第1話 召喚された者
4月下旬の少し肌寒い夜。紺色のスーツ、左肩に黒色のリュックサックを背負って歩く青年の名前は丸戸怜。現在21歳。専門学校卒業後、中部地方の商業施設で正社員として働いている。
今日もいつものように仕事を終え、最寄駅付近のスーパーで買い物を済ませたところだ。
店から出ると数メートル先に信号機がある。赤信号だったので立ち止まると、右側に水色っぽいジャージを着た、丸戸よりも背の高い男性が、隣に並んだ。
(ゴールデンウィークなのに、仕事でどこにも遊びに行く予定がないというのは悲しいな)
信号が変わるのを待つ間、そんなことを思っていたら、「あっ……うわっ!」と突然、隣にいる男性が叫んだ。
衝突事故になりかけたのか、それともこちらに無灯火の自転車でも突っ込んでくるのかと思い、すぐに周囲を見渡すが、とくに何もない。
しかし、足元にあるはずの地面が、まるでなくなったかのよう。
平衡感覚を失い、一瞬眩い光で明るくなったと思ったら、すぐに視界は何も見えなくなった……
足元や視界の感覚が、数秒後には元に戻った。
(事故? それとも立ちくらみでもしたんだろうか?)
丸戸は無意識にバランスを取ろうと、片方の膝を床に着き、しゃがんだ姿勢。
自分の手足へ視線を送ると、見慣れた紺色のスーツに通勤用の黒いカジュアルなシューズ。身体に痛みはなく、信号で立ち止まっている間に交通事故にあったというわけではなさそうだ。
しかし、目に見える景色が一変していることに気づき、戸惑った。
床は赤い絨毯が敷かれ、チラッと左右を見ると左側はブーツを履いた足が何本か見える。
右隣には水色のジャージを着た男性が両手両膝を床について、かがんだ姿勢になっていた。
「面をあげよ」
数メートル先から、年配の男性の声が聞こえた。
その指示に従い、顔だけを正面に向けると、椅子に座った男性を中心として、左右に何人かが並んで立っている。
ゲームや映画で見るような少し古めかしい印象を与える服や、槍を持ち鎧を着た人々。壁が灰色っぽく、室内は薄暗く感じる。
「我はシンディヤナ国の王、レスリー・グラン・シンディヤナである。勇敢なる者たちよ、よくぞ参られた。我が国は窮地にあり、ぜひ力を貸していただきたい」
中央の大きな椅子に座る、煌びやかな衣装のやや太めな中年の男性が王様らしい。
そのレスリー王の左横に立っていた白髪の細身の男性、この国の宰相ケラム・ウォードが王に続いて話し始める。
宰相の説明によると、シンディヤナ国は森の資源を巡り、東の隣国ジオナゼルと戦争状態にあった。また、森の魔物の群れによる被害も受けている。
このままでは国が衰退し滅びかねない。そこで神聖魔法書を使った英雄召喚により、丸戸たちが召喚されたとのこと。
「突然の異変にさぞ、驚かれたことでしょう。詳しい話は後ほど時間を取りますので、まずはお二人がどれほどの逸材であるかを鑑定をさせていただきます」
宰相が一通り説明を終え、能力を確認するため鑑定が行われる。
(なんだこいつらは? 俺は拉致でもされたのか?)
状況がわからず、目に映る様々な人や物を見て情報を認識するのが精一杯か、頭が働かない。
間もなく神官っぽい服装の男性が近づき、2人に立ち上がるようにいう。
神官はまず右隣の男性、有野浩太に大学ノートを一回り大きくしたサイズの板状の物を見せる。
説明を受けた有野が右手を板の上に置くと、板全体が淡く発光。板には文字が浮かび、それを確認した神官が宰相に板を渡した。
板には以下のような情報が書かれていた。
【名前】 アリノコウタ
【年齢】 19
【職業】 戦士
【スキル】 剣術、火属性魔法強化、風属性魔法強化、光属性魔法強化、身体能力強化、状態異常耐性、言語理解
【ユニークスキル】 威風
「勇者や聖騎士ではなく、ただの戦士なのか?」
「スキルはけっこう充実しているぞ」
「即戦力で使えるのか?」
「ユニークスキルはどんな能力なんだ?」
「もう一人が勇者なのでは?」
宰相の周囲に群がる重臣たちから、色々な感想が伝えられる。
ここは日本の公立高校の体育館ほどの大きさがある部屋だが、数名が鑑定の結果に興奮してしまったのか、声の大きさに気づかないまま話しており、丸戸たちにも聞こえてしまっている。
聞き取れた範囲から想像すると、期待していたほどではなかったようだ。
新たな鑑定具が用意され、丸戸も鑑定を行う。
板状の道具に右手を置くと、ひんやりと冷たく金属っぽい感触。そして身体のへそあたりから腕のほうにグニョンと、何かが動くような感覚があり、先ほどと同様、板が発光した。
板から手を離すとそこに情報が浮かび上がる。
【名前】 マルトレイ
【年齢】 21
【職業】 労働者
【スキル】 算術、接客、料理、目利き、言語理解
【ユニークスキル】 レコメンドシステムセット
神官が宰相の元に向かい鑑定具を渡し、レスリー王と周りの重臣たちに鑑定結果が伝えられる。
「なんだこれは!? ただの平民ではないか?」
「スキルもありふれたものばかりだぞ」
「ユニークスキルは聞いたこともないな」
「まったく戦力にならないぞ」
「召喚されたのではなく、この場所に平民が紛れ込んだだけではないのか?」
想像からかけ離れた結果に、次々と不満な感想が飛び交う。それまで沈黙していた王も口が開く。
「宰相よ、ユニークスキルはどんな能力なのだ?」
「資料の簡易一覧情報によりますと、一人目については戦闘で優位に立つスキルであることが判明しております。ですが二人目のスキルについては該当するものがなく、現時点では職業と他の所有スキルから判断するくらいしかございません」
「宰相はどう判断する?」
「はっ……、おそらく平民が携わるような仕事に関係する能力かと思われます」
「この召喚にどれほどの金がかかっているか、知らぬわけではあるまい。それでもお前たちが強く要望するから任せてみたが、ただの戦士と平民だと!? こんなゴミみたいな奴らはサッサと追い返せ!」
「ははーっ」
レスリー王は怒りを隠すことなく、退室してしまった。
鑑定する直前までは、国の窮地を救うにふさわしい人物が二人も召喚され、王も胸が高鳴った。
ところが一人は微妙、もう一人は大ハズレである。
鑑定の結果に怒りを堪えきれず、退室してしまうのも無理はない。
こんなことなら初めから戦士一人が召喚されただけのほうが、まだマシだったかもしれない。
宰相他、重臣たちはそろって頭を下げ、レスリー王を見送るのであった。