第19話 宿場町クリフ
宿場町クリフに向かう馬車の乗り心地は悪かった。
馬車の中では他の乗客が、噂話で気を紛らわしている。
「隣国の王子が亡くなったんだってな」
「なんか前にもそんな話しあったっけ? 今度は別の国か?」
「いや、同じところらしいぞ。なんでも病死したとか、暗殺されたとか……」
「戦争してたんだろ? なら暗殺されたんじゃねえか?」
「戦争では勝てず、跡継ぎが次々亡くなって、あの国もいよいよ終わりかねぇ」
隣国の王子がまた亡くなったと聞いて丸戸は驚いた。
冒険者ギルドで会った2人の使者も、あれから会ってはいない。
(亡くなったのは第一王子? もし暗殺されたんだとしたら、以前、使者に来た奴らの派閥が強硬手段に出た? 俺が拒否したからとか、関係ないよな?)
暗殺されたと決まったわけではないが、自分が関係しているかもしれないと思ってしまうとストレスになるので、これ以上は考えないことにした。
馬車の休憩の合間に、丸戸はおすすめ品をチェックする。
【スポーツウェア黒ハーフパンツ 900】【ポロシャツ白 800】【バスタオル 1000】
(また少し値段が上がったな……)
町を出る前に、商業ギルドで買い取ってもらったせいか、あるいは運搬の仕事を受けたからだろうか?
服は高く売れると理解しているが、これらも売れるのかと少し不安はあったものの、すべて購入する。
日没に差し掛かるころ、馬車は宿場町クリフに到着した。指定先の宿へ行き、一度各自の部屋で荷物を置いたら、食堂に移動。従業員に注文を頼み、皆で食事をする。
「はぁ……やっと着いたわ」
「一日中馬車に乗るのは、歩くよりもキツかったね」
「前に乗った馬車は、乗り心地良かったんだけどなぁ」
馬車の移動が堪えたのか、皆、夕食は軽めのメニューで済ませた。
その後、丸戸は夜のおすすめ品を購入する。
【Yシャツ白 1000】【チノパンベージュ 1000】【ネクタイ青ストライプ 700】
「これはまた、悩むな……。とくにネクタイは同じものばかりというのはちょっと……」
少し悩んだ末、すべて5点ずつ購入することにした。
翌日、丸戸は運搬の仕事、リナとフロストは宿屋を探す。
宿場町は、馬車が通る大通り沿いに店先が並び、所々に宿屋もある。大通りから離れたところに住宅街もあった。ただ、定住する人は少ないようで、家屋の数は少ない。
王都であるブレモントに近いこともあり、立派な建物がいくつかあるが、粗末なつくりの家屋も見える。
丸戸は搬送先の居酒屋を訪れ、倉庫に回り、酒樽10個をアイテムボックスから取り出す。
運搬作業が終わったことを告げ、書類を手渡し、報酬の10万Gを受け取った。
ついでに本日のおすすめを見て、購入する。
【レトルトおかゆ 200】【麦藁帽子 800】【ゴム草履 600】
フロストたちと合流すべく、宿屋を見て回った。
何軒か見ていたら、リナとフロストが宿屋から出てくるのが見えた。
「2人とも、良い宿は見つかった?」
「う~ん、数日泊まるくらいならいいけど、長期となるとどこもいまいちね」
「1日で行ける距離に、ブレモントとクロスウィッチがあるから、長期滞在者向けの宿は少なそう」
「クロスウィッチって前に一度通ったな。確か複数の街道が合流する地点だっけ?」
「そうそう。元々は宿場町だったけど、大きな町になったんだよ」
「ねぇ? 一軒家のほうも探してみる?」
「一軒屋って、僕ら3人で泊まる家?」
フロストの問いに、そうよとリナが答えた。
「そうだな。ちょっと当たってみるか」
役所はこっちだよといって、フロストが案内してくれる。
大通りを歩いていると見慣れた建物があった。冒険者ギルドだ。
宿場町にもギルドあるんだ……と思いながら通りずぎると、その隣が役所だった。
役所は木造で2階建て。中はブレモントの商業ギルドほどではないが、それなりに広い。
丸戸たちはカウンターにいる男性職員に話を聞く。
「すみません、クリフで一軒屋って借りられますか?」
「はい、どういった家をご希望ですか?」
「部屋数が多くて、シャワーとトイレは必須でお願いします」
リナがすかさず、要望を述べた。
