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第20話 誘拐

 こちらの世界の4月が終わった。

 丸戸のこの1か月間の収入は520万G、支出が170万G、手にしたお金は約350万Gであった。


 翌5月初日、丸戸たちは宿場町クリフで2度目の魔物狩りを行う。黒鹿を狙い、宿場町の東側の平原を探索していた。


 普通の冒険者では黒鹿1匹分の素材をすべて持ち帰るのは一苦労なため、宿場町付近でしか狩れない。

 しかし、丸戸のパーティーはアイテムボックスがある。狩った分だけ、大きな収入となるため、探し回った。


 この日も4匹の黒鹿を討伐。そのついでに角兎24匹、狼を12匹狩っていた。報酬は総額60万4500Gに魔石15個。1人当たり20万1500Gは、これまでの最高報酬を7万G以上、上回るものとなった。


 対応が難しいと思われた狼の群れも、複数に囲まれたら、丸戸が重量軽減の付加がある鋼の槍を、とにかく振り回すことで打開。

 2日から3日に一度のペースで狩りをしながら、資金を貯め、リナとフロストは装備をさらに充実させていった。



 共同生活で、お互いの理解も深まり、丸戸がスキルで購入した食べ物も自然と食べるようになった。

 こちらの貴族や富裕層が食べるようなものを、丸戸のいた国では普通の一般人も食べてると聞き、羨ましがられる。

 お菓子などはおやつとして無料で提供。自由時間に一人で食べたいときもあるので、そちらは今までどおり、仕入れの2倍の価格で販売した。



 手持ちの中で、次に商業ギルドで売却する商品のアドバイスももらう。


 商品の話の流れの中で、実はリナが貴族のお嬢様だったことも発覚。

 学園を卒業した後、メイドをしていたが、事情があって仕事をやめ、家を出て冒険者になったそう。


「それなりに貯金はあったんだけどね。冒険者になってもあまり稼げなくて、正直あせっていたわ。レイとフロストとパーティーを組めてほんと良かった」


「僕も講習会で自分から何人か話しかけたんだけど、条件が合わなくてね。ちょうど2人が話しているのが聞こえて、強引に話しかけちゃった、えへへ」


「俺は自己紹介で薬草採取しかしてないって言っちゃってたから、まさかパーティーの誘いを受けるとは思いもしなかったよ」


 当時の心境を話しながら、笑いあう3人であった。




 5月も半分が過ぎたころ、冒険者ギルドで報酬を受け取って、借家に戻り、今後の方針を話し合う。


「フロストも短剣と小盾で狼は苦にならなくなったなぁ」


「うん、背後を狙われるとまだ厳しいけど、もう狼なら怖くない」


「あと数日したら、この家の期限も切れるから、そろそろ別の場所へ向かう?」


「そうだな。どこかおすすめはある?」


「前から何度か名前があがっているクロスウィッチかな? 街道を挟んで南側にある森が、冒険者に人気の狩場なんだ。ダンジョンのあるシルバストもいいけど、僕らにはそこまでの装備や実力はないしね」


「私たちじゃまだ、ダンジョンの奥には進めなさそうね」


「それじゃ、クロスウィッチに向かうとするか。いつでも旅立てる準備をしておいて、黒鹿を残りの日数で狩れるだけ狩ろう」


「私は馬車の手配をしておくわね。お金はあとでもらうわ」


「僕は共有物をまとめておくから、レイ、収納で閉まっておいて」



 こうして残りの日々は、移動の準備と狩りで過ごしていった。

 丸戸たちはこの1か月間で12回の魔物狩りを行い、1人あたり263万2700Gも稼いでいた。魔石も147個獲得したが、いくつかは借家の魔道具のために利用し、消失している。

 なおこの間、リナとフロストは、規定回数の依頼を達成したことでFランクに昇格。丸戸はまだ規定の半分にも届いていないので、彼だけGランクのままであった。


 前日ぶんの魔物討伐の報酬を受け取り、ギルド職員にこれから町を去ることを伝える。

 丸戸たちが黒鹿の肉を大量に確保し、町が潤っていたので残念がられた。

 お金を含めた貴重品や、道中に不要な荷物を丸戸が預かる。

 冒険者ギルドの隣の役所に借家の鍵を届けたあと、そのまま馬車に乗って宿場町クリフから旅立った。




 クリフに立ち寄る馬車は多いが、クリフから旅立つ人は少ない。定員10人の馬車も丸戸たちを含め、6人しか乗客がいなかった。ゆったりとしたスペースができたぶん、少々値段は高くなっている。


