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第3話 馬車の旅

 追放処分となった丸戸は、いま馬車の中にいる。

 てっきり、軍に国外まで連れられて行くのかと思っていたが、料金さえ払えば、誰でも利用できる馬車だった。

 朝晩は肌寒いが日中は暖かいので、直前まで日本にいたときと同じスーツを着て、ネクタイは外している。



 馬車の手続きで同行したお城の使用人に、旅程をはじめ、旅でのマナーや注意点、皮袋に入っている荷物の説明をしてもらった。その日は商業ギルドが所有する、乗車客用の施設で宿泊。


 皮袋には着替えや布切れ、マントに複数の皮袋、水に保存食やナイフまで入っていた。

 ちなみに丸戸が日本で帰宅中に買ったものが、ペットボトルのお茶2本、紙パックの野菜ジュース、惣菜パン2つ、ゼリー飲料2つ、チョコバー、のど飴、助六寿司、餃子である。

 元々リュックサックに入れていたものは、仕事で使うものや身だしなみ用品、スマホと周辺機器、その他色々である。


 日にちが持たない食料品はすでに食べてしまったので、今はもうない。


(日本でも外国に一人で旅行なんてしたことがなかったのに、まさか異世界で一人旅をすることになるとはね……)



 馬車内の座席は一人用で左右に三席ずつ、中央が通路になっている。

 床は濃い茶色、壁は皮か何かの素材でくすんだ白色、天井は肌色っぽい。天井から少し下がった位置に、光や空気を取り入れるための小さな窓があった。

 座席は表面は皮だが、詰め物をしているのか、かなり弾力性がある。日本の学校で使用されるような折りたたみのパイプイスよりも座り心地が良い。


 一人でも多く乗せることを考えると、十人以上は乗れそうであるが、主に富裕層が利用する馬車なのだろう。

 スペースがじゅうぶん確保できているので窮屈さはなく、長時間の馬車移動にはありがたい。



 数日過ごすうちに、この世界に来て初めて知り合いもできた。通路を挟んで丸戸の左隣の座席にいるミハエルだ。


 髪は金色、目は青色で、パッと見た感じでは欧米の人っぽい。身長は丸戸より少し高く、年齢は同じくらいだ。

 初めは裕福な家庭の生まれに見えた。しかし、その印象もすぐに薄れる。

 灰色のシャツに茶褐色のズボン、茶色のベストに黄土色のブーツと地味で、これまで立ち寄った宿場町でよく見かける服装だった。



「へぇ~、レイの故郷は遠方の小さな島国かぁ。もしかしてこのまま帰郷する予定でした?」


「いやいや、自力で戻るのはかなり難しいから、落ち着けそうな街で仕事を探すよ」


「シンディヤナの王都へは傭兵として来たんだっけ? それなら次の仕事先もすぐに見つかりそうですね」


「だったらいいんだけどね。残念ながら戦闘には向かないって、採用されなかったんです……」


「え!? そうだったの? 失職したばかりの私が言うのもなんだけど、この先、大丈夫?」


 ハハハ……と、乾いた笑いで答えるのが精一杯な丸戸であった。


 笑ったところで困った事情に変わりはないので、この世界の人たちが丸戸と同じような立場だったら、どうするのか聞いてみた。



 手っ取り早いのは兵士になること。平常時の賃金は安く楽な生活はできないが、衣食住の心配はなくなる。

 ただ、丸戸は採用されるだけの能力はない。よその国でも採用されない可能性が高い。


 職人、あるいは見習いとして経験があれば、雇ってくれる所を探すのはそう難しくはない。無論、丸戸にそこまでの経験はないので、これも選択肢に入らない。



 一般人として自立した生活をするのであれば、どこかのお店で働くこと。

 知り合いの伝手で紹介状や推薦状があれば、雇ってもらえるらしい。

 ミハエルも紹介状により、シンディヤナ王都ディヤローゼンの東側にある町で働いていた。しかし、隣国との戦争が長引き経営が悪化。店はつぶれてしまい、現在、失職の身である。



 他には商業ギルドを通じて従業員の募集があり、条件が当てはまれば採用されるとのこと。しかし、未経験者はよほどのことがない限り、採用されない。

 冒険者ギルドであれば、未経験者でもできる仕事がいくつかある。そこで働き振りが認められれば採用される可能性はあるが、そういったケースは稀である。



「働き口が見つからなくても、冒険者ギルドで仕事を探せば最低限の生活はできるから、なんとかなるさ。実地訓練のつもりで薬草採取とか、一緒にどうです?」

「採取って、馬の休憩中にミハエルがときどきしているやつ?」

「そうそう。薬やポーションの材料になる植物を採取しているんだ。小さな宿場町などを拠点に薬草採取する人は滅多にいないから、取り放題ですよ」


 冬が終わり、暖かくなり始めた時期で、薬草の材料となる植物があちこちにあるという。

 しかし、薬草類をたくさん取ったところで、町や村に加工できる人がいなければ、あまり売り物にならない。

 ミハエルは宿泊先で傷薬を作って、大きな町に着いたら、まとめて買い取ってもらうそうだ。


 丸戸は宿についたら、その日の出来事を手帳に記載するくらいだった。彼にとって必要なことではあるが、お金にはならない。

 この世界でどう生きていくかという、将来の展望が想像できないため、のほほんと時間を過ごしてきてしまった。



 自分の置かれている状況が決して良くないことを自覚し、ミハエルにギルドや薬草採取について教えてもらう。


 馬の休憩時には薬草を採取し、移動中に品質チェック。

 スキルの【目利き】が役に立ったようで、品質の良し悪しがなんとなく判別できた。

 馬車の乗客が利用する指定の宿に着いたら、傷薬を作成するミハエルの作業を見学。


 素人でも傷薬は作れるが、品質が悪く売り物にならない。買い取ってもらえるレベルのものを作るのにも、それなりに経験が必要なようだ。


 丸戸が採取した薬草類はすべてミハエルに譲った。丸戸が持っていても役に立たないし、ミハエルにはこちらの世界の一般常識を色々と教わったので、とても感謝している。

 何かお礼をしたかったが、今はこれくらいのことしかできない。ちゃんと生活ができるようになったら、改めてお礼をしようと丸戸は思ったのだった。



 馬車で移動中、上り坂を走行しているのか車体が少し傾く。


「エンフェルデの王都までもう少しだね」とミハエル。


 王都は高い台地の上にある。長い年月をかけて斜面の一部を削り、街道が作られ、今では複数の大都市との中継地として栄えている。

 ミハエルは仕事で何度か訪れているので、上り坂が続く街道に差し掛かり、目的地が近いとわかったようだ。


 丸戸がこの世界に来てから8日目、ずっと馬車による旅だったが、それももうじき終わる……

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