第30話 新しい装備
こちらの世界で8月になった。
2番目の鐘が鳴るころ、丸戸たちは大通りを北上し、西側の大きな建物に入っていった。
そこは商業ギルドが所有する物件で、商品を一時的に保管する施設である。
今日はここで競売が行われる。
しかし、彼らの目的は競売ではない。
丸戸に商品を出品してもらうため、商人たちが装備品を安く提供してくれたので、それを買い付けに来たのだ。
白い壁で囲われた広い部屋の中はテーブルがいくつも並び、その上には武器や防具、魔法書などが展示されていた。
商品名だけではどういったものかわからないものもあるので、商業ギルドから付き添いで来ている職員に相談に乗ってもらえるようになっている。
「それじゃ、各自気になる商品を見て決めてくれ」
預かっていたお金をすべて渡すと、リナは魔法書、フロストは剣が並べてあるテーブルへ移動した。
(俺はまず防具からだな……)
鰐皮の鎧で致命傷は防げているが、熊の爪撃を受けようものなら不安だ。
丸戸は職員に質問しながら、いくつか鎧を試着し、青い金属の鎧に決めた。
名匠ハーベイによるこの鎧は頑丈で軽く、衝撃にも強い。
商人は1400万Gで仕入れたので、その半分の金額で買えるが、それでも700万Gもかかる。
これまで丸戸が着用していた大緑鰐の皮鎧が60万G。低ランク冒険者なら、それでもかなり良い鎧である。
さすがにお金をかけすぎか……とためらうも、こういう機会でもなければとても買えないと、思い切って購入した。
次に向かったテーブルは槍。今使っている槍も実力者が扱うぶんには長く使えるが、丸戸にそこまでの技量はない。
より強い魔物を狩れる武器が買えるのであれば、買っておきたいと思ったのだ。
「魔力を消費しますけど、このサンダーホースの角を素材にした雷槍あたりが良いですね」
職員が進めてくれたのは、雷属性の効果がある2メートルほどの槍。
中級者が使用する武器で、単純な攻撃力は、今持っている槍よりもかなり高い。
細長いひし形の刃の根元の部分にサンダーホースの角の一部が素材として使われ、雷属性の魔法の触媒のような働きをする。
攻撃が当たれば、魔力に応じた雷の追加ダメージがあり、一時的に行動不能にするスタン効果も発生する。
使い手は魔法使いである必要はなく、魔力を流すことで効果が発揮されるらしい。
魔法そのものを習得していなくても、ある程度の魔力量や魔法の素質があれば、杖の代用として一定範囲内に雷魔法による攻撃もできるとのこと。
「まあ、そのぶん扱いには慣れが必要なんですけどね」
市場価格は5千万Gだが、仕入れ値の半分ということで1600万Gで購入できる。
丸戸の所持金は1900万Gほどで、すでに購入を決めた名匠の鎧は700万G。
「予算がぜんぜん足りません……、お金を借りてもいいですか?」
「レイ様でしたら、競売の売り上げがありますから、そこから足りない分を補うことができますよ」
「ああ、そういうこともできるんですね。では、あとで売り上げから不足分を引いてください」
すでに競売に出品した商品の最低価格は聞いており、総額は5千万G以上と教えてもらっていた。
商人たちの好意で安く譲ってもらい、高く買ってもらっているので転売する気はないが、他の商品も見ることにした。
「雷槍もそうですけど、魔法って私でも使えるんですか?」
「魔法の種類や得手、不得手で個人差はありますが、いくつか使える魔法はございますよ」
魔法が苦手な者でも扱えそうな魔法書を、職員が説明してくれる。
物理攻撃主体の兵士や冒険者に人気があるのが、身体強化魔法。
強化される上昇の幅や効果時間は個人差があるが、使い続けることで、少なくとも1割くらいは身体能力が増す。
中級者以上であれば、魔法や物理攻撃のダメージを軽減する防御魔法を覚える人も多いようだ。
魔法書は、大学ノートより少し大きいサイズで、表と裏は青を貴重とした皮素材でできている。
中には魔法陣が書かれたページがあり、そこに手を乗せ、魔力を流すと取得できるとのこと。
