ギターとあいつと夜桜の花
あの日を思い起こすと、とても不思議な気持ちになる。
私はとある居酒屋で、バイトしている。女子大生で、バンドが好きである。私は、週3回、午後5時から、夜中の1時までの8時間働いている。
小難しい客や嫌な客と向き合いながらも必死に汗水垂らしながら、働いている。店長は、若くて30歳くらいの店長であった。非常に優秀で、お店の売り上げもよく私を可愛いがってくれるなどとにかくいい店長であった。そんな店長の経営するお店に彼はやってきた。ギターを背負ってまるで芸能人のように何気なく入ってくる彼の姿はとてもかっこよかった。
「いらっしゃいませこちらのお席にどうぞ」
私は言う。彼と一瞬目が合った。チャラい金髪のメッシュに肩までのロン毛。ピアスを開けた3人くらいの男達だった。もう1人は髪が青色の男と緑色に染めた男の人である。3人は、バンドをやっているのだろうか。何というか私にとっては苦手意識を持ってしまう。そんな私を青色の男はジロジロ見てくる。
「ご注文は如何なさいますか?」
私はメニューを取ると、男達に何か注文を頼む。男達は、メニューを見ると生ビールとかサワーとかを注文する。また居酒屋らしくお酒の摘みを注文する。ポン酢や、きっとこれから居酒屋で騒ぐのだろうか。私は、そうなる事を想定して身構えてしまった。
「それであの女がよぉ、、、、」
男達は恐らくバンドをやっているバンドマンであろうか、とにかくずっと女絡みの話をずっとしている。ファンの女の子と身体の関係になったとか、私にとってはちょっと苦手な話だ。ファンはバンドマンにお金を渡す。私は所謂バンギャだ。V系とか、インディーズであまり売れてないバンドの追っかけをしたりしながらバイド代は基本的に趣味に使ったり、私はバンドのヴォーカルに万札を投げつけた事もある。
でもいいんだ。その分彼らの資金源になるなら私は全然構わない、そんな軽い気持ちで私はバンドに行っていた。
でもどうしてだろう。私の中では派手なロックでカッコ良さを表現する男より、自分の歌声を駅の外でお客さんに聴かせているシンガーソングライターの方がかっこよく見えた。明日は休みだ。きっとライブに行ける。だからその為に必死にバイトする。居酒屋のバイトは大変だけどとても楽しい。賄いがあるし、何より、若い店長が凄く優しいから。店長と朝の3時まで呑んだ事もある。店長もかなりの音楽好きらしい。
「鈴木ちゃん、あのテーブルのお客さん、生二杯とラムコークそれからハブハイいっぱいずつ。ジョッキは中でお願いね。いらっしゃいませ!!!!!!、
明日、、休みでしょ??何すんの??」
店長が聴いてくる。こうやって仕事の合間に話しかけてくれるけどとても仕事も出来る人だ。奥さんと離婚して今は、独り身らしい。私に気があるかなあなんて思っちゃうけど、決してそんな様子は見られない。本人は今でも離婚した奥さんが忘れられないみたいだ。
「店長、もうわかっているでしょ。ライブですよ。赤坂ブリッツまで行ってきます。もう最高に楽しみにしてたんですから。」
「いいじゃん。その為には今日も頑張って働いてもらわないとなー。」
私以外にバイトは5人。皆、大学生とか短大生とか、中には転職で就活中の元キャリアウーマの人もいる。
男3人、女2人のいかにもな居酒屋だが私はこのバイト先がとても気に入っているのだ。そしてお会計が済んだ時、先程いた3人組の男のお客様達が席を立ち上がった。既に彼らが来てから、2時間くらいは経っただろうか。とにかく、かなり酔っ払っているのが目に見て分かった。金髪の男だけは、酔っていないのかまともであった。金髪の男がまとめて会計を支払った。合計金額は12000円。かなり頼んだなあって感じた。
「お会計が、12000円になります。」
私は、お会計金額を言う。金髪の男は、財布を出す。かっこいい財布だ。ブランド物だろうか、その財布からお金を出した時に一枚のカードが床に落ちた。
「お客様、、大丈夫ですか??」
「悪い、、悪い、すいませんね。」
そのカードを見た時に私はびっくりした。以前私がライブに行った時に、見覚えのあるグループの名前だった。そのグループの名は、「夜桜の花」と書いて、チェリーブロッサムと読める。チェリーブロッサムは、男子3人組のV系バンドだ。とても派手なパフォーマンスで有名だ。いつもライブ終了後に桜の花弁を撒き散らすのだ。彼らの派手なパフォーマンスを私は好んでいた。チェリーブロッサムのヴォーカルの名は、弥と言った。そうだ間違いない。弥だ。私は確信すると、再び金髪の男の顔を見た。金髪の男は、お金を出した。
「あの?もしかしてチェリーブロッサムのボーカルの弥さんですよね?」
「え??そうですけど、、よく知ってますね。うわあ、、全然売れてないし、、街で声かけられるなんて、超嬉しいっすよ。良かったら、明日ライブやるんで来てくださいよ。場所は、、代官山のライブハウスなんすけど、、」
そう言うと弥は、チラシを見せてきた。この代官山のライブハウスは様々なV系バンドが対バンする。勿論ファンならば行きたいのだが、私は残念ながらチェリーブロッサムのファンではないのだ。行きたい気持ちはあるのだが。
「すいません!時間が空いたら是非行かせてください!」
私は社交辞令をしなきゃと思い弥に挨拶をした。生で見るとやはりかっこいい。身長は180センチ、しかもイカリ肩である。男のかっこいい要素を全て兼ね備えている。そんな、弥はお会計を済ますと席へ戻っていった。あの3人の男達は間違いなく、チェリーブロッサムのメンバーだ。青い髪の男がドラムのコウセイ、緑色の髪の男が、ベースのリョウヘイ。
仕事が休みの日、私は、チェリーブロッサムのライブに出かけた。弥はいつもとは違うメイクをしながら派手に歌い散らす。周りのバンギャ達が、激しく歌に合わせて、踊り散らす中、私もノリノリになる。
耳が裂けるような衝撃は、人生で始めて行ったヴィストリップのバンド以来だ。v系はとにかくかっこいい。これでもかというくらいドラム、ベースを掻き鳴らしていく。
チェリーブロッサムの出番曲になった。
その曲の名は、「ギターとあいつと夜桜の花」という名前だ。そして、曲が終わる頃には、ライブ会場に花が吹雪いた。その花びらこそ夜桜だったのだ。