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第21話 脱出

 エンフェルデ国から国境を越え、シンディヤナ国に入った丸戸は、王都ディヤローゼンから北にあるドミントという町に来ていた。

 次の町に向かう途中で誘拐された日から、ドミントの町に到着したのは11日後。それから数日は大きな屋敷の一部屋で軟禁状態にあった。


(かっこつけてフロストにほとんどお金渡しちゃったから、スキルでの買い物も考えないと……)


 丸戸は約500万Gまで貯めたが、そのうち400万Gをフロストに渡していた。


(あいつらから預かったお金は返せたけど、荷物は預かったままだったんだよな。これもどうにか返せないかなぁ)


 とくにすることがないので、意味もなく荷物整理したり、筋トレくらいしかやることがなかった。

 軟禁生活が1週間経過すると、丸戸は王都ディヤローゼンに移送される。

 そこでもある屋敷に連れて行かれるのだが、待ち受けていたのは見覚えのある痩身の男性だった。


「お久しぶりですね、マルトレーさん。いや、レイでしたか? こうしてまた会えて良かったです」

「たしか、サテウさん……でしたっけ? あなたがここにいるということは、どういうことなのか、説明してくれるんですかね?」



 サテウと呼ばれた男性は、この屋敷で丸戸の監視を担当することになった貴族の部下である。


 次の王にと推していた第二王子が戦死。

 出世の見込みがなくなり、敵対する派閥の弱みとなる丸戸をこの国に連れ戻そうとし、使者として面会した1人がサテウだった。



 応接室に案内された丸戸は、改めてサテウと話をする。

 アイテムボックスから、念のためボイスレコーダーを準備。

 これは、誘拐される前に購入した商品のひとつである。


 冒険者ギルドで対面したときのように、自分に火の粉が降りかかるのを阻止しようと思ったのだ。

 できればスマホで録画したかったが、自然に置く場所がなかった。



「まだ公にはなっていませんが、第一王子が暗殺されましてね。あなたには第一王子の暗殺に関与した疑いがかかっています」


「第一王子なんてまったく知らないので、関与のしようがないでしょう?」


「それには理由がありましてね。第二王子が亡くなり、第一王子の取り巻きたちは私腹を肥やしたり、権力を牛耳ろうと画策していました。それが第一王子にばれて怒らせてしまい、厳しい処分が下されそうになるのです」