魔法は鍛錬によって習得するほか、このように魔法書からも覚えることができる。
ただ、魔法の指導を受けたことがなければ、取得しただけではすぐ使えず、練習が必要。
買ったけど魔法は使えなかった……というのも珍しい話ではないらしい。
他に気になった魔法書についても聞いて、身体強化、ダメージ軽減、照明、氷結の4冊、合計850万Gで魔法書を購入することを決めた。
照明は松明や魔道具がなくても明かりをとれるように、氷結は氷が作れるからであった。
冒険者ならマントもあったほうがいいとすすめられ、高そうな皮でできた濃い青色のマントも350万Gで購入。
これは暑さや寒さから身を守り、魔法やブレスのダメージも少し軽減してくれるそうだ。
購入額は、合計で3500万G。1500万G払って、残りは競売の売り上げから引いてもらうことにした。
商品が並べられているテーブルとは別に、ソファとテーブルのセットがあるので、そちらへ移動し、さっそく魔法書を使ってみる。
選らんだのは身体強化。
裏表紙から数枚めくると、魔法陣が書かれており、右手を乗せた。
お腹のほうから右手へ、何かが抜けるような感触。
目を瞑ったわけでもないのに、視界が真っ白か真っ黒かも判別できなくなり、間もなく見覚えのない文字や記号みたいなものが、頭の中に流れ込んだ。
やがて視界が戻ると、魔法書は光の粒子となって消失するところだった。
「それでは魔法を使ってみましょう」
職員の言葉にうなずき、「身体強化」と唱えたが、特に変化はなく不発。
魔法は定型の文言を詠唱をするか、省略化した語句を唱える。
実践では後者のほうが使い勝手が良いが、より集中力が必要だ。
無声より有声のほうが発動しやすく、効果も高い。
定型の詠唱も学習していないのですぐには使えず、職員の助言に従い、省略化で何度か試す。
試しているうちに、身体の変化に気づいた。
「あっ! なんか身体にまとわりついた感じがします」
「うまくできたみたいですね。おめでとうございます」
身体に変化があった感触はあったが、それで強化されたという実感は、まだない。
練習を重ねることで、強化の度合いが増すそう。
残りの魔法もすべて取得し、職員にお礼を言って他の2人を見た。
丸戸と同様、魔法を取得しているところだった。
それぞれ買い物を終えたところで一箇所に集まり、借金の確認をする。
リナは紫色の魔道士の衣服のセットと魔法書3冊で2400万G、借金は1千万G。
フロストは二対の剣と黒い軽鎧、ブーツに魔法書2冊で2千万G、そのうち借金は500万Gだった。
借金は冒険者ギルドで返済できるので、商業ギルドまで出向かなくていいそうだ。
競売は今日だけでなく、3日ほどかかる見込みとのことで、売り上げはその翌日に払ってもらうことになった。
付き添ってくれた商業ギルドの職員たちにお礼を言って、宿に戻り昼食をとる丸戸たち。
「お金、すっかりなくなっちゃったわね……」
「僕はいちおう、次の宿代とご飯代くらいは残しておいた」
「まずは借金返済のために、狩りに出ないとな」
「そうね。少し魔法を練習してからと思ったけど、のんびりしていられないわ」
「新しい装備で狩りをするの、楽しみだね」
明日、狩りに行くことを決め、お互い買ったものについて話しあった。
リナの魔導士の服は、装備者の魔力を上昇させる。
帽子やブーツも温度調整や疲労軽減などの効果があった。
魔法書は神聖魔法で回復、攻撃、防御の3種類を1点ずつ購入。いずれも実用できるまでには時間がかかるらしい。
フロストの剣は切れが良く、ブーツは隠密の効果で魔物や人に気づかれにくい。そして2点ともわずかに速度を上昇させる効果があった。
鎧もただの軽金属の鎧ではなく、衝撃を逃すことに特徴があるものを選んだようだ。
魔法は丸戸と同じく身体強化。それと水魔法。こちらは戦闘用ではなく、いつでも水を得られるようにという目的で、使えるようになるまで時間もかからない。
新しい装備に、魔法――。
次の森での狩りが、楽しみになる丸戸たちであった。




