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第23話 決着

「レイ、2日後に相手の懐に潜って、一気に仕留めるぞ」


 丸戸たちが屋敷の中で時間を過ごしていたら、エンフェルデにあるダンジョンの町の領主、シルバスト伯爵がやって来るなり、笑顔で言い放った。


「仕留めるって、何をする気ですか?」

「我々と向こうの主だった面々で話し合いの場を設けたのだ。もちろん君たちにも参加してもらうので、そのつもりでな」


 ほんとにただ報告に来ただけだったようで、伯爵は仕事に戻っていった。



 この国、シンディヤナの王子2人が亡くなり、主導権を握ろうと派閥間で争いが起こっている。

 王都ディヤローゼンの貴族や宰相ら第一王子の派閥と、地方の有力貴族が中心となる第二王子派があり、第一王子暗殺を巡り争っていた。

 丸戸があとから聞いた話によると、宰相側の勝利で終わったようだ。


(まぁ、王子を暗殺したのは第二王子派だろうと思っていたので、この結果には驚かないけど、俺の扱いがどうなるかが、問題だよなぁ)


 丸戸はどちらの派閥からも、王子の暗殺に加担したことにされていた。

 第一王子派が勝ったことで、丸戸は第二王子派とともに罰せられる見込みである。


 伯爵との打ち合わせで、そうならないように動いていることも知ったが、こちらの思うような展開になる保証はない。

 丸戸はモヤモヤした気分を抱えたまま、いよいよ会談する日となった。




 シルバスト伯爵一行は王城に迎え入れられ、一度控え室に案内される。それから会談の場となる、飾り気のない大部屋へ移動した。


 大部屋で待っていると、シンディヤナ国側の人間も入ってきて、最後に王様も入室した。

 王子2人を亡くし、国の情勢は悪い。初めて丸戸が王様を見たときよりも、だいぶ覇気がないように感じた。


 一同が挨拶をして、着席をする。

 こちらはシルバスト伯爵、リナの兄ルーク、丸戸、リナ、フロストがテーブルに着く。

 向こうは、レスリー王、ウォード宰相、ギュネス外務卿、ドミント伯爵、リーソ子爵。



 シルバスト伯爵が、相次いで亡くなった王子たちのお悔やみと、会談が開かれたことに感謝の意を述べる。

 当たり障りのない言葉を交わした後、ルークが発言する。


「1か月前に、エンフェルデで誘拐事件が発生しました。ラスティアとエンフェルデ、両国の調査の結果、この国の方が関与していたと判明。そちらにも調査をお願いしておりましたが、その後どうなりましたか?」


「誠に遺憾ながら、こちらにいる伯爵と子爵が関わっていたようです。厳しく罰し、被害に遭われた方には賠償させていただく所存ですので、どうかお許し願いたい」


「私は事件の現場にいました。犯人を捜すために、個人的に依頼を出し、所持金のほとんどを失いました。その保障もしていただけますか?」


「あの、僕も事件で連れ去られ、今日まで1日も冒険者としての仕事ができていません。そちらの責任も取っていただけますか?」


 リナとフロストがそう尋ねる。


「我が国の愚か者が迷惑をかけたな。彼らの資産から倍にして返すゆえ、安心されよ」


 非公式の会談であったため、王から直々に言葉をかけられた。

 再び、ルークが問いかける。


「そちらの2人と共謀して、貴国の王子暗殺に関与したという人物がこちらのレイ、マルトレイです。後ほど引き渡す予定ですが、彼の扱いはどうなりますか?」


「はい、協力していただき、ありがとうございます。今から少し尋問をさせていただきますが、よろしいですか?」



 これが相手側が望んだシナリオであった。

 王が参加する他国との会談の場で、王が追い返せと言った丸戸と通じて、第二王子派が第一王子を暗殺したという事実を決定づける。

 言い訳のできない状況を作り出したかったのである。


 その代わり、こちらの要望も了承してもらう。シンヤディナの人間による不当な事案に対し、この場にいる何らかの不利益や被害を受けた者にも賠償するという内容だ。

 賠償金のほとんどは敵対する第二王子派閥の資産から出すので、どちらも得する会談だった。



 丸戸も相手の質問に素直に応じ、第二王子派と接触し、商業ギルドからお金を受け取ったことを認める。

 第二王子派の貴族2人は、宰相たちのでっち上げと騒ぐが、これは筋書き通りに話が進んでいるので、聞き入れられない。


「私欲のために我らが追放した者と接触し、王子を暗殺したとは許しがたい大罪です。領地没収の上、一族を死罪とすべきかと。そしてそこの彼も、我が国に尋常ならざる被害をもたらした罪で、処刑せざるを得ませんな」


