第15話 初めて魔物を討伐
昨日は不用品を処分して大金を入手した。槍を衝動買いしてしまったが、それでも所持金は100万G以上。
おすすめ品も好物が表示され、自然と顔がほころぶ。
【缶カフェオレ 60】【バニラアイス 100】【りんご 100】
もちろん全部買った。
浮ついた気持ちになり、つい遊んでしまいたくなるが、安い宿でも1年暮らせば、所持金はほとんどなくなる。
稼げるときに稼いでおきたい。気を引き締めて、採取に向かう。
当初の予定どおり、いつもより街道から大きく離れて、まず丸戸が見張りに立ち、他の2人が採取を始める。
周囲の様子を見つつ、おすすめチェック。
【Tシャツ 400】【ランニングシャツ 400】【液体洗濯洗剤 500】
(なんか、単価が上がった? 100万G以上稼いだから? シャツ2種は全部買っても良いと思うけど、洗剤は迷うなぁ。シャツは高く買取してもらえるだろう。洗剤も10個買っちゃうか)
迷った挙句、すべて購入した。
時間になったら、丸戸がフロストに交代を告げる。丸戸は前回の教訓から、孤立しない位置で採取を始めた。
休憩時間になり、皆が一か所に集まり、感じたことを話し合う。
「仕方ないけど、装備品が増えると動きにくいわね」
「僕も今日は緊張した」
「いつもより採取数は減りそうだな」
リナは魔法を唱える際に使用する杖を専用のケースで固定し背負いながら、フロストは腰周りに投げナイフを装備。丸戸は槍を地面に置いたり、突き刺しながら、採取していた。
休憩を終え、採取を再開。
この日、リナが最後の見張りをして数分後、丸戸のほうへ駆けてきた。それを見た丸戸とフロストがリナのほうに向かう。
「たぶん角兎と思うんだけど、姿が見えたわ」
「角兎なら、倒しにいってみるか?」
「そうだね、3人いるなら大丈夫だと思うよ」
「角兎はたしか直線的に体当たりしてくるんだっけ。狙われた人は回避優先で、残りは隙をついて攻撃でどう?」
「わかったわ、魔法に当たらないように気をつけてね」
「僕もナイフ投げるから、逃げる方向に気をつけて」
「じゃぁ、気づかれずに近づけたら、魔法とナイフで先制攻撃しようか」
2人とも頷いて、リナが見つけた白い角兎の100メートル近くまで寄る。
丸戸が認識している兎よりも身体は大きく、額の辺りから角が一本生えている。
どうやら餌となる草を夢中で食べているようだ。
丸戸だけ2人から少し離れ、先制攻撃でダメージを与えた際にはとどめを、当たらなかった場合は手傷を与えて弱らせるつもりだ。
丸戸がチラッと2人のほうへ視線を送り、手をあげて振り下ろし、攻撃開始の合図を送る。
30メートルあたりまで近づき、まずリナが魔物に気づかれないよう、無音声で火の玉の魔法で攻撃。
少し遅れてフロストがナイフを投げる。
火の玉は当たったが、威力が弱いせいか、毛皮を焦がすくらいでほとんどダメージなし。そしてナイフは外れた。
攻撃された角兎がリナに向かって走り始める。
スピードに乗って体当たりされると、並みの人間なら耐えるのは厳しい。とくに足を狙われたら、骨折することも珍しくはない。
何よりも危険なのは、角である。突き刺された場所が悪ければ、致命傷となるのだ。
フロストの2投目のナイフは当たったが、かすり傷程度。
それでも少し減速したところを、丸戸が横から槍で突き刺した。
勢いで横に突き飛ばされ、よろめく角兎。
フロストが素早く角兎に近寄り、自身の背後に装着したナイフを抜き、とどめを刺す。
丸戸も周囲を警戒しつつ、フロストのそばによる。やや遅れてリナもこちらに駆けてきた。
「みんな初めてにしては、うまくいったね」
「最初にナイフが当たらなかったのがくやしい」
「それを言ったら私なんて攻撃は当たったけど、なんのダメージにもならなかったわ」
魔法のない世界から来た丸戸には、それでもすごいと思ったが、リナは魔法の威力の無さに不満だったようだ。
「まぁ、誰も怪我しなくて良かったよ。それでコレ、どうする?」