「自業自得なら、それはしょうがないじゃないですか?」


「えぇ。ところが彼らはあなたに何やら指示を出し、暗殺を成功させてしまったのです」


「いや、俺に指示が出されたなんて、そんな事実はないんだが……」


「もうじき、それが事実になりますよ」


 薄気味悪い笑みを浮かべるサテウ。


「あぁ、そういうことか……」


「あの時、あなたが素直にこちらの話を聞いていればこうはならなかったでしょう。まぁ、自業自得ですからしょうがないですよね?」


 サテウの話はもちろん作り話で、事実ではない。

 サテウが属する第二王子派閥が、敵対する第一王子派閥に濡れ衣を着せ、失脚させるという策のようだ。

 口ぶりから察するに、おそらく言い逃れできないような証拠なども用意されていることだろう。

 前は権力争いの神輿として担ぎ出そうとされ、今回は犯罪者として祭りあげられるために捕まったのだと理解する丸戸。


「そうそう、宰相側に取り入ろうとしても無駄ですよ。あちら側もあなたが王子暗殺に関わっていると考え、利用する気ですから」


「暗殺を他国の謀略によるものとは考えないんだな……」


「ええ。暗殺の命令を下したのはどちらの派閥の人間かということで、話が進んでおりますので」



 サテウの見通しによると、せっかく丸戸を追放したのに第二王子派が接触し、高額報酬で第一王子暗殺を補助したというのが、宰相たち第一王子派の言い分らしい。

 単に犯人を突き止めるだけでなく、派閥ごと罰を与える口実にしたいようだ。


 元々第一王子派は戦争で私財を投じたくないから、他国から闇ルートで神聖魔法書を国費で買い、召喚を実行した。

 成功していれば功績となり、私財も温存できたはずだったのだが、失敗に終わり、丸戸の存在は彼らの弱みになっていた。

 王子が暗殺されたことは痛手だが、敵対派閥と丸戸を処分するのに、うってつけの機会でもあった。


 実際、丸戸は第二王子派と接触している。高額な報酬も商業ギルドを通じて大金を受け取っている。

 もちろんギルドのほうは正当な仕事だが、いちいち細かい点は調べない。

 ギルドに登録して間もない丸戸が、高収入を得た事実があればいいのだ。


「あなたが向こう側に捕まっていなくて、助かりましたよ。こちらのほうが言い分としては弱いですからね」


 第二王子派は第一王子を暗殺する理由があるが、第一王子派が第一王子をわざわざ暗殺する理由はない。第二王子派を喜ばすだけである。


「サテウさんがいるってことは、俺は第二王子派に誘拐されたんですよね。それで俺はこの後どうなります?」


「いま、両派閥が議論している最中で、近日中に結果が出るでしょう。我々の言い分が通れば、証人として一働きしてもらいます。働くと言っても、肯定するか否定するかだけなので、簡単ですよ。そこであなたの処刑も決まるでしょう。向こうが勝てば、口封じのために殺されたとして我々がさらに追求しますので、また少しもめるでしょうね」


 両者の主張に不備や欠陥があっても、必ずどちらかの言い分が通ってしまう状況ということは、わかった。

「俺は無関係だ」といったところで、相手にもされないだろう。


(どちらの派閥が勝っても、俺は殺されるってわけか。つきあってられないな……。それにしてもこの人、よくここまでぺらぺらとしゃべるなぁ。こっちとしてはすごく助かるけど)



 監視を他の貴族が担当していれば、丸戸には何も知らされず、事が運ぶ予定であった。

 しかし、サテウは一度、丸戸に苦い思いをさせられていたので、個人的にやり返したい気持ちがあった。


 あの時、丸戸が素直に従って国に戻っていれば、第一王子派をつぶせた。

 それが屁理屈をこね、台無しにさせられたのである。

 連れて帰るだけの仕事が失敗し、派閥内で恥をかかされたが、その男の人生もあと数日すれば終わる。


 いまさらこちらの目論見を聞かせたところで、現状は変わらない。

 急に物々しくなったら目立ってしまい、第一王子派閥にここに何かあると感づかれてしまうので、最低限の人員しか配置していないが、屋敷から逃げようにも、この男は金も武器もなく、そこらの旅人が持っているような物しか所持していないことはすでに確認済みだ。


 自分の運命を知り、あの時の自分の判断、言動を後悔しながら、残りわずかな人生を絶望し、苦しむがいい……と心のうちであざ笑い、サテウは丸戸を部屋に連れて行くよう、配下に命じた。




