第47話 金銀財宝の宝箱
39階層手前の階段で一夜を過ごした丸戸たち。
朝食を済ませ、少しくつろいだ後、39階層の探索を始める。
魔物は昆虫系のままだが、とにかく数が多かった。
戦闘音を聞きつけたのか、あるいは感じ取ったのか、どこからともなく魔物が集まってくる。
壁に沿って進まざるを得なく、下の階層への階段を見つけるまでに、かなりの時間を要した。
「フロスト、だいぶ攻撃を受けていたけど、大丈夫か?」
「まだ効果は微々たるものだけど、回復の魔法をかけておくわね」
「ありがとう。ほとんどかすり傷程度だから大丈夫だよ。いちおうポーションも飲んだしね」
神聖魔法による回復は治癒を早める効果があるが、リナはまだ完全には習得していない。
たった1階層進むのにだいぶ疲労してしまい、階層ボスの部屋の手前の安全地帯で、長めの休憩を取ることになった。
じゅうぶん休んだら、階層ボスがいる部屋の前へ移動。
「ここで最後だ。準備はいいかい?」
すでに身体強化の魔法などを自身にかけ、2人が頷くのを確認し、ボス部屋のドアを開けた。
そこには1匹の黒い大きなクモ。
思わずリナが声にならない悲鳴をあげる。
中型のクモが車サイズなら、こいつは小さな家くらいのサイズはあるだろうか?
力と体力はありそうだが、俊敏性はなさそうだ。
フロストが暗闇の魔法をかけるも不発。そのまま突っ込みクモの注意を引き付ける。
リナは火炎魔法を唱え始めた。
丸戸はフロストとは逆方向に回り込み、高威力の雷を落とす。
無防備な状態で攻撃を受けたはずだが、重傷とまではいかなかった。
クモは自分を攻撃した相手を探そうとするも、認識できなかったようで、再びフロストに攻撃していた。
鋭いツメを持つ前足で刺そうとしたり、口から何やら液体を飛ばす。
フロストは回避に専念して、最低限の攻撃でクモの注意を引き受け続けた。
「離れて!」
リナの言葉に2人がサッと退くと、火炎魔法がクモの胴体に直撃する。
炎に覆われ悲鳴をあげるクモに、丸戸が斜め後方から頭部をめがけ槍を突き刺し、魔力を込めた。
身体が硬直し動きが固まったクモに、丸戸とフロストが頭部を中心に連続攻撃を浴びせる。
リナは同士討ちとならないよう、石の槍を胴体部分に集中して撃ち込んだ。
頭部をめった刺し、前足も切り刻まれ、力が抜けたように地面に胴体を落とすクモ。
まだ意識があるのか、身体を持ち上げようと足が細かく痙攣する。
しかし、間もなく動きが止まり、やがてその姿は消え失せた。
いくつか素材がドロップする中に、宝石で装飾された大きな宝箱もあった。
「あれ? 今回はなんか豪華だよ。今までのとは違うのかな?」
「いえ、扉のほうにもあるわよ」
「倒すまでに時間がかかったから、今回はないかと思ったよ。お? こっちの装飾された宝箱は収納できるな」
「それじゃあ、あっちを先に見ましょう」
3人は、装飾のない黄土色で古びた宝箱のほうに近寄った。
フロストが罠がないことを確認する。
「罠はないから、みんなで同時に開けてみようよ」
フロストがそう言うので、「せーの」と声をそろえてふたを開けた。
そこには見慣れた深緑色の書物が3冊あった。
「……やはりこちらは収納できないか」
「じゃあ、いつものように僕からいくね」
フロストが書物を地面に置き、魔法陣に手を乗せる。
隣のページには『状態異常耐性』の文字が浮かび上がった。
「魔法じゃなかった。なんだった?」
「状態異常耐性だったわ。けっこう良いスキルね」
「次は俺だな」
丸戸が魔法陣に手を乗せると、『索敵』と書かれていた。
「レイは索敵ね。これも役に立つスキルだわ」
そう言ってリナも書物を開いて手を乗せ、数秒後、レイのほうを見る。
「精神耐性って書いてあったぞ」
「それってどんな効果があるの?」と、フロスト。
「混乱とか恐怖とか、感じにくくなるんじゃないか?」
「そんなスキルもらっても、もう虫は勘弁してほしいわ」
「確かに」と、笑いあう丸戸たちであった。
「もう一つの宝箱も確認しておこう」
丸戸が装飾された宝箱を取り出し、フロストがふたを開ける。
中には貴族が飾っていそうな豪華な剣。ネックレス、ブレスレット、指輪、髪飾りなどアクセサリーが数点、金貨や銀貨、高そうな布地が入っていた。
(宝箱って、やっぱりこういったものだよなあ)
イメージどおりの宝箱に、思わずにやけてしまう丸戸。
フロストもリナも、ため息交じりの声をあげていた。
「剣は実用向きじゃなさそうだな」
「全部お金に換えてもらったほうが良さそう?」
「そうだな。これが欲しいっていうのはある?」