「いちおう血抜きすれば食べられるし、解体して毛皮と角を持ち帰れば、素材として買い取ってもらえるよ。あ、でも、皮のほうは査定が低いかな?」
フロストは宿場町で生活していたので、角兎の処理をする経験がそれなりにあるらしい。
「門が閉まるまでまだ時間はあるから、血抜きをしてくれるかい?」
「うん、それじゃ、さっそく始めるよ」
血抜きはフロストに任せ、リナが見張りをし、丸戸だけが採取する。
丸戸は日本で動物を狩るなんて経験は、したことがない。
初めて魔物を狩って達成感はあったが怖さみたいなものも感じ、自分でも良くわからない感情に駆られていた。
それを払拭するかのように採取に集中していると、フロストの「終わったよ~」という声で、今日の採取は終了。
初めての戦闘で興奮しながら、肉の処分について話し合う。
「料理の仕方がわからないから、肉はいらないな」
「私も自宅ならともかく、宿では調理できないわ」
「僕も道具がないと無理だなぁ……」
せっかく皆で初めて狩った獲物なのに、食べられない。
どうしても食べたいわけでもないが、ちょっと残念な気持ちを胸に、縄で縛られた獲物を丸戸が担いで町に戻った。
西門が閉まる前に町に入ることができた。いつもはリナの宿泊先で一休みするが、今日は獲物もあるので、そのまま冒険者ギルドへ向かう。
採取時間に差があるので、今回の報酬は3等分することを帰路で決めていた。
丸戸が角兎はすべて買い取ってくれとギルド職員に話すと、リナとフロストが「魔石は残して!」と言うので、そのようにしてもらう。
魔石は生活用品の魔道具を使うのに利用するらしく、買うと高いので、残しておきたいらしい。
解体費用は肉や素材を提供してくれるので、不要と言われた。解体だけ頼んで素材を全部引き取る場合に、費用がかかるとのこと。
査定が終わり、各種薬草の報酬が5万1千G。角兎は肉が600G、角が1000G、皮が500Gで、合計2100G。
一人当たり、1万7700Gの報酬となった。なお、魔石はなかった模様……。
(魔物が付近にいるような場所でも採取活動できるのは、2人がいてくれるおかげだな)
丸戸がそんなことを思いながらカウンターにいると、周囲の冒険者から会話が聞こえてきた。
「おいおい聞いたか? 隣国の王子が戦死したって?」
「あぁ、他国と戦闘中に重傷を負ったとか、背後から魔物に襲われたとかハッキリしないが、亡くなったってのは本当らしいぜ」
「魔物が町の方にも向かったって聞いたぞ」
「宿場町では、冒険者に討伐依頼が出てるみたいだな」
情報がリアルタイムではないので、冒険者たちが噂しているのは数日前の出来事である。
隣国から宿場町を経由してこの町に来た者の話が順に伝わっているだけで、情報も正確性に欠ける。
(他国と戦争している隣国って、俺が召喚された国ってことか? あの時はほんとかどうかわからなかったけど、状況が悪いのは事実みたいだな)
丸戸はふと、召喚で呼び出されたシンディヤナ国のことを思い出していた。だが、早々に追い出されたので、あの国については、だいぶ記憶が薄れていた。
一緒に召喚された若い男性も、同じ日本人というだけで、あの日たまたま出会っただけに過ぎない。
ちょっと薄情過ぎないか? とも思ったが、今一緒にパーティーを組んでいる2人ほど、親近感はなかった。
これまでと同じように明日も集まって反省会をする。場所は丸戸の宿泊先ということになった。
フロストもリナも、低ランクの冒険者が利用するには料金が高い宿屋に、興味があるようだ。とくにリナは部屋の中も見学したいらしい。
宿に戻った丸戸はさらに3日間、宿泊を延長することを告げた。
部屋に入るとおすすめ品を確認。
【バタークッキー100g 120】【プラ製双眼鏡 400】【薬用ハンドソープ 300】
双眼鏡は子供のおもちゃみたいな代物だが、見張りのときに重宝するだろう。ひとまず全部購入する。
今日だけで買い物に2万G以上の出費。普段の3倍だ。