「それでしたら、家族向けと商人向けの家がありますね」
「料金はどれくらいかかりますか?」
「1か月ですと家族向けは5万G、商人向けのほうは7万Gですね」
同程度の金額なら、商人向けと分ける必要性を感じない。丸戸は少し気になった点を質問した。
「家族向けと商人向けではあまり金額に差がないように思えますが、どうしてです?」
商人向けのほうは、たまに商人が利用するくらいで元々借り手が少ない。そのため魔道具の利用に必要な魔石は自腹で用意する必要があるとのこと。そのぶん、料金を大きく下げているという。
「両方、見せてもらうことはできますか?」と聞くと、もちろんですと案内してもらうことになった。
大道りの真ん中あたりで左折し、住宅エリアに入る。数分歩くと、家族向けの家に到着した。職員が鍵を開けて、中に入って説明をしてくれる。
1階はリビングと寝室、それに小さな部屋が一つ。2階は一部屋と物置。シャワーとトイレは別々で台所もある。
「悪くはないけど、長期で住むには少し狭いかな?」
リナには不評のようだ。丸戸もフロストと2人なら問題ないが、女の子がそこに加わるのは難しいだろうと思った。
続いて商人向けの家も見せてもらう。大通りから少し遠ざかったところに建てられている。
こちらは1階が、広い台所とリビングの他に3部屋、2階も3部屋ある。トイレは各階層にあり、1階にはシャワーだけではなく、お風呂もあった。
「ここに決めましょう」
リナの言葉に、丸戸もフロストも異論はない。
30日間で7万G、1日2333G、1人あたり777Gと、かなり格安だ。魔石も持っている。
「ブレモントに比べたらかなり安いし、とりあえず、1か月借りてみる?」
丸戸がそう聞くと2人は頷いたので、1か月借りることにした。
一度役所に戻って手続きを済ませる。丸戸が一時的に7万Gを支払うと、家とは別に管理用の鍵を渡された。
こちらは地下室の鍵で、魔道具を管理する部屋のもの。定められた場所に魔石を置くと、家の中に設置された魔道具が作動する仕組み。
再度、職員とともに家へ向かい、地下室の使い方を説明してもらって、持参した魔石を指定された位置に10個ほど置いた。
これで今日から住めますよといって、職員は役所に戻っていった。
「家事とか部屋割りとか、どうする? 僕は宿屋の仕事なら料理以外はしていたから、たいていできるよ」
「私も冒険者する前は、半年ほどメイドしてたから、それなりに家事はできると思うわ」
丸戸も1人暮らしは数年経つので、家事はある程度できるが、ここには掃除機や洗濯機はない。
「俺はお風呂掃除や、食器洗いくらいしか、できんな……」
「じゃぁ、お風呂掃除と食器洗いはレイに任せて、あとは私たちで分担しましょう」
「すまん。その替わり部屋は2人が先に選んでくれ」
「僕は部屋はどこでもいいよ。リナが先に選んで」
「それじゃ、2階の一番広い鍵付きの部屋をもらっていいかしら?」
丸戸もフロストももちろん駄目というわけがなく、フロストは大きな机がある部屋は丸戸のほうが必要だろうということで、庭に出られる日当たりの良い部屋を選んだ。
異性との同居に、みな抵抗がないわけではない。
パーティーで行動する限り、こういうこともあると理解はしていた。
幸い、この邸宅は広く、見方を変えれば同じ宿に泊まっているようなものと思える。
依頼で小さな村の空き家に、初めて3人で泊まったりすることに比べたら、こういう形で慣れておくというのも悪くないだろう。
「あぁ、自炊するなら食費のお金も必要か。あと、生活に必要なものも買い揃えないとな。これはみんなで同じ金額を出しあおう」
「そうね。生活するにはいろいろ足りないわ」
「あと、建て替えてもらった家賃も払わないと」
丸戸は家賃を2万3千Gずつ受け取った。
そこからさらに1人3万Gずつ出し合い、宿代の不足分の1千Gを丸戸が受け取る。
残りのお金は生活費に充て、管理はリナが担当することで決まった。
その後、みんなで水周りや魔道具の使い方などを確認し、それぞれの部屋に入り、荷物整理。
少し遅めの昼食は外の屋台で食べ、冒険者ギルドへ行って、移動してきた旨を伝える。
