持つロッコはさらに遅れて後を追う。
「角兎が来るぞ」
「僕が行くよ」
ボリの言葉にフロストが答え、草地に入っていった。
街道付近にはゴブリンが16匹いた。
数の多さを警戒し、ボリは少し離れた場所で停止する。
弓では倒しきれない。かといって短剣では囲まれて自分が危ない。
2人を壁役に1匹ずつ弓で倒すつもりだったが、1人は角兎を倒しに行ってしまった。
後続の2人を待とうかと思ったが、ゴブリンがこちらに気づいた。
「来るぞ」
ボリがそういって弓で1匹倒すと、攻撃されたことに気づいた他のゴブリンもこちらに向かってきた。
その間に弓が刺さり、さらに1匹が倒れる。
短剣で戦えば、どうにか2人が来るまで持ちこたえられるか?
ボリがそう考えて、短剣を手にしようとしたとき、ゴブリンの頭上に雷が落ちる。
丸戸が密集した場所に槍の落雷で多くのゴブリンを戦闘不能にしたのだ。
残るゴブリンを一撃で、次々と倒していく。
アルバが来たときにはほぼ片付き、ロッコが来たときにはゴブリンの死骸を街道脇に捨てていた。
角兎の群れを殲滅したフロストもこちらにやってくる。
「な、なんなんだお前は?」
ゴブリンをほぼ1人で壊滅させた丸戸にボリが驚く。
「何だと言われても、Gランクの冒険者としか……」
「お前、雷の魔法も使えるなんて言ってなかったろ?」
「雷の魔法はこの槍の性能のおかげでして。まあ、いくつか魔法書で習得しましたが、うちの魔法使いに比べたらまだまだ実力不足で、使えるというほどでもないですから」
「もう1人もそうだったが、こいつらはランク以上にかなりの実力があるんだろう」
アルバは先ほどフロストと一緒に戦っていたので、ある程度は実力を把握していた。
よくよく見れば、2人とも一部の装備品は相当高価なものだ。
「俺のことより、この先、まだ魔物がいますよ。片付けとゴブリンの武器の回収は俺たちがやっておきますので、そっちへ行ってください」
え? とボリが街道の先を見ると、少数の牛の魔物が見えた。
「マッドブルかよ。馬車に突っ込まれたら大損害だ。ボリとお前らは馬車に戻って待機、2人を寄こしてくれ。それと『草原』の奴らにこれが終わったら交代すると伝えてくれ。行くぞロッコ」
先に進むもの、戻るものと別れ、丸戸とフロストはその場でゴブリンの処理をしていた。
「この3体が魔石持ちだな。フロスト頼む」
丸戸は残りのゴブリンを収納しゴミ箱で削除。武器をひとまとめにして馬車が来るのを待つ。
数分後ミラが、やや遅れてクツカが鈍器を担いでそばを通り過ぎた後、馬車も低速でこちらへ来た。
商人の指示で武器を馬車に乗せ、丸戸たちは先頭の馬車に乗り込む。
「次の指示があるまで、休んでおけ」
あまり疲れてはいなかったが、ボリに言われ身体を休める。
しばらくしたらアルバたちも戻ってきて最後尾の馬車へ乗り、代わりに『草原の大牙』4人が前方へ進んでいった。
馬車はそのまま、歩くより少し速い程度で進む。
「少し手こずっているようだな。1人か2人、援護してやれ」
ボリの言葉を受け、丸戸とリナが馬車を飛び出し、援護に向かった。
魔物は狼が20匹以上、狼のリーダーが3匹いる。
倒しきる前に遠吠えで仲間を呼ばれてしまい、劣勢だったようだ。
『草原の大牙』はなんとか囲まれないようにしながら戦っていたが、戦況は苦しい。
丸戸とリナが現場に近づくと、タイミングを見計らって、左右から攻撃魔法を撃ち込んだ。
落雷と火炎の魔法に半数近くが瀕死、あるいは即死し、さらに槍の追加攻撃と石槍の攻撃魔法を浴びせ、形勢は逆転。
とどめは『草原の大牙』に任せ、2人は狼リーダーを狙う。
リナは小さな石槍を多数浴びせ、手数で応戦し牽制する。
その間に丸戸が槍で攻撃し、雷属性の追加攻撃で1匹倒すと、即座に残りの1匹も深手を負わせる。
それを見たリナが大きな石槍を重傷の狼リーダーに撃ち込み、とどめを刺した。
リナが牽制していた狼リーダーは、自分への攻撃が止んだことでリナを襲いにかかったが、死角から丸戸の攻撃を受け一撃で沈む。
「な、なんで?」とか「え? ええ!?」と、追い込まれた状況からあっという間に戦闘が終わり、信じられない様子の『草原の大牙』一同。
「まだ魔物がいますから、ここの後片付けは俺たちに任せて、先に行ってください」
「お、おおう……」
まるで夢でも見ているかのような感覚に陥りながら、彼らは先へ進んだ。
「素材もったいないけど、こっそり収納するのもなあ……」
「周りに知られたらどうなるか、簡単に想像できるわね」
「だな。1匹くらい魔法ですぐに血抜きできるか? 残りは1か所にまとめるから、魔法で燃やしてくれ」
リナが一番損傷の少ない狼リーダーの血抜きをする。
肉は食べないが、後で皮や牙を確保するためだ。
それ以外はいったんすべて収納、街道から少し離れた所に狼の死骸を取り出し、リナが魔法で燃やした。
途中で反対方向から来る馬車が狩り残した魔物を片付けたりもしたが、とくに大きな問題はなく、街道付近の魔物を排除し続け、馬のために休憩を取ることに。
