第26話 初めてのゴブリン
街道が行き交う町クロスウィッチの南方にある森は、いつのころからか、クロスウィッチの森やクロスの森と呼ばれていた。
森の向こう側には大きな川があり、川のほうに近づくにつれ、強い魔物が出現する。
そのため低ランクから高ランクまで幅広い層の冒険者が、クロスウィッチを拠点にして活動していた。
丸戸たちもここに来て2度目の狩りをするため、森に入る。
前回は森の浅い部分をうろついていたが、今回はより深く進入する予定だ。
他のパーティーも森にいるため、狩場がかぶらないよう周囲にも気を配り、踏み固められた南の道を、途中から東南に進む。
この日、最初に遭遇したのは大蛇。前回、一番多く狩った相手で、難なく倒す。これで緊張もほぐれ、3人の表情も硬さが取れた。
猫くらいの大きさのネズミや、大きな抱き枕サイズの芋虫っぽいものなども現れたが、フロストによるとこれらも弱い部類の魔物だそうだ。
強くはないけど、お金にもならないというので、狩るのはほどほどにして、無理に相手をせず、先を急ぐことにした。
十数分歩いたところで、フロストが歩みを止める。光が行き届かないので薄暗くはっきり見えないが、小柄な人が何人か固まっているようだ。
「あの人たちもこの辺で採取でもしているのか?」
「違う、あれは人じゃない。ゴブリンだよ」
声をひそめたフロストの返答に、丸戸は一瞬思考が止まりかけたが、無理に頭を働かせる。
(ゴブリンって、ゲームなんかでは雑魚扱いの、あのゴブリンか? いや、いてもおかしくないんだろうけど、ほんとにいるとは……)
「どうする? 戦う?」と、フロストが意見を求める。
「すまん、ゴブリンの強さがまったくわからない。判断を任せていいか?」
「わかった。ゴブリンは……4匹、いや5匹かな? 先制攻撃で3匹くらいに当たれば、僕とレイで対応できると思うけど、リナは魔法大丈夫そう?」
「ええ。あのまま動かないでくれたら、複数に命中すると思うわ」
「僕も実際に戦ったことないからうまくいかないかもしれないけど……、あ! リナは弓とか杖を持っているゴブリンがいたら、そっちを狙って。他のゴブリンに魔法が当たらなくてもいいから」
戦うことを選んだフロストの案は、リナの石の槍の魔法で複数に攻撃し、こちらに向かってくるものを丸戸とフロストで対応するというもの。
リナの魔法攻撃の射程まで、慎重に近づく。
ゴブリンは5匹。ねずみか何かを叩いているようだ。
成長期前の中学生男子くらいの体格に見え、肌は灰色が混じったような緑色。粗末な服を身にまとっていた。武器はこん棒、斧、短剣が確認できる。
配置についたリナを他の2人が護衛するように左右に潜み、魔法攻撃の瞬間に備える。
空中に複数の石槍が浮かび、ゴブリンの群れめがけて放たれた。
悲鳴をあげて転倒するもの、尻餅をつくもの、怒って周囲をみるもの……。
負傷させたが、致命傷までには至らず、リナを認識したゴブリンたちが奇声をあげて、襲い掛かる。
丸戸は迎え討つために立ちふさがり、一番近くまで寄ったゴブリンを攻撃する。
短剣を振り上げ、がら空きになった胸元めがけ、槍を刺した。
人ではないと気持ちを割り切ったつもりでいたが、人と見間違うような相手を攻撃するというのは、心理的負担が大きかったようで、2匹目の姿を認識しながらも咄嗟に動けない。
丸戸は左の太ももをこん棒で叩かれ、転倒する。
追撃を受ける直前、ゴブリンの頭部に拳ほどの大きさの石があたり、ゴブリンはよろめいた。
「レイ、離れて! フロストの援護を!」
リナの言葉を受け、横に転がり距離を取ると、フロストのほうを見る。
ゴブリンを1匹倒したが、残る2匹を相手に防戦を強いられていた。
丸戸は全速力で移動した勢いそのままに、フロストの右側にいるゴブリンの横っ腹に槍を突き刺し、一撃で屠った。
槍を引き抜き、もう1匹を攻撃しようとしたが、そちらはフロストが仕留めたところだった。
リナのほうを見ると、そちらもすでに片付けたようで、こちらに駆け寄ってくる。
「2人とも大丈夫? 怪我はない?」
「僕は大丈夫だよ」
「俺も平気だ。リナの指示で助かったよ、ありがとう」
「フロストのほうは密着していて手が出せなかったからね、ちょうど良いタイミングだったわ」
「人っぽい姿の魔物で冷静じゃなかったようだ。フロストにも3匹も押し付ける形になり、ごめん」
「元はといえば作戦を考えた、僕の責任だよ。レイこそ、援護ありがとう」
丸戸もフロストも攻撃を受けたが、リナの魔法による先制攻撃で負傷させたことで、ゴブリンの攻撃力が弱まり、大きな怪我をすることはなかった。
「それで、ゴブリンはどうしたら良いんだ?」
「素材となるものは魔石くらいだから、ササッと取り出すよ。あと、斧とか短剣もちょっとだけお金になるね」
そういってフロストは手袋を取り替え、ナイフを使って魔石一つを取り出した。地元でこういった作業もしていたらしい。
「5匹も倒して魔石1個って、割りに合わないわね」