 同乗するのは、初老の夫婦とお店の従業員らしき女性。2度目の休憩地で遅めの昼食を皆で取って、片づけをしているときだった……



「キャアァーー」



 突然女性の悲鳴が響き渡る。


 丸戸たちが声のする方向を見ると、顔の下を布で隠した覆面姿の人間がいて、そのうち2人が老夫婦に武器を突きつけている。

 行商か運搬業の荷馬車が休憩のためにこちらに向かっているのは見えていたが、王都にも近い主要街道でまさか賊が出るとは思わず、誰も警戒はしていなかった。



「騒ぐな! こいつらの命が惜しかったら静かにしろ! おい、2人いるぞ。獲物はどっちだ?」


 人質を取った者とは違う人物が声を張る。


(獲物? 若い女性を狙う盗賊か? でも、どっちだって言うのは変だな……)



「こんなとこでモタモタしているわけにはいかん。2人とも捕まえろ!」


 さらに別の男がそう言うと、丸戸とフロストに複数の賊が近づき、ロープで拘束。猿ぐつわをかませ目隠しのためか、布をかぶせられる。

 自分たちを動けなくして、女性2人をさらうのか……と丸戸は思ったが、連れ去られるのは丸戸とフロストであった。


(おい、こっちかよ!?)



 視界を塞がれた丸戸には見えなかったが、あらかじめ手順を示し合わせていたのか、さらに仲間らしき賊が馬を数頭連れてきた。

 数人がかりで丸戸とフロストが運ばれ、荷馬車の荷台の上の開いたスペースに投げ捨てられる。そして横たわった身体の上にわらをかぶせられた。

 わらの上に何か荷物を置かれ、その下にいる丸戸たちは思うように動けない。やがて荷馬車が動き出し、その場を離れていった。




 丸戸は移動中、賊の目的が何かを考えていた。フロストを狙ったのだとしたらわからないが、丸戸が狙いだった場合はなんだろうか?

 思いついたのは、商人としての自分。他の商人が丸戸の商品をほしがっていることはカーティスから聞いていた。

 そういった商人が自分を引き込もうとして拉致したのか、あるいは商売の邪魔だと、亡き者にしようという魂胆か。



 荷馬車の揺れが激しくなった。街道を離れて荒地を移動し、やがて荷馬車が停止する。

 近くに小さな川が流れており、ここで野営をするようだ。


 丸戸たちは荷台から降ろされると、いったん布が取られ視界が開く。空は夕日に染まっていた。周囲には数人の賊がいて、景色はよくわからなかった。猿ぐつわが外されると、再び布をかぶせられる。


「余計なことはしゃべらず、聞かれたことにだけ答えろ」


 地面に座らせられ、尋問が始まった。名前、生まれ、経歴など、質問に答える丸戸とフロスト。


「おい、こいつだ」と、どうやら丸戸が狙いらしい。

 部下らしき男がフロストはどうするかと聞くと、痛めつけて狼の餌にでもしろと命じる。



「狙いは俺なんだろ? お前らの望みどおりに動いてやるから、仲間に手を出すな!」


 ドガッと、丸戸のお腹に蹴りが入れられる。


「誰がしゃべっていいって言ったよ? てめぇで言っておきながら、俺たちの望みどおりにできてねえじゃねえか」


 さらにもう一発蹴りをもらい、うずくまる丸戸。その様子を見ていた1人の男が、何やら思案している。


「ふむ。俺たちも仕事がスムーズに運ぶなら、それに越したことはない。いいだろう、仲間は解放してやろう」



 丸戸たちを尋問していた男がそう話す。とはいえ、本当にそうするかどうかは疑わしい。

 ここにいつまでも残るよりは、日が沈む前にフロストを遠くへ逃がしたい。


 そう考えた丸戸は、要求を受け入れてくれれば、そちらの要求にも従う。だから、今すぐフロストを解放するよう、男に求めた。


 フロストを逃がすリスクと、道中で丸戸が予想外の行動をして、仕事の邪魔をするリスク。相手も丸戸が素直に従うか疑問は残るが、少しでも早く任務を完了すべきと判断し、交渉が成立。