 丸戸は屋敷の3階に閉じ込められた。

 20畳くらいの広さがあり、ベッドやテーブル、ソファ、魔道具の照明などあるが、部屋の大きさの割には家具が少なく、装飾も質素。


 このままでは先が見えている……。丸戸はどうにか抜け出せないものかと、部屋の中を探る。

 ドア以外に出入り口はない。反対側の壁に窓が3つあるだけ。


 部屋の付近には警備がいるはずで、外側から鍵をかけられた扉を破って部屋から出るのは難しそうだ。

 窓からなら丸戸の身体なら通り抜けられそうだが、ロープのようなものは部屋にはない。

 1階の天井が高いせいか、宿泊した宿屋の3階より高さがある。飛び降りたら、確実に怪我をしそうだ。

 ろくに道具もなく、特別な訓練を受けた者でもない限り、屋敷から抜け出すのは不可能と思えた。



 しかし、丸戸にはアイテムボックスがある。屋敷から逃げるのは可能か不可能かではなく、どう逃げるかをすでに考えはじめていた。

 町から移動させてきたということは、丸戸の人生の終わりが近いともいえる。

 いつ動きがあるかわからないので、できるだけ早く行動に移したい。



 翌日も、屋敷を脱出する方法を考える。

 食事もお湯も運ばれてくるため、部屋から出られるのはトイレに行くときだけだ。


 見張りはずっとドアの前にいるわけじゃないらしく、部屋の中からノックをしてトイレに行きたいと言っても、すぐにドアを開けられることはない。

 ドアの前の廊下は明かりが少なく暗い。廊下の左右は奥が曲がり角になっていて、そちらは明るかった。

 時間を置いて何度か窓の下を見たが、そこには誰もいない。


 丸戸の時計から現地時間を推測するに、夜21時以降は部屋の外を行き来する人の数が減る。

 明日の夜明け少し前に行動を起こすことを決めて、アイテムボックスから必要なものを取り出し、準備に取り掛かる。


 まずは自分の身代わりとしてベッドに置く人形を作る。

 胴体は倒木でそれにシャツを着せたものだ。黒っぽい毛皮を丸めて、頭部に見立てる。

 早朝の室内は暗く、人が寝ているように見えるだろう。


 続いてロープを取り出す。10メートルのロープを5本つないで1本にする。適度に結び目をつくり、手や足を引っ掛けられるようにした。


 他にもイスやハンドライト、脱出時の服とその後に着替える服の準備もしておく。



 次の日も同じように食事が運ばれ、体力温存のため日没まで寝て過ごす。夕食を終え、トイレに行くついでに警備の様子を伺う。丸戸のそばにいる警備兵と、もう1人がいるだけだった。


 深夜3時半に起床。身代わりに見立てた倒木を取り出し、ベッドの上に設置。毛皮を丸めた頭部も置いて、毛布をかける。

 ベッドの足元のほうにロープを通し、わっか状に結ぶ。

 サバイバルゲームで着るような黒い服と靴に着替え、防刃用の手袋も装着した。



 ロープを窓から静かに垂らし、脱出を試みる。

 壁に足をかけると、きしみや振動で屋内の人にばれることを恐れ、なるべく触れないように心がけた。

 この時ばかりは1分1秒が長く感じたが、地面に着地。ロープの結び目を解いて回収する。


 窓から外に出た場所は裏庭で、周囲に人の気配はない。塀の向こう側は道であることはすでに確認済みだ。

 アイテムボックスからイスを取り出し、足場にして塀を登る。イスに結わえたロープを引っ張り、イスを回収すると、道のほうへ飛び降りた。



「さて、これからどこに逃げたらいいのやら……」


 屋敷から見た景色では、南に城があった。丸戸がこの世界に召喚された城だ。西門から馬車で出たこと、北門から移送されてきたことはわかっている。


「北から連れてこられたことを考えると、西のほうから出て行くほうが良さそうだな」


 この町、いや、この国の人間に助けを求めても、連れ戻されるか、その場で処刑されかねない。


 丸戸は西方面に向かう。高級住宅街を抜け、商業地区らしきところに入った。

 まだ日の出までは時間がかかるが、すでに深夜の暗闇ではなく、かろうじて周囲の様子が認識できる。

 周囲に人がいないことを確認し路地に入り、建物と建物の隙間に隠れて、普通の冒険者の服装に着替えた。

 土地勘がないままうろつくのは危ない。もう少し明るくなるまで時間を過ごすことにした。



 まだうっすらとしか日が差していない中、移動開始。

 西門のほうに近づくと、何人かが門を出るため歩いているのが見える。

 丸戸はアイテムボックスから槍を出し、リュックサックの変わりに皮袋を出して担いだ。


 もしかしたら門で止められるかもしれない。そのときは一戦交えるまでだ……と腹をくくったが、とくに詳しく調べられもしなかった。

 冒険者の身分証で、冒険者の装備。よほど挙動不審でもない限り、門兵としては疑う余地がない。


(それにしても、ずいぶんあっさり通れたな。もっと兵士がいて門を固めているかと思ったが……)


 第一王子派は、丸戸が第二王子派に拉致監禁されて王都にいることをまだ知らない。

 レイという冒険者がいたら、身柄を拘束しろなどという通達は出されていなかった。



 西門を出た丸戸は、街道沿いを歩いていく。

 靴はサバイバルゲーム向けなので、皮のブーツよりも歩きやすい。他の冒険者や旅人に比べたらかなり軽装だ。

 10数時間も歩いたことで、宿場町にたどり着いた。


「薬草採取でもないのに、こんなに長く歩かなくてはならないとは……」


 他に選択肢がなかったとはいえ、歩きを選んで、ちょっと後悔する丸戸であった。

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