(このペースだとお金が持たないぞ。アイテムボックスで行商するか? いや、買い付けはできてもどこで売ったらいいんだ? 他の町のギルドへ持っていっても無意味だろうし……)
商品の単価が上がり、悩みが増える丸戸であった。
翌朝も更新された商品を見る。
【イチゴジャム 120】【チョコクリーム 120】【紙パックの豆乳 80】
「ジャムとチョコはパンに塗るやつか……。全体的に安いのは助かるけど、どれもどうしても欲しいほどでは……。ジャムなんかは瓶に移し替えれば、売れるかな?」
珍しく迷ったが、すべて購入した。
食品や食器類を出し、出迎える準備をする丸戸。やがてノックがされる。
「おはようございます、レイ様。お客様がお越しになられております」
従業員から来客の知らせ。お礼を言って、玄関まで向かう。
リナとフロストが来ていた。お互いにおはようと挨拶し、2人は周囲を観察しながら、丸戸の部屋へ向かう。
「やっぱり、けっこう広いお部屋ね」
「僕が泊まっている部屋の倍以上はあるよ」
ソファとベッドの間にテーブルがあり、2人をソファに座らせる。丸戸は隣の洗面室に入り、用意していた茶菓子と飲み物を運んでくる。
ガラスのコップに紅茶、小皿にクッキー。2人は「ありがとう」とお礼を言い、クッキーに手を伸ばした。
お茶とクッキーを味わいながら、昨日の採取と魔物について意見を出し合う。
「僕はいつもより街道から離れて、緊張し過ぎた。みんないるんだし、採取はもう少しがんばりたかったな」
「私も似たようなものよ。ただ、両側に2人がいるから、そのぶん落ち着けたわ」
「角兎なら自分たちで倒せることがわかったし、これからは必要以上に緊張せずに済むんじゃないか?」
「そうね。それにしてもこのクッキー、美味しいわね。どこのお店で買ったの?」
「僕はこんなの初めて食べたよ。サクッと軽くて甘くて止まらないよ……」
「忘れているかもしれなけど、俺は商人でもある。だからちょっとした伝手でね、買えるのですよ」
砂糖やバターが使われるクッキーは、まだ普通にその辺のお店で買えるような商品じゃないらしい。
こっちの世界の人の味の好みなどもわからないから、今度またゆっくりできそうなときに色々聞いてみるか……と考える丸戸だった。
「それで次の予定だけど、希望はある?」
「私は明日でもかまわないわ」
「僕も大丈夫」
「君たち、元気だね……」
こうしてパーティーを組んで4度目の採取に向かった。
行きの道中、おもちゃの安い双眼鏡を出して、用途を説明する。
「わぁ、遠くまで見えるわ。軽くて便利な魔道具ね。あ、馬車が来るわ」
「ほんとだ。これなら見張りのとき、遠くまで見渡せる」
「馬車なんてまったく見えないんだが……元々の視力の違いか?」
双眼鏡は見慣れないデザインらしいが、遠くを見る魔法の道具はあるみたいだ。
丸戸の視力は1・0あるので、現代人なら視力が悪いというほどでもないが、採取の際は丸戸が街道に近いほう、フロストが遠いほうへと配置換えすることにした。
見張りの順番もフロストが一番手、次に丸戸と入れ替わる。
採取場所に着いて早々、フロストが魔物を発見する。かなり遠いので無視することにしたが、魔物の姿が見えるようだ。
急な予定変更は好ましくないが、今は魔物と戦うことも想定した活動なので、帰る数時間前に魔物狩りをすることにした。
休憩で戦闘の際の約束事を確認し、魔物を狩りにいく。
フロストの監視によると、ほとんど角兎だが、黒鹿もいるという。
黒鹿は気性は荒いが、一定の距離に近づかなければ、襲ってこないと講習で聞いた。自分のスペースに入ってきたものを力づくで押し出すようだ。
黒鹿は仮に狩ったとしても持ち帰れないので、角兎を1匹ずつ狩ることにする。
フロストがその辺に落ちている小石を投げ、角兎の注意を引き付ける。
続いてリナが火の玉の魔法を当てる。ダメージはほとんどないが、一瞬怯んだところを、丸戸が脇から槍で突き刺す。