「賢明な判断と存じます」


 外務卿の言葉にルークが同意するまでは、筋書き通りだったのだが……



「少し、いいだろうか?」


「シルバスト伯爵、何か気になることでも?」


「マルトレイにお金を渡したやつは、罪にならぬのか?」


「いえ、それはこれから誰が金を渡したかもキッチリ調べ上げて、必ずや処罰する所存です」


「それは困ったことになるな……」


「どういう意味でしょうか?」


「実際調べてみたらわかるだろうが、彼が手にしたお金の3割ほどは、私が出しているのだよ。ならば、私も処罰を受けねばならぬか?」



 確かに丸戸が商業ギルドで売ったぶん、お金は受け取った。彼が持ち込んだ商品を一番多く買ったのが、シルバスト伯爵専属の商会だった。

 付き合いのある中小の商会にも援助しているので、3割どころか半数近くは伯爵に縁のある商会が絡んでいる。

 金を出したと言うのも、間違いではない。


 驚きの表情で固まる宰相と外務卿。第二王子派を貶めるための会談だったはずで、架空の話を作り上げたに過ぎない。

 言わば茶番である。ここで伯爵がそんなことをいう意味がわからなかった。



「ま、待て!」


 宰相があせって待ったをかけた。彼にはシルバストの発言が、自国にとって問題になると気づいたのである。


 丸戸を犯罪者として引き渡してもらうならば、自白したシルバスト伯も罪に問わなければならない。

 王はもちろん、ルークという他国の者もいる場で、シルバスト伯に罪はないとし、丸戸だけが処刑されれば、王に自分たちの正当性をアピールするどころか、罪のもみ消しを目の前で見せることになる。


 丸戸を無罪にしても、王への印象は悪い。他国の者が言い出さなければ、処刑されるところだったのだから。

 その上、罪なき者を犯罪者に仕立てたと悪評のそしりを受けかねない。国の信用にも関わる。


 かといって、伯爵を罪に問うこともできない。元々、作り話なのだ。それで伯爵と丸戸が処刑されれば、エンフェルデと戦争になってもおかしくない。



「話が違うのではないか、シルバスト伯爵よ?」


 外務卿から話を持ちかけられ、宰相がこの会談を受け入れたのは、自分たちにとても都合が良い話だったからである。

 敵対派閥を潰せて、自分たちにとって都合の悪い存在である丸戸を処刑する口実もできる。

 こちらはいくらかの金を払えば済む話だった。



「どう違うのかが、わかりませんな。それに話はまだ終わっていないぞ。ちゃんと部下の話を聞いたのか、宰相よ」


 シルバスト伯爵にそう言われ、外務卿と確認しあう宰相。


「話はまだ終わっていないとは、どういうことですか?」と外務卿。


「貴国の者により、不利益となった者に賠償を求める話だったろう? 違ったか?」


「そのとおりですが、その話はもう終わったのでは?」


「もう1人残っているではないか。会談の条件をよく確認したまえ」


「会談の参加者のうち、不利益をこうむった者に対し賠償を求める……ですが?」


「あぁ、わかっているではないか。それならこの会談にいる彼、レイに対する賠償はどうなっている? まだ話に出ていないぞ」



 丸戸が召喚されたことを言っているのだと、宰相側は理解した。

 触れる予定のなかった話題のため、ここからは茶番ではなくなる。


 会談は長くなるかもしれない。第二王子派のしでかしたことを見せるために同席してもらった王には退室してもらい、この件に無関係の第二王子派の2人も下がらせ、外務卿は話を続けた。


「そちらの言い分はわかりました。ですが、それと今回の件は関係ないのではないですか?」


「元はといえば、不法に得た神聖魔法書を使い、彼を故郷から連れ去ったのが原因ではないか? そうでなければ、第二王子派も接触したりせず、その後の誘拐事件も起こらなかった。違うか?」


「不法に得たとは心外です。それに我々は後者の誘拐事件に対し、会談するはずだったのでは?」


「それはそちらが勝手に解釈したに過ぎぬ。私からの要求は、会談の参加者に対する賠償だ」


「外務卿、もう良い。して、伯爵よ。彼への賠償としていくら要求するのだ?」


 相手の狙いが賠償金とわかり、それで済む話なら払えば良いと、宰相は頭を切りかえ、柔軟に対応することにした。

 王子暗殺の件で敵対派閥とは決着がつき、ほぼ目的は達成された。

 丸戸の引渡しに関してはこの際、目をつむっても良いだろうと妥協したのである。



「では、わたくしレイ・マルトが要求を述べさせてもらいます。第一にわたしが望むものは召喚の神聖魔法書のような帰還の書です。第二に、前述のものが入手されるまでは、生涯収入ぶんの金額を払っていただくこと。以上です」