 拘束を解かれた丸戸とフロスト。自分たちのリュックサックや鞄を受け取り、それを持ってフロストに近づく。


「フロスト、怪我はしていないか? とりあえず水を飲め」といって、フロストの荷物から水を出す丸戸。


 フロストが水を飲んでいる間、丸戸はアイテムボックスを表示させる。


「レイがどこかに行っちゃうのは嫌だ」不安げな表情でレイを見るフロスト。


「すまないな、巻き込んでしまって。一緒に冒険者として活動することもできなくなって、ごめん。俺の道具もやるから、リナと2人でがんばってくれ」


 そう言って、周囲の賊にも見えるようにリュックサックから皮袋を取り出す。預かっていたフロストの荷物の一部、干し肉とか布切れなどを詰め込む。

 その皮袋の中でアイテムボックスから丸戸の持ち物の一部、そして所持金を入れた。


「冒険者として成功することを祈ってるよ。さぁ、日が完全に暮れる前に、リナのところへ戻れ」


 そう言って、鞄と皮袋をフロストに渡す。

 フロストは目に涙を浮かべていたが、意を決して、夕闇の中に消えていった。



「こちらの希望を聞いていただき、どうもありがとうございました。約束どおり、そちらの指示に従います」


 言葉どおりに受け取れないため、丸戸が変な動きを見せれば、仲間の小僧を探し出して必ず殺すと、先ほど交渉した男から警告される。


 フロストを逃がすことができた丸戸は、無駄に抵抗する意思はなかった。

 おそらく丸戸をどうにかしたい商人の下に連れて行かれるのだろう。大人しく従えば、道中に危険はないと判断したのだ。



 身柄を拘束したまま移動すると周囲の目を気にしなければならない。

 そのため木の箱やわらが用意されていたが、それも必要なくなった。


 翌朝、偽の身分証を渡され、行商に偽装して出発。数日かけて国境を越え、シンディヤナ国に入った。丸戸が2か月以上前に召喚され、すぐに追放された国である。


(え? またこの国に戻ったの? となると、こちらの国の商人が俺を取り込もうというより、派閥争いに巻き込まれているのか?)


 これからどんな状況になるのか、想像がつかない丸戸であった。





 一方、リナとフロストは、無事合流していた。


 丸戸たちが誘拐された後、予定通り馬車は町に向かったので、リナも同乗した。

 追いかけたところで自分ひとりの力では、どうにもならない。

 盗賊が現れ、仲間がさらわれたことを、衛兵や冒険者ギルドに報告すべきと考えたのだ。


 リナはクロスウィッチの町についてすぐに通報、事情聴取を受けると、翌朝には馬をレンタルして襲撃現場に向かう。

 何でもいいから、丸戸につながる手がかりが欲しかった。


 その道中、街道の先から誰か叫んでいる。近づくにつれ、「リ~ナ~」と自分のことを呼んでいるようだ。


 聞き覚えのある声に急いでそちらへ向かうと、フロストがいた。彼も全力で走っていたようで、今は座り込んでいる。

 馬から降りて、リナがフロストに話しかけた。


「フロスト、無事だったのね! レイは一緒じゃないの?」


「レイは僕を逃がすために、交換条件を出したんだ。だから僕は逃げられたんだけど、レイはあいつらに捕まったままで……。リナ、僕はどうしたらいいかな?」


「私にもわかんないわよ。でも、町で兵士やギルドに通報はしといたわ。居場所がわかったら、レイを迎えに行きましょう。それで、賊はどこへ行ったかわかる?」


「行き先はわかんない。でも、僕が解放された場所は、ここから東のほうの荒地だった」


「その辺りを縄張りにする盗賊かしら? でも、それだとどうしてレイやフロストを誘拐したのかしら? 普通、私やもう1人の乗客の女性よね? お金になりそうなものも取っていかなかったし。盗賊じゃなかったとしたら……」


「どこかの町か村に行く?」


「そうね。少なくとも、どこかの町で補給や休息を取るはずよ。フロストが逃げてきた場所の近くに、町や村はある?」


「村はあるけど位置や名前まではわかんない。町は北東のタルニアってところが一番近いよ。あとは南東に国境の砦がある」


「タルニアかぁ。確か、ラスティアの国境にも近いわね。南東はシンディヤナとの境よね? どちらかの国境を越える気かしら?」


 村にアジトがあるなら、この国、つまりエンフェルデ国内の問題なので、兵士も派遣できる。しかし、国境を越えられると、そうもいかない。



「フロスト、現金持ってる? 私、レイにお金や荷物預けたまんまなのよね。後で倍にしてでも必ず返すからちょっと貸してちょうだい」


「あ、お金はレイがこっそり持たせてくれた」


 ごそごそと皮袋を漁り取り出すと、大きな金貨が7枚あった。


「な、700万Gもあるじゃない? どうしたのよ?」


「冒険者一緒にできなくてごめん、リナとがんばれって、レイが持ち物とかお金を渡してくれたんだ」


「じゃあ、このお金借りるわよ。私に考えがあるから、町に戻りましょう。フロストは私の後ろに乗って」



 馬に2人乗りし、リナはクロスウィッチの町へ引き返すのだった。

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