97th BASE
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伊予坂戦も決着です!
翼と真裕の運命や如何に?
七回裏、ツーアウト一塁。二番の夏目が三球目のスライダーを高々と打ち上げる。
「落ちろ!」
「落ちて!」
翼や夏目、更には伊予坂ナインが揃って声を轟かせる先で、打球は一二塁間の後ろに飛んでいく。打った瞬間は面白いコースへ行ったかと思われたが、セカンドの愛が素早く動き出し、あっという間に落下点に入った。
「オーライ」
ボールが落ちてくる。そして無情にも、愛のグラブの中に危なげなく収まる。
「アウト」
電光掲示板のカウントランプが全て消える。この瞬間、亀ヶ崎の勝利が決まった。
(終わっちゃったかあ……)
翼は地面に顔を向けながら立ち上がり、駆け足で整列に向かう。その瞳にはうっすらと雫が光ったが、零れる前に拭き取られた。
「五対一で亀ヶ崎の勝利。ゲーム!」
「ありがとうございました!」
六回までは一対一の接戦。下馬評を覆して粘った伊予坂だったが、最後には力尽きた。対する亀ヶ崎は思わぬ苦戦を強いられたものの、七回に見事な集中打でリードを広げた。
その中で最も光ったのは真裕である。ピッチングでは一失点完投、バッティングでは勝ち越しタイムリー。彼女の活躍は翼の胸に深く刻まれたことだろう。
後片付けと試合後のミーティングが終わり、亀ヶ崎の選手たちは次の試合を観戦してくことになった。皆順々にスタンドへと入っていく中、真裕は一人自販機で飲み物を買う。そんな彼女の元に、ユニフォームから制服に着替えた翼がやってきた。
「あの真裕さん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「あ、翼ちゃん」
翼の目元はうっすらと赤く腫れている。ついさっきまで涙を流していたのだろうか。真裕はそんなことを考えてしまう。
「お疲れ様……」
どう接して良いのか分からなかった真裕は、少し困惑気味に労いの言葉を掛けた。ただ翼本人から沈んだ雰囲気は感じられない。開会式の時と同じように愉しげな表情をしている。それを見た真裕は安堵感を覚えつつ、自らも素に戻る。
「……こちらこそ楽しかったよ。翼ちゃんってば、ほんとに凄かったね。一年生でここまでやれるなんてびっくりしたよ」
「あ、ありがとうございます。えへへ……」
嬉しそうに口元を綻ばせる翼。試合中では見せないようなあどけなさが溢れ出る。やはり彼女は一年生なのだ。真裕は改めてそのことを実感し、一緒になって笑みを零す。
「ふふっ、可愛いなあ……。けど翼ちゃん、一つ聞いても良い?」
「何ですか?」
「私のことを憧れてるって言ってたけど、具体的にどんな部分に憧れてくれたの?」
「どんなところか……。本人を前にして言うのは照れくさいですね」
真裕が質問した途端、翼の頬が急激に赤くなる。それから少しだけ過去を愁いた後、恥ずかしそうに語り出す。
「実は私、中学で野球を辞めようかなって考えてたんです」
「そうなの? 高校に入る前の話?」
「はい。どうしても中学の部活で男子との力の差を痛感してしまって。それで続ける勇気が出なかったんです」
「そうだったんだ……」
心の内で驚く真裕。翼ほどの実力があっても、こういった悩みを抱えていたとは思いも依らなかった。
「でもそんな考えを変えてくれたのが真裕さんたちでした。真裕さんたちの活躍する姿を見て、私のような女の子でもちゃんと野球をできるんだって、熱い試合ができるんだって思ったんです。だから高校でも野球を続けようって決心ができました」
「そうだったんだ……。自分から聞いといてなんだけど、面と向かってそんなこと言われるのは照れちゃうな」
「はい。私も恥ずかしいです……」
真裕と翼は揃って背中にむず痒さを感じる。しかし相手に悟られるわけにはいかず、互いにはにかんで誤魔化した。それから少し間を置くと、再び翼が話し始める。
「真裕さんって、ほんとに凄い人だなって思います。今日対戦してみて、それをより感じました」
「え? どういうこと?」
「真裕さんには見ている人を惹きつけるというか、心を動かす力があるんだと思います。実際私が心を動かされましたし、他にも動かれた人は多いはずです」
「そ、そうかなあ。そりゃそう言ってもらえるのは嬉しいけど……」
腕組みをして首を傾げる真裕。周りからももう何度か言われているが、こういうことは本人では気付けないものだ。
「そうですよ。だから私は真裕さんみたいな選手になりたいんです。私みたいに男女の差で悩んだり、野球が男の子のスポーツってレッテルに苦しんだりしてる選手はたくさんいます。そういう人たちに勇気を与えられるようになりたいんです。それが今の目標です」
「そっか。凄く良いと思う。寧ろ私の方が憧れちゃうよ」
「ほ、ほんとですか? それは嬉しいけん。……あっ」
翼が咄嗟に手で口を覆う。その姿がとても愛おしく、真裕は思わず撫で回したく衝動に駆られたが、どうにか堪えた。
「ふふっ、翼ちゃんの方言って可愛いね。もっと聞いていたいな」
「そ、それは勘弁してください……」
「えー。それは残念。……あっ、そろそろ行かなくちゃ試合が始まっちゃう。また来年会えるのを楽しみにしてるよ」
「はい。こちらこそ楽しみにしてます! ありがとうございました」
深々とお辞儀をする翼。真裕も軽く会釈をしてから、スタンドへ駆けていった。
「来年か……。次は私が勝つけん」
真裕の背中を見守りながら、翼はそう呟く。ちょうどその時、木陰から一人の少女が彼女の方へと歩いてくる。
「ん?」
翼は少女を見やる。すると向こうも翼に気付き、持っていたスマホを仕舞って足を止める。その少女の正体は春歌だった。
「お、あんたって瑞沢春歌よな。亀ヶ崎の一年生の」
「え? そ、そうだけど、よく知ってるね」
先に翼から声を掛ける。春歌は自分のことが知られているとは思っておらず、若干たじろいだ。
「もちろん知っとるよ。亀ヶ崎のことならとことん調べたけんね。あんたとも対戦したかったんよ」
「そ、そりゃどうも……。でも残念だけど私は控えだから」
「いやいや、亀ヶ崎で一年からベンチに入ること自体凄いんよ。来年は絶対対戦しよ!」
真裕の時とは打って変わって、翼は砕けた口調になる。春歌はその勢いに押されつつ、努めて淡々と話す。
「できたらね。もしも対戦することになったらよろしく」
「うん。その時は私が勝つけん。楽しみにしとるよ。……そだ、連絡先教えて」
「私の?」
「他に誰もおらへんよ。ここで会ったのも何かの縁やし、いけん?」
「……別に良いけど」
二人はスマホを取り出し、連絡先を交換する。翼はメッセージアプリの友達欄に春歌が追加されたのを確認すると、彼女にみかんをモチーフにしたご当地キャラのスタンプを送った。
「ありがとう。ほんじゃ私は行くけん。二回戦からも頑張ってな。優勝してよ」
「ああ……、分かった」
翼が小走りでチームメイトのところへ帰っていく。一人残された春歌は、ふと顔を上げて空を見る。
「男に負けないくらい熱い戦いができる……か。そんなこと言えるのは、あんたらみたいに才能がある人だけだよ」
試合前に上空で張っていた雲は、既に跡形も無くなっている。そのため陽射しが眩しく、春歌は思わずきつく両目を瞑った。
See you next base……