「魔物討伐の編成を変更する」
突然なことではあるが、『疾風迅雷』の実力を知ったアルバが考慮し、編成の見直しを決断した。
魔物討伐班、解体班、素材運搬兼馬車護衛班だ。
討伐班は『疾風迅雷』の3人と『明星の守護』からボリ、ミラの2人。
前衛2人、中衛1人、後衛2人とバランスよく、殲滅力が高い。
重装備の者もいないので、移動もしやすい。
解体は『草原の大牙』の弓兵ニヨンと剣士のロドリゴ。2人とも元々は猟をしながら暮らしていたそうで、解体はそれなりにできるそうだ。
残りは素材の運搬兼馬車の護衛だ。討伐班が疲れたときには役目を交代する。
「な、なんなんだお前ら……」
「何だと言われても『疾風迅雷』ですとしか……」
「知ってるよ! Eランクがなんでオークやマッドブルを瞬殺してんだよ」
「オークはFランクの頃から狙って狩っていたし、マッドブルは強い黒鹿と思えば、どうということは……」
討伐班は休憩を早めに切り上げて街道を先行し、魔物を排除していた。
少数のオークやマッドブルがうろついていたが、『疾風迅雷』だけで難なく倒した事実を、ボリが受け止め切れなかったようだ。
ミラも冷静にみえて、表情が固まったままだ。
「そんなことよりマッドブルとオーク、どちらが美味しいんですか? 1体だけ血抜きして、今夜のご飯にしましょう」
個人差はあるが、マッドブルのほうが好きという人が多いそうだ。
血抜きを終えると、後方に控えていた解体班が処理していく。
その後、討伐班は一度も交代することなく、馬車が野営地で停車するまで狩り続けた。
夕飯はマッドブルの素焼きだ。
こんな場所で肉を焼いて大丈夫だろうかと丸戸は心配になったが、ここに来るまであちこちで魔物を焼却処分していたことを思い出した。
単純に焼いただけで調味料も使われなかったが、いい具合に焦げ目がついて、それなりに美味しかった。
「礼がまだだったな。あのときは助かったよ、ありがとう」と『草原の大牙』のリーダー、ハイメが丸戸とリナに頭を下げる。
「ハズレが来やがったと思ったら、大違いだったな」
「ああ、なんでGランクなんだ?」
アルバもハイメも丸戸のランクと実力のギャップが気になるようだ。
「単純に依頼達成数が少ないから……」
「Gランクなら雑用がいくらでもあるだろう?」
「1か月後には所持金がなくなるという状況で、1か月間を毎日活動して10万G得るのと、3日に1回で15万Gだったら、みなさんどうします?」
ウッと顔をしかめる面々。自分が同じ立場なら、依頼数を気にするよりお金を選択するだろう。
「薬草採取する場所が町から離れ、魔物を相手にするようになって、本格的に魔物を狩るために近くの宿場町に移動したので……」と、これまでの経緯をかなり大雑把に話した。
一般的なGランクが受ける依頼をあまり受けず、お金になる魔物を狩ってばかりいた。
GランクなのにCランクにも引けを取らないほど魔物相手に戦える理由を、ようやく理解する一同であった。
当初の予定では、今日は『疾風迅雷』が遅番の見張りである。
しかし、討伐班は完全休養ということで意見が一致し、3人とも休むことになった。
解体班の2人が早番で、護衛班が遅番。
少し悪い気もしたが、明日も魔物を狩るので指示に従った。
5日目早朝。冷え込みがきつい中、商隊は出発。
昼前まで討伐班が狩り続け、休憩してからしばらくは護衛班が討伐に向かった。
再び討伐班が馬車を出ていったが、ダンジョンで連戦に慣れている『疾風迅雷』のペースに、ボリもミラも疲労困憊。
途中からパーティーリーダー2人が入れ替わり、夕暮れまで戦い続けた。
今日も討伐班は完全休養と言われたが、さすがに申し訳なく思ってしまう『疾風迅雷』の3人。
早番を担当することで話がつき、遅番はそれぞれのパーティーから2名ずつ選出した。
6日目。
3時間ほど進むと、街道が東西に分かれている。
もうここまで来たのか……と、アルバは内心驚いてた。彼の計算では、あと2日はかかるはずであった。
東はヨークセン国、西はロゼイア国に続いており、商隊は西へ進路をとる。
この東西を結ぶ街道を移動する人や馬車の数は多い。
反対側から来る商隊の護衛たちも街道付近の魔物を討伐するため、ここまで来ると魔物の襲撃もだいぶ少なくなる。
編成は維持したままだが、その日の見張り当番はパーティーごとに担当することで決まった。
というわけで『疾風迅雷』が遅番である。
見張り2人で、2時間ごとに1人代わり、無難に一夜を過ごした。
翌日、ロゼイアの門と呼ばれる、高い壁がそびえ立つ関所を通過。
2日後のお昼過ぎにロゼイアの王都サンロードに到着する。
馬車の数が多いので12日間と見込んでいた旅程が、3日も早い。
魔物の多いエリアで立ち止まるどころか、ほとんど速度を落とさず通過できたためである。
これには冒険者はもちろん、商人たちも驚いていた。