「な、なにを寝ぼけたことを言っておる。神聖魔法書なんて、そう簡単には見つからないぞ。それに帰還の書とやらがあるかどうかも定かではない」


 丸戸の言葉に慌てふためく宰相。


「ないと決まったわけでもないですから、あることを前提に探しましょうよ。わたし1人で探していたら何年かかるかわかりませんし。でも、探す気がないならお金でもいいです。いつか誰かが発見したときに買い付けますので」


「生涯収入ぶんの金額とはいくらでしょう?」と外務卿が尋ねる。


「母国の通貨では2億円ってところですかね」


「それは2億Gということですか?」


「お金と物の価値が違うので、単位も変わりますね。調味料や布製品は数十倍違います」


「では、数十億Gを要求と言うことか? ずいぶんふっかけたな」


 丸戸の要求が高すぎと思ったのだろう。宰相が口を挟む。



「いえ、最低でも200億Gですね。こちらの世界で一生過ごすとなると、それくらい必要です」


「馬鹿も休み休み言え、話にならぬわ」


「こっちで服とか石鹸が何万Gもするんですよ? 調味料だって月に何十万と、かかりますし」


「貴族のような暮らしを望むのか? 身の程知らずが!」


 単に贅沢な暮らしを希望していると思われたのだろう。

 丸戸が普通に望む暮らしも、こちらでは相当豊かな暮らしとなる。


「宰相は知らぬだろうが、この者たちは並みの貴族以上の生活を、すでにしているのだ。それこそ、私も羨むほどのな。その水準で言えば、200億Gの要求も妥当であろう」


「伯爵よ、たばかるのもいい加減にしてもらいたいものだ」


「信じられないのも無理はないが、会談が終わったら彼らがいるうちに、私が部屋を案内してやってもいいぞ?」


「高すぎると思うのでしたら、私を母国に戻す帰還の書を入手してください。そのとき残っていた額で購入します。あなたたちはお金が戻り、私は帰国することができる。双方にとって良いお話でしょう? あ……、ちゃんと鑑定書つきでお願いしますね」


「もし、要求を断ったら……」と恐る恐る、外務卿が尋ねる。


「賠償しないとなれば、貴国との国交を結ぶ意味もない。国境を封鎖させてもらう」


「伯爵と彼らはなんの関係もありませんよね? そこまでしますか? 最悪の場合、戦争になりますが?」


「冒険者なら国籍は関係ないが、レイは我が国でギルド登録した商人でもある。何かあれば、要望を聞き入れるのは当然のこと。国が何もしてくれないとなれば、商人は去り、国が衰退するぞ。もう1人の少年フロストも国民であり、リナは同盟国の貴族の娘だ。関係ないどころか、大ありだな」


