第37話 待機時間で魔法の練習
ゴブリンの集落を攻略して3日目。
エドから報告を受けた冒険者たちがここに来るまで、まだ時間がある。
朝食を終えると、フロストは夜間の見張りをしていたので、ターフを張った場所ですぐに寝てしまった。リナは寝具を干している。
丸戸はテーブルの上を片付けながら、魔法について考えていた。
魔物素材を使用した槍でも雷魔法は使えるが、それは槍の性能であって自分の持っている力ではない。
商人から格安で買って取得した氷結魔法は、小さな氷の塊を作り出すことができる。
これをリナの攻撃魔法のように扱えないか……と。
こちらの世界では、一部の魔法は使えば使うほど鍛えられ、魔法の威力や魔力量が上昇すると考えられている。
複雑な形は無理だが、いちおう様々な形状の氷は作れるようになった。
しかし、氷の塊を何度も作り出したところで、魔物を倒せるようになるとは到底思えない。
角兎を狩り始めたころは、リナも小さな石を魔物にぶつける程度だった。
それが今ではオーク、ゴブリンの群れを相手に圧倒的な攻撃魔法を見せている。
あそこまでとはいかなくとも、できるものであれば、使えるようになりたい――。
さっそくリナに相談した。
「すでに氷を作り出せているから、角兎のころのレベルでいいなら、たぶん短時間でできると思うわ。一番威力の弱い小石の攻撃魔法を使うから、それを氷の石と思って見てて……」
そう言ってリナが魔物の進入を阻止するために置いてあった岩のほうに歩き、手をかざす。
「ストーン」と小声でつぶやくと、約20メートル先にある岩に、人が投げる程度の速度で小石があたり、地面に落ちた。
「まずは今のと同じくらいのことができると信じて何度も練習するの。それができるようになれば、あとは徐々に上達していくはずよ」
氷はどんな形状が良いか尋ねると、いずれ攻撃魔法として使うなら針形がいいとリナ。
そして、リナが学園で学んだことと合わせて、大まかに攻撃魔法の方法を説明してもらった。
丸戸も岩に向かって手をかざし、氷が岩にあたるイメージをしながら「アイスニードル」とつぶやく。
先端のとがった小指ほどの細長い氷が射出されたが、へロッとした軌道で岩に届かず地面に落ちた。
何度試しても、岩まで届かない。
「これくらいならできると思ったが、難しいな……」
「レイのタイミングで私も魔法を使うから、一緒にやってみましょ」
リナが丸戸の右側に半身になって立ち、岩へ向けた右腕を丸戸の右腕に並べた。
丸戸が「アイスニードル」と唱えると、その声に合わせて小石と氷が射出される。
小石はまっすぐに飛んで岩にあたったが、氷は途中で地面に落ちた。
「小石は氷でできていて、自分が小石のほうを放ったと思い込んで、魔法を続けて」
リナの言葉に従い、魔法を繰り返す。
「氷のほうは見なくていいから、小石のほうだけみて」と言われるうちに、本当に自分が小石のほうを放ったと錯覚してくる。
何十回と繰り返すうちに氷の距離が伸び、やがて岩に当たるようになった。
「あっ、いま、氷が岩にあたった」
「喜ぶのは後でいいから、まだ魔法を続けて」
さらに10回ほど繰り返し魔法を唱えたところで、リナだけ魔法を止める。
「終わり?」という表情を見せる丸戸に、「止めないで続けて」とリナ。
その後、20回ほど続けると停止の声がかかった。
「これくらいできれば、もう大丈夫そうね。あとは実戦で威力をあげていくの。初めは想像した通りの結果にならないから、私は少しずつ想像に近づける感じで魔法の威力をあげていったわ」
完全な魔法をイメージするのではなく、現時点の状態を少し上回る程度を想像して、何度も魔法を放っていたそうだ。
学園では逆に、完璧な状態を想像して魔法を詠唱する練習をしていた。それで結果を出せる生徒もいるが、そのやり方はリナには合わなかったという。
「学園で習っていたときには、言われるままに練習していたから、魔法を使うということが自分でも良くわかっていなかったのよね。想い通りの魔法が実現できるように、魔力が流れる経路を作って、適切に制御すると理解するまで、ちょっと時間がかかったわ」
魔法がどういう仕組みなのかはわからないが、段階を踏んで威力が増していくのは実際に見ている。
アマチュアの野球選手がいきなり160キロの剛速球を投げようとするより、140キロ、145キロ……と、徐々に球速を伸ばしていく感じに近いだろうか?
