裸足の日比城
日比城結乃は困惑していた。なぜ、自分がこんなところにいるのか。先程まで自分の部屋でソシャゲに勤しんでいたというのに。
彼は胡座をかいたまま、横にしたスマホを両手で持ち、目を丸くして森の中に座っていた。
服装は膝丈の短パンにTシャツ一枚。目尻には覇気がなく、垂れぎみに見える。黒い髪は短く、平均的な身長。そんな男が鬱蒼とした森の中に胡座をかいている。なんとも異様な光景か。
それは彼自身にも十分に分かっていた。
遠くから鳥の囀りが聞こえる。視覚だけでなく聴覚まで森の中である。
地面のゴツゴツさもお尻から伝わってきている。ベッドのふかふかじゃない。
ゲームを一時中断し、とりあえず立ち上がる。
そして、深呼吸。
この澄んだ空気。身体中が冴え渡る少しだけ冷たい空気。体が美味しいと喜んでいるのが分かる。
自分の部屋とは大違いだ。窓を締め切り、こもった空気が空間を支配するあの部屋。いるだけでやる気を削がれる。
間違いない。ここは自分の部屋とは違う。
VRで仮想空間を見せられているわけではない。本当に空間が移動している。
あり得ないがほんの一瞬、瞬きした瞬間にどこかに飛ばされてしまったようである。
どこか肌寒ささえ感じる。どうしてこんな格好の奴を森へ放すのか。決して森に行く格好ではない。
彼は体を擦りながら、辺りを見回す。自分を取り囲む木、木、木。人の気配はない。
「どうすりゃいいってよ……?」
スマホ一つで何ができる。
とりあえず地図検索をするが、思った通りに電波は圏外。スマホはただの薄い箱と化した。電卓くらいしか使えない。
控えめに言って絶体絶命。野垂れ死ぬ運命は確実だ。助けが来ることも絶望的。
そんな彼の孤独を表すかのように、森のどこかからピーヒョロロと鳥の鳴き声が聞こえた。
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日比城結乃は引きこもりの男子高校生である。
引きこもった理由は特にない。ただただ学校に行くのが面倒くさくなったために休んだのがきっかけで、そこからずるずると学校を休み続けて引きこもりに至る。
受験を間近に控えた高校三年生で突如の引きこもり。何とも親泣かせな男である。
どこかの森に飛ばされてしまうのも頷けなくもない。堕落した彼への天罰と言ったところだろうか。
「はぁ……成り行きで引きこもった末が、訳分からんテレポートかよ……。意味分からねぇ」
彼は森を歩きながら、ため息を吐いた。やはり何度考えても意味が分からなかった。
とりあえず動こうと歩き始めたは良いが、理由もなく森を歩いていては、それはただの散歩である。
彼は腰の後ろで手を組みながら、まるで老後のじいさんよろしく辺りを見渡していた。
「にしても、つまんねぇなぁ……」
立ち止まって、歩いてきた道を振り返る。変わり映えしない景色。神秘的な何かがある森という訳でもなく、ただ意味もなく木がたくさん生えた土地というのがしっくり来る。
小動物もそれなりにいるようで、角の生えた兎を道中見かけた。見たことない見た目に最初はビックリしたが、新種の動物かな? とスルーした。
何の変哲もない、寂れた森。神だか宇宙人だか知らないが、自分をここに送り出して一体何がしたかったのか。考える度に頭が痛くなる。
今まで読んだ漫画やら小説やらの展開で行くと、ここは戦いの舞台で、他の参戦者達と殺し合いをすることになる、とか?
仮にそうだとしら、自分は恐らく序盤で死ぬモブ役に値するだろう。主人公君に守られながらも、結局流れ弾に当たって死亡する。
でもな……何となくだけどそんな感じしないんだよな。この森、芯から静かっていうか、どこかで争乱が起こっているとは思えない。
デスゲーム路線は無しと。
というより、
「考えるだけ無駄か。結局、何が起こるかなんて俺に分かるわけないし」
今のところ情報は、ここが森という事しかない。そこから自分の状況を推理しろと言うのもも中々に至難の技だ。
少しでも情報が欲しい。となると今やるべき事は……、
「森を出ること……か。めんどくさ」
森を出るにしろ、今自分が森のどの位置にいるのかが分からなければ意味がない。何か、目印となるものが必要である。
ただ、目印を探そうにも、とても高い木に囲まれており、何か高いものを目印とするのは出来ない。
しかも、霧でもかかっているのか、遠くに何があるのかも全く見えない。
「この森すげぇな。冒険者を迷わせる気満々じゃないか」
しかし、立ち止まっていても仕方がない。子のままここで野垂れ死にするのはごめんだ。行動あるのみ。
正直言うと、靴を履いていないのでもう歩きたくはないのだが、それでも生きるためだ。仕方がない。
何だって家の中から外へ転送するのだろうか。頭おかしいのではないか?
爪の間に土が挟まって気持ち悪い。もしかしたら何よりも今必要なものは靴なのかもしれない。
「人生初の経験だよ、まったく……」
彼は真っ黒くなった足で、静かに歩みを進めた。