ここで丸戸が外した場合は、フロストがナイフを投げるか、直接ナイフで攻撃するか、そのときの判断で行動する。
最終的には、丸戸に向かってくるように動き、殺傷力のある槍が当たることを願うという作戦。
幸い、隙を突いて脇から槍で刺すという攻撃パターンで仕留められているので、大きな負傷はない。
1匹ずつ確実に倒し、血抜きをするフロスト。作業中にも黒鹿についてどういう手順で倒すか話し合うが、今のところ玉砕覚悟で真正面からやりあうしか打つ手がない。
角兎を探して駆けずり回ったので、疲労の度合いは採取をしているとき以上だった。
それでも角兎を4匹ほど狩り、フロストが持っていた皮袋に収めた。
入りきらない分は縄で縛って担いで帰還する。
荷物は増えたものの、疲れを忘れるほど、満足して帰る丸戸たちであった。
冒険者ギルドへ向かうが、前回のように小さな獲物が1匹程度ならともかく、今回は数が多い。混みあう時間に獲物を担いだまま、中に入るわけにも行かない。
講習会では直接解体場へ向かえということだった。解体場は冒険者ギルドに隣接しており、受付らしきところで話をすると、案内してくれた。
「ほぅ、角兎だけだが4匹も狩ってきたか」と、解体場のおじさん。
「今はこいつらくらいしか、狩れませんから。魔石以外は全部買取をお願いしたいのですが、どれくらい時間かかりますか?」
「そうだな、1時間もかからねえが、明日、お金を取りに来るかい?」
丸戸は今日でも明日でもどっちでも良いと思ったが、他の2人はどうかと顔を見る。
ぶんぶん……と顔を左右に振るので、あとで取りに来ますと告げた。
各種薬草の精算もだいぶ待たされるため、丸戸とフロストは丸戸の部屋へ。リナは自分の宿泊先にいったん戻り、あとで合流する。
「角兎との戦闘でだいぶ汚れたから、フロスト、先にシャワー使えよ」
フロストから高そうな石鹸があるけど、使って良いのかと聞かれる。
シャンプーもあるので用途を説明し、石鹸も使えといって、シャワー室から出た。
そのまま、おすすめ品のチェック。
【キャラメル 60】【ソフトキャンディ 100】【しょうゆラーメン味のスナック菓子 40】
お菓子ばかりだった。
ちなみに昨夜と今朝はこんな感じである。
【ロックアイス 200】【ウーロン茶 60】【木枠の小さな鏡 500】
【ヨーグルトゼリー 150】【Tシャツ水色 500】【Tシャツピンク 500】
使い道を迷うほどでもないので、10点ずつ全部購入してある。
シャワーを浴びたフロストに、サイダーを注いだマグカップを渡すが、今までサイダーを見ていなかったことに気づく。
「好みじゃなかったら、無理して飲まなくてもいいからな」と告げ、丸戸もシャワーを浴びた。
シャワーを終え、丸戸もサイダーをガラスのコップに注ぎ、ベッドのほうに座る。
「シュワシュワして初めは驚いたけど、とても美味しかった。レイ、ありがとう」とフロスト。
どうやら炭酸飲料ははじめてだったらしく、これも特別な伝手なのかと聞かれ、そうだと答える。
丸戸も武器の手入れについて、フロストに聞いた。
フロストは宿に泊まる冒険者の客が武器の手入れをしているのを良く見かけ、お手伝いがてら、手入れ方法を学んだという。
都合の良いときでいいから、武器の手入れの仕方を教えて欲しいと頼むと、フロストは快く引き受けてくれた。
そんなことを話しているうちに、従業員からリナが来たことを伝えられ、お礼を言って部屋をあとにする。
「な……、なんであんたたち、そんなに良い香りさせているのよ!?」
2人とも戦闘で汚れたから、シャワー浴びたと伝えたが、説明不足なようで理解してもらえなかった。
とりあえず冒険者ギルドに行き、採取したぶんと、先ほど買い取ってもらった角兎の報酬を受け取る。
採取は4万8400G。角兎は角が4千G、皮が3200G、肉が2600G。それにとても小さな魔石が1つ。合計で5万8200G、一人当たり1万9400Gの収入となった。
 




