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第35話 説得

 よく晴れた8月最終日。

 丸戸たちパーティー『疾風迅雷』にエドが加わり、ゴブリンの集落を捜索するため、指定された方角に向け移動を始めた。


 宿場町ネレスを出ると、短い草が生えた平野が広がっている。

 整備された街道ではないので歩きにくいが、先頭のエドは慣れているのだろう。速度を緩めることなく、歩いている。


 普段どおりの自分のペースでついてこられるかと、ふと心配になったエド。

 振り返ると後ろの3人は遅れることなく、ついてきていた。

 「これくらいなんてことないよ」と言わんばかりに、目が合ったフロストがニコッと笑顔を見せる。


 4時間ほどで最初の目的地に到着した。

 ここで小休憩を取り、フロストとエドが周囲を観察する。


「久々に長時間歩いたけど、思っていたよりも疲れなかったわ」

「クリフとかクロスの森でも1日歩き回って狩りをしていたからな。だいぶ体力がついたんだろう」

「この後、また何時間か歩きっぱなしでしょ? 今のうちに少し何か食べておく?」

「そうだな。クッキー……、いや、ゼリーでいいか」



 丸戸はアウトドア用の折りたたみのパイプイスを並べ、その上に木の板を乗せ、細長いテーブルを作った。さらに2つずつパイプイスをテーブルの左右に配置。

 リナが木製のコップにペットボトルのアイスティを注ぐ。

 丸戸は水と氷の入った木の桶にゼリーを入れて冷やしていたところで、2人が戻ってきた。



「おいおい、こんなところでもう食事の準備か?」

 小休憩のはずが、本格的に休憩の準備をしているのを見て、エドがあきれる。


「準備に時間はかからないから、すぐに食べられるよ。早く食べよう」


 2人が席に座ると、フロストがボトルから取り出したウェットティッシュをエドに渡し、自身も手を拭きながら説明をする。

 冷えた微糖のアイスティで口の中を潤すと、フロストからゼリーとスプーンを渡される。

 スプーンですくって食べるんだと教えられ、言われた通りに食べるエド。


 ナタデココの入ったヨーグルト風味のゼリーだ。冷たくほどよい甘さに、クニュッとした具の食感。

 熟れた果物より甘さは控えめだが、このようなものは今まで味わったことがなく、エドは夢中になってすぐに食べ終えてしまった。

 放心状態から我に返ると、あわててご馳走になったお礼を述べる。


 3人もさほど時間がかからずに食べ終えると、てきぱきと慣れた動きで片づけをし、予定どおり15分の小休憩で再出発。



「ここからは北西に向かって進むぞ」


 エドの指示に従い、歩く並びを変えた。先頭のリナは正面の北西を、右側のエドは北側、左側のフロストが西側の監視をしながら進む。

 真ん中後方の丸戸はときどき後ろを振り返って、何か近づいていないか確認する程度。


 たまにリナが数メートル小走りで先に進み、立ち止まって双眼鏡で前方を確認する。


 進行方向に魔物がいた場合は、エドとフロストで仕留める。持ち帰ってもあまり稼げそうにない魔物は、その場に捨てていくらしい。

 丸戸のスキルなら持ち帰ることもできるし、ゴミ箱機能で処分もできるのだが、わざわざ他の冒険者に自分の情報を漏らすものでもないので、ここはエドのやり方に従った。



 午後1時を過ぎたところで30分の休憩を取る。

 一般的な冒険者はあまり昼食を取らず、食べるにしても干し肉やよく乾燥させたパンくらいだ。

 エドもそのつもりでいたが、ふと他の3人を見るとテーブルをセットしている。


「お前ら、また食べるのか?」

「すぐにできますから」


 食事の準備で無駄に体力を浪費せず、しっかり休んでおけと言うつもりだったが、リナにそう言われて返す言葉がなかった。


 昼食は卵焼きに焼きそばパン、フライドポテト。飲み物は各自お好みで、デザートはアイスクリームだ。

 フロストがエドに一緒に食べようと誘い、食事をともにする。



 エドは卵焼きから手をつけた。砂糖が使われているようで、甘くて美味しい。

 焼きそばパンは、パンが信じられないほど柔らかく、具も香辛料が使われている。食欲を刺激される香りで、かぶりつかずにはいられない。

 フライドポテトはそのままでも塩が利いて美味しいが、酸味や甘味のある赤いソースにつけるのもうまい。


 そしてアイスクリームはこの世のものとは思えなかった。

 口の中に入れると、前の休憩で食べたものよりも甘い。それが雪のように冷たく、スーッと溶ける。


 自分はゴブリンの襲撃にあい、死んでしまった。今はおとぎ話に出てくるような神様のいる世界で、ご馳走を食べているのではないか……と、錯覚するほど。

 依頼の最中なのに贅沢な食べ物が出てくる。想像していなかったありえない状況に、エドが平常心を取り戻すまで、少し時間がかかるのであった。



 休憩を終え2時間ほど歩くと、草原地帯から乾いて荒れた地面が広がる風景に変わっていた。

 ゴブリンを見かける回数も増え、進行のさまたげになるゴブリンだけを狩っていく。


 夕方18時前になり、今日の探索はここまで。夜営の準備にとりかかる。

 2人用のテントを用意してくれていたが、そちらはリナが使用することになった。

 エドとフロストがテントを張っている間、丸戸とリナが火を焚き、夕食の準備をする。


 今回のような合同の依頼であれば、各自で用意した保存食で済ませることが多い。

 依頼の説明をするときに、食事に関してはとくに触れなかった。

 もう、こいつらの食事に関しては何も言うまい……と、エドは黙って作業に集中する。



 作業を終えたエドとフロストがテーブルの席に着いた。