つきっきりで指導してくれたリナにお礼を言い、岩壁撃ちを続行。
初歩の魔法なので魔力消費量は少ない。それでも魔力が尽きてきたら魔力回復ポーションもある。
自分も実用レベルの攻撃魔法が使えるかもしれないと想像し、ワクワクする丸戸であった。
エドが報告に戻り5日目。スムーズに事が運んでいれば、ギルド関係者や冒険者の先陣が来るはずである。
拠点にある自分たちの持ち物を収納すると、丸戸だけ集落へ移動した。
フロストが拠点で待機、リナが連絡係りである。
予想通り、冒険者の一団が付近まで来ていることがわかった。
リナが集落に向かい丸戸に伝え、ゴブリンの死体を取り出す。
そのまま燃やして埋められるよう、すでに地面に穴を掘っておいた。
数時間後、フロストとエドを案内役として、冒険者たちがやってきた。
「集落ができているんじゃなかったのかよ?」
「殲滅したって? ほんとにゴブリンがいたのか?」
「ここには数匹いた程度で、別に集落があるんだろう」
率直な意見をそれぞれ口にしていた。
エドは集落を確認していたが、ゴブリンがまったくいないことに驚いているようだ。
丸戸が視界に入り、駆け寄って説明を求めた。
「お前ら、本当にゴブリンを一掃したのか?」
「はい。ザッと300匹はいたと思います」
「戦闘の跡は残っているが、ゴブリンどもはどうした?」
「そちらのほう、地面に穴が開いているのがわかりますか? そこに放り込んでありますよ」
そう聞くとエドは穴の中を確認しにいき、他の冒険者を呼び寄せた。
「うげっ! ゴブリンだらけじゃねえか」
「何体いるんだ?」
「まさか、本当に集落があったとは……」
丸戸はリーダーのホブゴブリンはフロストが倒したが、何匹か集落から逃げたことをエドに伝えた。
今後は死体の処理や廃墟の取り壊しなどをすることになるだろうとエド。
本隊まで戻って報告してくれと言うので、丸戸たちはエドとともにそちらへ移動した。
3時間ほどで本隊に到着。すぐに責任者がいるテントに案内される。
中には今回の依頼で丸戸たちにエドを紹介し、依頼内容を説明した職員、ニルスがいた。彼が冒険者たちを率いる責任者らしい。
挨拶を簡単に済ませ、丸戸が経緯を報告する。
「間違いなく、ゴブリンの集落を全滅させたのですね」
「はい。逃げてしまったゴブリンもいますが、ほぼ倒して穴に放り込んでおきました」
「まさか、3人だけで集落を制圧するとは……。でまかせを言っているとは思いませんが、にわかには信じがたいですね」
冒険者3人のFランクパーティーで、ゴブリンの集落を制圧できると考える人のほうが少ない。
ニルスがそう返答するのも、無理はなかった。
「俺も集落にゴブリンがいたのをこの目で見てるし、集落の穴んなかにはゴブリンがたくさんだったぞ。こいつらは嘘なんか言ってねえよ」
事実としてなかなか認識できないニルスに、エドが擁護してくれた。
「依頼を受けるときに、オークの集落に比べたらたいしたことはないって、言ったと思うんだが……」
「いや、それは俺も口だけだと思ったから、それで信じろと言うのは無理があるぜ」
せっかくのフォローが無意味になってしまった。
「まあ、俺たちは集落を潰すために依頼を受けたようなものですから、目的が果たせて満足しています。さすがに数日間も野営生活するとは思っていなかったので、今は早く町に戻りたいんですよね。確認作業など、後はお任せしますから、先に戻ってもいいでしょうか?」
「ええ。本来の任務は達成していますし、ゆっくり休んでください。ただ、これから依頼に関する書類を作成して渡しますので、今日はここに留まり、出発は明日にしてください」
ニルスの指示に従い、丸戸たちは翌日、宿場町ネレスへ戻るのであった。
 