「ゴブリンは、そんなもんみたいだよ」
休憩を取りながら、前進する。
またもゴブリンが4匹いたが、リナの魔法と丸戸の攻撃で確実に仕留め、その間フロストが残りを牽制することで、今回は無難に殲滅した。
「落ち着いて、1匹ずつ倒していけば、そこまで脅威は感じないな」
「持っている武器も粗悪品だから、精神的に助かるわ」
「今回も魔石1個取れたけど、収入面は厳しいね」
「ずっと稼ぎにならない魔物が続くようなら、ルートを変えよう」
気を取り直して、東南に向かって歩く一行。
1時間ほど狩り続け、そこそこの収入は確保できた。
少し開けた場所に出たので、そこで早めに昼休憩を取る。
屋外のレジャーなどで使われる、折り畳みの小さなイスにそれぞれ腰掛けた。
メニューはあらかじめ作っておいた、お茶漬けだ。
「作り立てを食べられるって、ほんと便利なスキルよね」
「手早く食べられて、お腹にもたまるから、お昼の後もがんばれるよ」
「食べすぎで動けないのも困るから、ご飯の量は控えめだけどな」
15分ほど休んだ後、狩りを再開。
少し進むと、高さ60センチメートルくらいの大きさのクモが現れた。
1匹だけだったので、リナの魔法で先制、石の槍が体に数本刺さり、傷を負わせる。
飛び跳ねるように移動して、前足で攻撃したり噛み付いてくるが、丸戸も応戦し何度も槍を刺す。
クモが丸戸に気を取られた隙を狙って、フロストが頭部に渾身の一撃を叩き込んだ。
少しの間、体が痙攣し、やがて動かなくなる。
「俺、クモっていうか虫全般、苦手なんだよな……」
「それは私もよ……」
「僕はとくに好き嫌いはないけど、こんなサイズのクモはやっぱり気持ち悪いや」
あまり直視したくない丸戸は、すばやくスキルで収納した。
クモの他にも初見の魔物が現れた。カマキリである。
身体を起こした状態では人間より少し小さいが、その大きさだけで、じゅうぶん脅威だ。
相手が気づく前に、リナの攻撃魔法で先制を仕掛ける。
胴体部に石槍が命中し、衝撃でカマキリが転倒する。
すぐに起き上がると、視野にとらえたリナを攻撃しようと、距離を詰めてきた。
猪や鹿に比べるとそこまで速度はなく、木の陰に潜んでいた丸戸が胴に槍を刺し、フロストが足を狙って短剣を撃ちつける
鎌を持ち上げ振り下ろそうとしたところで、リナの魔法で小岩が顔面にヒット。
カマキリがのけぞった隙に、お腹の辺りを槍で深々と刺し、背後にまわったフロストが首筋の後ろを何度も切りつけた。
深手を負い、力が入らなくなったカマキリは抵抗することができなくなり、首を落とされて絶命。
少々手こずったが、無事、カマキリを討伐した。
その後もゴブリンをはじめ、クモやカマキリを何匹か倒したところで本日の狩りは終了。
魔物はもちろん、他のパーティーとぶつからないよう注意しながら、森を引き返した。
森を出て少し休み、解体場へと向かう。
魔物は50匹以上倒したが、そのうち半分は解体する必要のないゴブリンと大ねずみである。
数自体は多くないため、一番右の解体場へ獲物を持ち込んだ。
ゴブリンが所持していた武器も引き取ってくれるということで、解体場に置いて町に入る。
宿に戻りシャワーで一汗流したら、食堂で夕食を取りつつ、今日の狩りについて話していた。
「前回より難易度が高かったわりには、報酬は微妙そうね」
「薬草採取のときと同じように、目の前にいたら全部狩るんじゃなくて、相手を選んだほうが良さそうだな」
「魔物の倒し方もそうだけど、どんな素材を得られるか、報酬はいくらくらいになるのかとか、ちゃんと把握しておきたいなって思ったよ」
「他の冒険者から話を聞けないかしら? 私たちと似たようなレベルの冒険者は、どんな魔物を狙っているとかさ」
「あぁ、ベテラン冒険者にも、低ランクのときは何を狩っていたのかって聞くのもいいかもなぁ」
「明日、報酬受け取ったら、他の人に色々聞いてまわる?」
「そうしたいところだが、俺はそろそろ商業ギルドへいかないと。最後に商品売ってから2か月以上も経ってるし、伯爵にも何度か催促されていたから……」
「そうね、情報収集は私たちに任せて、レイはそっちをがんばって」
翌朝、混み合う時間を過ぎてから、冒険者ギルドへ向かい、報酬を受け取る。
解体数が26匹で30万1200G、ゴブリンの装備品が1万2千G、魔石が11個。一人当たりの報酬は10万8千Gと、丸戸たちにしては少な目の額であった。
「クモが1匹当たり1万6千Gと悪くはないけど、僕らが森で狩った中では、今のところ猪と蛇が一番稼げるね」
「カマキリは手がかかった割には、1匹で1万Gとはなぁ……」
「ゴブリンなんて20体以上狩ったのに、平均600G以下よ」
仮にこの2倍の魔物を倒しても、前回の狩りの報酬より下回る。
思い返せば、今までは狩る魔物は黒鹿と、明確に決めていた。
「僕らはこれから聞き込みをしてくるね」
「俺も商業ギルドの用事が終わったら、少し調べてみるよ」
二手に別れて、丸戸は商業ギルドへ向かうのであった。