2人とも「ない」という返事だったので、すべて売却することにした。
いったいいくらになるんだろうと、楽しみが一つ増え、自然と笑顔がこぼれる。
入ってきた扉とは違う、別の扉を開くと、その先は広場になっていた。
ここまでたどり着くパーティーは多くないのだろう。30階層に比べると、人が少ない。
「この先も見たい気はするけど、今日はもう帰って精算してもうらうか」
フロストの興味はダンジョンの先より、宝箱の報酬。リナは苦手な虫の魔物のことを早く忘れたいみたいで、丸戸の言葉に異論はなく、ダンジョンを出て町に戻った。
豊穣祭の後半で、町はいつもよりにぎやかな雰囲気だった。
ダンジョンの町で農業従事者が極わずかということもあり、ここでは単に朝から飲み食いするだけのようだ。
とくに見物することもなく冒険者ギルドに直行。ドロップ品を査定してもらう。
少し時間がかかるというので、報酬の受け取りは明日にすると伝え、昨日まで泊まっていた宿に向かう。
チェックアウトしていたので部屋を取り直し、身体を休めた。
豊穣祭が終わり、11月初日。
こちらの暦では、10月と11月の間の2日間が豊穣祭という記念日になっている。
こうした特殊な日は他にもあり、毎年同じものがあれば、その年だけという日もある。
丸戸たちはお昼前に冒険者ギルドに行くと、職員に別室に案内された。
かなりの金額となり、職員が配慮したみたいだ。内訳を説明してもらい、報酬を受け取った。
37階層以降と大きな黒いクモの魔物の素材が2億5百万G。
装飾された宝箱本体が3千万G、宝剣6千万G、アクセサリー8千万G、魔物素材の布地3千万Gで2億G。
それに宝箱にあった金貨5千万G、銀貨1千万G。
合計で4億6500万G、1人あたり1億5500万Gの収入となった。
小さな魔石103個は売らずに残してある。
1日あたりの収入では約3千万Gが過去最高だった。
今回は2日間の活動なので、1日で7750万Gと倍以上である。
「宝箱があったとはいえ、1人1億5千万Gはすごいな」
「虫だらけの階層ばかりだったんだから、それくらいもらわないとね」
「ボスの一つ前の階層で本気で狩りをしたら、どれくらいの稼ぎになるんだろう?」
「ちょっとフロスト。変なこと言わないで……」
39階層は魔物の数もさることながら、武器、防具や薬となる素材が多く、高く買い取られたのだ。
高ランクの冒険者を2人ほど雇って、丸戸がドロップ品の回収に専念すれば、1日で1人1億G以上の収入も不可能ではないだろう。
しかし、昆虫系の魔物は丸戸もうんざりしていたので、そこまでの考えはなかった。
「Fランクパーティーが40階層を攻略するなんて、驚きですよ」
安全を考慮して移動制限をしている立場の男性職員も、率直な感想をもらす。
10階層ごとに推奨ランクを設定しているが、該当するランクの冒険者すべてが攻略できるわけではない。
20階層のボス、3匹のホブゴブリンを倒すなら、Eランクのパーティーでも可能ではある。ただ、一つ上のDランク相当の実力者が一人はいないと厳しい。
そのDランクも、20台前半の階層にいる白猿に苦労するだろう。
30階層のボス、少し大きいサイズのオークを倒すには、並みのDランクだと火力不足かもしれない。
他のパーティーに比べたら人数が少ないにも関わらず、40階層のボスを倒した丸戸たちは、対魔物においてはCランク上位に相当する実力といえた。
「たまたま商人から安く譲ってもらった、装備品や魔法書のおかげですよ」
「いえいえ、平均的なCランクパーティーに同じ装備をさせても、40階層のボスのところまでたどり着くのは難しいと思いますよ」
階層が深くなるに連れて、魔物との遭遇率が高まり、39階層ではあちこちから群がってきた。
アイテムボックスがあるから必要なものはじゅうぶん持っていけるが、他のパーティーはそうもいかない。
大荷物を抱えて探索するのは至難であり、装備が充実していても、40階層を攻略するのは容易ではないだろう。
「言われてみれば、そうかもしれませんね」
職員の言葉のほうが正しい認識だと思う丸戸。
40階層のボスを攻略した。
装備やスキルの恩恵が大きいことは確かだが、それのみでここまで来たわけではない。
ダンジョンで得た、数千個単位で保有する魔石の数が、努力や成長を表している。
そして良い装備を入手すれば、もっとダンジョンの先へ進めるという考えが危険であることにも気づかされる。
パーティーの活動に関わることなので、2人にも相談しようと考える丸戸であった。
 