丸戸が受付で話している間、リナとフロストが依頼を見ていた。
「こっちの依頼ってどんなのがある?」
「Gランクは雑用しかないわね。常設依頼の薬草もあるけど、数量が限定されているわ」
「Fランクも雑用が少しある。あと、狼の討伐が常設依頼だね。1匹狩るごとに1000Gの報酬だって」
「狼か……、あっちでは見なかったな。やっぱ倒すのは難しいのかい?」
「1匹だけだったら黒鹿のほうが強いんじゃないかな? でも狼は群れで行動していることが多いから」
「私たち、複数相手にはまだ戦ってないわよね。うまく戦えるかしら?」
「僕が1匹牽制している間に、レイがもう1匹倒してくれればなんとか。でも3匹目がきたら、難しいかも」
「素材がダメになっても構わないなら、火炎魔法で撃退するんだけどね」
「自分が危ないと思ったら、素材は気にせず、魔法放ってくれていいよ」
魔物の討伐についてはまた後で改めて話すとして、丸戸たちは当面の生活に必要なものを購入し、帰っていった。
丸戸が保有する食品や生活用品も一部提供する。
飲み物や食べ物は丸戸がアイテムボックスに入れている間は劣化しない。
2人にとっては未知の物が多く、数に限りもあることから、丸戸がどうしても食べたいとき以外は、保存したままということになった。
なお丸戸のスキルで入手した商品は、共有の資金から購入するが、個人的に欲しいものは以前のように、自分の所持金から購入する。
こちらの世界にない商品、あるいは高価な商品もあり、2人が戸惑う場面もあったが、丸戸は少しでも快適に暮らしたいので、了承してもらった。
石鹸やらシャンプーには、リナがものすごく興味を示すとともに、その安さに驚いていた。
その後、リナとフロストは夕飯の準備、丸戸は風呂掃除。
夕飯は角兎の塩焼きとサラダ、スープにパンと、こちらではごく一般的な献立である。
食事をしながら狼の倒し方、丸戸の持ち込んだ道具の使い方など話していた。
最後に冒険者の仕事をしてから今日で4日も休みとなったので、明日は付近の魔物を狩ることが決定。
丸戸は洗いものを済ませると、お風呂に浸かりながらおすすめ品のチェック。
【コロコロクリーナー 300】【座布団 800】【やかん 900】
全部購入して風呂を出ると、明日に添え、早めに就寝した。
翌朝、朝食にパンとスープを食べ、出発。
宿場町の東側の平野で、リナとフロストが獲物を探す。
「北側は台地の斜面で狼が多いから、そっちはなるべく避けよう」
宿屋で働いていたときに聞いた、冒険者の話を思い出したフロストが助言する。
「東南のほうに角兎がチラホラみえるわね。まずはあの辺りで狩ってみない?」
リナの言葉に従って、そちらへ移動する一同。台地の上と違って、それほど時間がかからない距離に魔物が生息している。
「それじゃ、私が先制するわよ」
そういって拳ほどの大きさの石を、近くにいた角兎に目掛けてぶつける。
リナに向かってくる角兎を丸戸とフロストが連携して仕留める。
遅れて近づいてくる角兎に、先ほどより小さめの石を的確に当て、突進力を鈍らせるリナ。それを丸戸とフロストが1匹ずつ倒していく。
1時間もかからず、20匹ほど討伐した。フロストが血抜きをし、リナが偵察。丸戸が高価な薬草だけ採取する。
アイテムボックスに収納して、他の町で買い取ってもらえば良いとの判断であった。
「あ……血の臭いでも嗅ぎつけたのか、狼が3匹ほど来ちゃったわ」
「リナは火炎魔法を1匹に当ててくれ。それを俺が速攻で仕留め、もう1匹を相手にする。残りはフロストが牽制、リナは援護だ。いけるか?」
2人とも頷いて、狼が近づくのを待つ。間もなく狼がこちらに駆けてきた。
狼はこげ茶色の毛皮、体高は80センチメートルくらい。
初めは中央狼とか茶色狼と呼ばれいてたが、この周辺だけでなく、他の国や地域にも生息しているようで、今では単純に狼と呼ばれている。
丸戸は実物の狼を見たことはないが、想像していたよりも大きく感じた。
狼は2匹が前に出て、1匹が後方に控える。前方の狼を1匹倒す際、後ろの狼がどう動くか?
