プロローグ
──何なんだよ! 畜生っ!
彼は森の中を駆けながら、そんな事を思っていた。
足の筋肉は悲鳴をあげ、息を吸ったり吐いたりする動作もうまくいかない。
それでも、助かるためには、いや、たすけるためには走り続けなければいけなかった。
左手に繋がれた小さな手。彼が一方的に繋ぐその手の先には、一人の少女。力なく虚空を見つめており、彼に引っ張られるようにヨタヨタと小さく走っていた。
あとどれくらい走れば森を抜けられるのだろうか。悲しいことにそれを教えてくれる者はここにはいない。
そもそも、この森に出口なんてあるのだろうか。
体力は吹き出る汗と共に体から消えていくというのに、その不安だけは消えるどころか膨れるばかりである。
不安に駆られれば駆られるほど、立ち止まりたくなってしまう。
自分が今頑張ったところで意味が無いのではないか。
出口はあれど、辿り着く前に力尽きてしまうのではないか。
喉は呼吸のしすぎで乾き、血の味までしてくる始末だ。カサカサの喉を潤す暇もない。
立ち止まったらそのまま血を吐いて死ぬのではないか?そんな恐怖心にも心は締め付けられる。
ただでさえゴツゴツした地面は木の根が所々に張っており、とても足場が悪い。よく見て踏み込まなければ、足を持ってかれて倒れてしまう。
それがまた体力をじわじわと奪っていくのだ。
何事も体力がなくなってくれば、すなわち余裕がなくなってくれば、常人はもうやめてしまいたいという気持ちを強く持つ。
彼も例外ではない。
それでも彼は諦めずに走り続けていた。なぜそう出来ているのかというと、やはりそれは自分のためではなく誰かのために頑張っているから、つまり少女のために走り続けなければいけないという気持ちが強いからだろう。
自分の限界に必死に食らいつく彼に、少女は──多少の息の乱れはあるものの──疲れの色を見せることなくついてきていた。
ただ少女はあくまでも引っ張られて走っているだけで、自分の意思では走ろうとしない。
虚無感に包まれているかのような、年不相応な顔をしながら、ただ手を引かれていた。
まだ鮮明に頭に残るあの景色。それが彼女の感情の起伏を邪魔していた。
まるでその時に取り残されているかのように絶望の感情しか湧いてこない。
鳥や虫や熊や兎、木々の悲鳴が頭の中で何度もループ再生される。それがまた頭の中をぐちゃぐちゃにかき回し、少女の目の前を真っ赤に染める。
ママはどこへ行ったのか。ママに会いたい。
「あぅあ……」
少女がそう口にした瞬間。
「しまっ──! 」
突如握られていた手がグイッと地面へ向かって引っ張られる。途中で手を離されたが時既に遅し。そのまま地面へと両手から倒れる。
何が起こったのかと体をほろいながら立ち上がると、すぐ横で人がうつ伏せに倒れたまま動かなくなっていた。