「同盟国が戦争となれば、我が国も参戦することになるでしょう。駆け引きのつもりか知らぬが、むやみに戦争というのは感心しませんね」



 国境を封鎖されると、残る街道はひとつ。つい最近まで戦争をしていた国への街道だ。

 王子が続けざまに没し休戦しているが、そちらとはまだ国交は回復していない。

 仮に国交が回復しても、街道を整備するのに時間がかかる。

 その整備が終わっても、伯爵のエンフェルデ国のほうが荷物の運搬が早く安全で、国境を封鎖されては死活問題につながる。

 王都の南には大きな川があり船を使って他国と貿易もしているが、こちらはコストの問題があった。


 そして戦争となったら、隣接する両国から攻められ、国そのものがなくなる。

 金をあきらめ平和を取るか、金を渡さず玉砕覚悟で戦うか……。


 考えるまでもないことだが、この決断は宰相や外務卿の判断で片付けられない。

 いったん休憩ということで、2人は退室していった。

 丸戸たちも控え室に引き上げ、お茶を飲みながら雑談する。



「奴ら今頃、王に怒鳴られてそうだな。それにしてもレイよ、宰相ではないが、ずいぶんふっかけたな」


「伯爵が強気でいけっていうから、そうしたまでですよ。それに実際、こちらは物価が高いです」


「それならもう少し上乗せしても良かったな」



 シンディヤナ国の近くには迷宮の森と呼ばれる、広大な森がある。

 そこから得られる貴重な素材は高く売れるため、長年に渡りかなりお金を貯めこんでいた。

 戦争で浪費したが、国がかき集めれば、払えない額ではない。


 数十分後、会談の再開の知らせがあり、そちらに向かう。

 王の説得に骨が折れたのだろう。外務卿と宰相は休憩する前より、疲労しているようだった。


 結論としては、賠償金を払うとのこと。ただ、金額を少し下げ、数年間かけて分割払いだと外務卿が説明する。

 相手の要求をそのまま飲むのも、口おしいと思ったのだろう。


「分割払いで完済するまでの期間に応じて増額するならまだしも、減額するとはどういうことですか? 帰還の書を入手してくれれば、お金も戻ってくるというのに。それでしたらこちらも、要求額を再考させていただきます」


「それはちょっと……、少し考えさせてもらいたい」


 自国の都合で召喚したとはいえ、一般人にとってはかなりの大金を入手するのだ。多少減額しても、相手は満足するだろうと予想していた外務卿は、思惑が外れた。


「当初の金額を払うか払わないかだけなのに、まだ迷っているのですか? 皆さん、忙しい立場でしょうし、あなたが納得して結論を出すまで、つきあってられません。そうですね……、考える時間をとるたびに、要求額を増額させてもらいます。あなたが時間をかければかけるほど、負担が増すのです。これなら早く決断できるでしょう?」


 分割なら期間によっては増額。一括なら当初の要求額。ごねて決定まで無駄に時間をかけても増額。200億Gから下げることはなく、そちらが了承するかしないかだけだと伝える。


 帰還の書なんて存在が不確かなものに、時間や労力を費やしてまで探すつもりはない。

 額を少しでも抑えようという外務卿だったが、交渉が長引けば減額どころか、負担が増すと言われ、交渉をあきらめた。

 宰相も苦渋に満ちた顔で、当初の要求どおり、200億Gを支払うことが決まった。


 あとは一括払いか、分割払いかで話し合うのだったが、伯爵の「分割なんてまどろっこしいことをせずとも、商業ギルドで借りれば、良いではないか?」という一言で、そちらも結論が出た。



 自分が言ったとはいえ、これほどの大金を得るとは……と、内心動揺する丸戸。


 ただし、現金でそのまま受け取れるわけではない。

 丸戸は商業ギルドからギルド証券、いわゆる小切手のような有価証券を受け取ることになる。

 国や大商人が高額取引に使用するものだ。

 丸戸の場合は額が大きいため場所が限定されるが、このギルド証券はたいていの商業ギルドで換金できる。


 ギルド証券には契約魔法がかかっており、誰かに盗まれても、登録した当人でなければ使用できない。

 不正に利用される心配はないが、紛失した場合はすべてを失う。

 それもまた神経を使いそうで、せっかく大金を得ても、気が休まらない丸戸であった。



 リナとフロストが要求した賠償金も、あらかじめ決まっていた話なので、その場で支払われる。


 リナから兄ルークへの依頼料は800万G。

 フロストが冒険者ギルドの仕事で得るはずだった損失ぶんも、パーティーが最後に報酬を得てから1か月をさかのぼったぶんで計算された。こちらは約840万G。

 それぞれ倍額を受け取る。


 こうして、誘拐されてから1か月あまりに渡る騒動は、終息を迎える。

 丸戸にとっては召喚されてから103日目のことであった。




 シンディヤナ国はその後、腕利きの冒険者がより良い狩場ができた隣国へ多くが移動した。

 彼らの収穫品を買い付ける商人たちも町を離れて、収入が大幅に減少。

 派閥内での争いや足の引っ張り合いもあり、衰退を早めていく。


 また、丸戸と同時に召喚され、魔物の討伐に出陣していた有野浩太は、迷宮の森で消息不明。

 死んだとも敵国へ降ったともうわさが流れたが、少しずつ人々の記憶からその存在を忘れ去られていった。




 神聖魔法書は、確かに国を救う者を召喚していた。


 派閥で争わず一致団結し、有野だけでなく丸戸も賓客としてもてなし、協力を得ていれば、国は徐々に繁栄するはずであった。


 しかし、目先の森の資源を巡る争いで手柄がほしい、ライバルを蹴落としたい、自分の金は使いたくない……と、私欲でしか物事を考えられなくなっていたために、国は乱れ、下降の一途を辿る運命となってしまったのである。

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