「フロスト! お前に2匹向かったら、1匹は俺が盾になるよう回り込め!」
コクッと頷くフロスト。
先頭の2匹は丸戸とフロストに向かって走ってくる。
もう少しで到達するところで、丸戸側の狼が一瞬だが火に包まれ、悲鳴をあげた。
そこを頭上から槍を叩きつけて動きを止め、すぐに首を狙って先端を突き刺す。
「レイ、右!」
リナの声に視線だけ送ると、後方にいた狼はフロスト側に行かず、丸戸の右側へ回りこんでいた。突き刺した槍を抜き、水平に正面から右後方へ振り抜き、狼に打撃を与える。
横っ腹に攻撃を受け、バランスを失い地面を転げる狼。
すかさず追い討ちで胴体を深く突き刺し弱らせると、とどめの一撃で絶命させた。
すぐにフロストのほうへ手助けに向かう。
狼がフロストに噛みつこうとして近寄ると、フロストはかわしざまにナイフで切りつける。狼が距離をとったところで、リナが魔法で石をぶつけ、地味にダメージを与えていた。
狼はもう一度フロストを目掛けて飛び掛かる。それを先ほどと同様に身をかわしてナイフで攻撃すると、狼は地面に着地。
狼が獲物を視界に捕らえようと向きを変えた瞬間、丸戸が首元目掛け、槍で突き刺した。
「レイ、1人で3匹もやっつけちゃったね」
「フロストとリナがいなかったら、こんなやり方で倒せないよ」
戦闘経験を重ね、リナの魔法は最初のころより威力が上昇しているし、フロストもナイフだけで狼と1対1で戦えるほど成長している。
宿場町クリフでも、なんとかやっていけそうだ。
角兎と狼をアイテムボックスに収納、安全そうなところへ移動し、休憩を取った。
おすすめ品を購入しながら、狼の扱いについて話す。
「この辺の狼なら売れるのは皮だけって聞いたよ。靴や服の素材になるんだって。あまり高く売れないみたいだけどね」とフロスト。
「皮は剥ぐの? それともこのまま、解体場に渡す?」
「丸ごと持ち帰ると荷物になるから、慣れている人は皮だけ剥いで持ち帰るみたいだよ」
うちはそのまんまでもいいかと、解体せずに持ち帰ることにした。
その後、角兎を中心に黒鹿と狼も少し狩って、この日の狩りを終える。
解体場ですべての獲物を引き取ってもらうため、アイテムボックスの存在を明かした。
初めは驚かれたが、下手に詮索して冒険者に町を出ていかれたくないのであろう。
何も言われず、魔石以外は買取をしてもらった。
帰宅後は、疲れで家事をする気にはなれない。保存するといっていた食料が、早くも出番となった。
丸戸がお湯を沸かして、レトルトのおかゆとおでんを温める。
待っている間にりんごを剥き、ヨーグルトに入れる。丸ごと1個使い切りたかったので、りんごの量がちょっと多くなったが仕方ない。
「おかゆって麦じゃないのね? でも、塩味が効いてて美味しいわ」
「おでんは変わった風味がするし、具も見たことのないものが多いけど、美味しいね。もっと食べたくなっちゃうよ。野菜煮込みのスープみたいに、良く煮込まれてるからかな?」
「おかゆとおでんは、大丈夫そうだね。おでんの出汁が美味しいと思えるなら、カップうどんとかもいけるか?」
丸戸はブツブツ言いながら、2人の反応を見ていた。
翌日、報酬を受け取りに冒険者ギルドを訪れる。
角兎が10万3600G、黒鹿が25万G、狼が討伐手当て込みで2万5千G。魔石は25個入手。
合計で37万8600G、1人当たり12万6200Gの収入となった。
フロストが言っていたように、狼の報酬は安い。
魔道具を利用するため生活に欠かせない魔石の入手率が高かったのが、せめてもの救いである。