 低ランクの冒険者には手が出ない、高価な魔道具と思われるLEDのランタンが平然とテーブルの上に置かれているのにも驚いたが、並べられた料理のほうに目を奪われるエド。


 夕食はカレー味のアルファ米に、作りおきのウインナーソーセージと目玉焼き。

 ドレッシングのかかったサラダにインスタントのオニオンスープ。デザートはブルーベリーソースのヨーグルト。


 依頼中で荒野にいるはずなのに、まるで飲食店にいるかのようだ。

 非現実的な状況に固まるエドを見て、丸戸が声をかけた。


「嫌いなものがあったら、無理せず残してもいですからね」

「ああ……。あっ、いや、そうじゃないんだ」


 この戸惑う気持ちは、彼らには理解されないだろう。もちろん食事はおいしくいただき、完食した。



 食事を終えるとリナが洗い物をし、丸戸とフロストは寝床の準備をする。

 本来ならマントに包まり、地面に直接横になって夜が明けるまで過ごすので、とくに準備は要らないのだが……。


 2枚の大きな木の板を地面に置き、その上にレジャーシートを広げ、飛ばされないよう重石で固定。長座布団をシートにおいたら完成となる。


 床用やテーブルに使った木の板などは、狩りの最中の休憩時にあったらいいなと思って、共同生活費から買い集めたもの。

 夜営で使用するとまでは想定していなかったが、丸戸はちょうど良さそうと思い、利用することにしたのである。



 最初の見張りはリナだった。

 丸戸から髪や身体を拭くシートや食べ物、飲み物をもらい、3本のろうそくが消えるまで、およそ3時間の見張りをする。

 丸戸、フロストが2時間交代で続き、最後にエドが夜明けまで見張るのだ。


 とくに危機に見舞われることはなく夜を明かし、エドに起こされ起床。

 野菜が多いインスタントのスープと前日も食べたフライドポテト。

 朝はそれぞれやることがあるので、各自都合の良いタイミングでサッと食事を済ませた。


 テントやテーブルなどを片付けて、今日の予定を確認しあい出発する。

 最初の小休憩前までは、リナがゴブリンを発見する機会が多かったが、休憩後は西側を見ているフロストのほうからゴブリンの報告回数が増えた。



「少し西側よりに集落があるかもしれないな」とエド。


 1時間ほど歩いた所で双眼鏡を手にしたフロストから、西側からゴブリンのグループがいくつか見えると伝える。

 そのままエドと2人で倒しに向かった。


 丸戸が周囲を警戒していると、リナから北よりの西側のほうに何か家屋らしきものが見えるという。

 ゴブリンはエドたちに任せ、2人も建物が見えた方向へと進んでいく。


「ゴブリンがたくさんいるみたいだわ。あそこが集落じゃないかしら?」


 丸戸にはまだ見えなかったが、少し先に進むと何かあるというのは見えた。


「フロストたちにも伝えよう」と言って、一度戻って合流する。

 フロストが丸戸たちに気づき、自分が呼ばれていることを知り、エドと一緒に引き返してきた。


「あっちの方向に、集落っぽいものが見えたわ。確認してきてもらえる?」


「わかった、見てこよう。フロスト、援護を頼む」


 そう言って、エドはフロストを連れ確認に向かった。

 20分ほどで戻ってきて、「間違いなく集落だ」とエド。


「報告のため、町へ戻るぞ」


「戻るのに1日、報告して仲間を集めるのに2日、ここまでの移動に2日。5日も時間を取られる間に、被害が増しますよ。俺たちで集落を攻めますから、エドさんだけ戻ってください」


「バカいってんじゃねえ! 怪我して動けなくなっても誰も助けてくれねえんだぞっ! お前らこんなとこで死ぬ気か?」


「無理だと思ったら引いて、集落から出てきたやつだけ狩って、少しでも数を減らしますよ。それも厳しくなってきたら、夜営した場所で待機しています」


 丸戸が言うように全員で戻るよりは、誰か残って監視をしたり数を少しでも減らしたほうが良いと、エドも思った。

 だが、集落を自分たちだけで落とそうなんて考えていることも知っている。

 冒険者がどうしようとそれは自己責任とはいえ、みすみす殺されるとわかっているのだから、見過ごせない。



「集落に食べ物をありったけ出せば、やつらの行動範囲も狭まるでしょう。そうなれば他の人が襲われる機会も減りますよ。決して無茶はしませんから、報告に戻ってください」


 丸戸が荷物持ちとして、荷物を収納しているのは見ている。何度か食事をもらい、たくさんの食料を持っているらしいこともわかる。


「僕は戻っている間に、町の誰かが襲われたりするほうが嫌だよ。僕らは冒険者なんだ。できることがあるのに、危険だからといって、安全になるまで待っていられないよ」


 フロストはネレスの出身者だ。その彼が安全な場所で準備を整える間に、町の住人に被害が出るのは辛いだろう。

 エドもフロストの言葉で、彼らと一緒に戻ることをあきらめた。


「お前ら、絶対に無理はするんじゃねえぞ」

「大丈夫。僕らには破壊の魔女もいるからね」


 エドにはなんのことかわからなかったが、服装から魔女とはリナのことを言っているらしいことはわかった。


 実力がどれだけあるのか知らないが、魔法を使えるのなら、複数を同時に相手にできるかもしれない。

 フロストもランクに見合わない武器でゴブリンを瞬殺していた。

 レイが食べ物をばら撒けば、その場から逃げるのも難しくないだろう。


 無茶さえしなければ、誰かが命を落とすようなことはないかもしれない。

 エドだけが町へ戻っていった。

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[一言] 焼きそばパンにフライドポテト、アイスクリーム エドはジャンクフードの洗礼を受けた! もう元には戻れない……
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