91st BASE
お読みいただきありがとうございます。
本日は四連休の最終日。
……ですが、やることがないので家で大人しくすることにします。
「ごめん、私がもっと弾くのを小さくできていれば。脇が甘かった」
優築がマウンドに駆け寄り、真裕に謝る。クールな彼女にしては珍しく、ショックが表情に分かりやすく表れていた。
「謝らないでください。優築さんがああやって止めてくれるから、私は思い切ってスライダーが投げられるんですよ。私も無警戒でしたし、今回は翼ちゃんに一杯食わされましたね。ここは一旦二人とも落ち着いて、仕切り直しましょう!」
「……そうね。追い付かれたならまた点を取れば良い。そのために何としても同点で留めておかないとね」
真裕に励まされ、優築の口元が僅かに緩む。先制点を守り切るということはできなかったが、逆転されたわけではない。またここから建て直せば勝機は十二分にある。
(ありがとう真裕。貴方に信頼されていて嬉しい。それを崩さないように、どっしり構えてプレーしなくてはね)
優築は自分のポジションに戻り、マスクを被り直す。因みに今の一球で三振となった樋口だったが、クロスプレーの間に振り逃げに成功していた。
《六番ファースト、高浜さん》
ワンナウトランナー一塁からのリスタート。つまりまだ伊予坂のチャンスは続いている。
(理想はゲッツー。ただ焦っては駄目。一つ一つアウトを増やしていけば良い)
守る側としては併殺を取り、一気にチェンジと行きたいところ。ただそんなに上手くはいかない。優築は欲張らず、まずは高浜を打ち取ることを最優先する。
初球は外角低めの直球。高浜はスイングしていったが、バットには当たらない。
(よしよし。真裕も全然気落ちしていない。これなら大丈夫だ)
優築が手応えを感じる中での二球目。真裕は同じコースにツーシームを投じる。
すると高浜はバントを仕掛けてきた。ところが転がすことはできず、優築の左後方に小飛球が上がる。
「オーライ!」
優築は一目散に反応し、落下地点を見定めて跳び付く。ボールはしっかりとミットの中に収まった。
「おっしゃ! 流石優築さん!」
真裕はグラブを叩いて拍手を送る。優築のナイスキャッチでランナーを進めさせることなくツーアウト目を取った。
《七番レフト、宮澤さん》
続いて宮澤が打席に立つ。彼女を抑えて、最終回の攻撃に繋げたい。
その初球、真裕はインコースのストレートでストライクを取る。宮澤も他の選手と同様、ややタイミングの遅れた見逃し方をしている。
二球目のカーブが低めに外れ、次が三球目。真裕はアウトローに直球を投じる。宮澤はボールと判断して見送ったものの、球審はストライクをコール。ワンボールツーストライクとバッテリーが追い込んだ。
(おし。後はスライダーで打ち取れる。さあ優築さん、サインを下さい!)
(真裕、それでも貴方はスライダーを投げさせろと言うのね。……そうこなくちゃ!)
真裕と優築、二人の意思が疎通する。真裕はランナーを確認してセットポジションに入ると、深呼吸を一つ入れてから四球目を投げる。
スライダーが真ん中低めから鋭く曲がっていく。宮澤はついバットを出してしまい空振りを喫した。ただまたもやワンバウンドとなり、優築は胸の辺りで止めて前へと弾く。
宮澤はすかさず走り出して振り逃げを狙う。しかし優築は落ち着いていた。転がったボールを冷静に拾い上げ、一塁へと送球。悠々アウトにした。
「ふう……。ナイスピッチ!」
優築はほんの僅かにほっとしたような吐息を漏らしたが、すぐにいつもの締まった顔付きに戻り、真裕に声を掛ける。本盗を許したショックは振り払えたみたいだ。
試合は最終回へ。亀ヶ崎は円陣を組み、攻撃に向けて士気を高める。
「さっきの回にやっとこさの一点を取れたことで、勝ったつもりになってた人が多かったかもしれないね。正直私もその中の一人だった。……やっぱり油断は良くないね」
主将の杏玖が曇った表情で唇を噛みしめる。だが彼女は俯くことはない。前を向き、仲間たちを鼓舞する。
「でもこれでこそ夏大だ。一点のみで守ろうなんて考えは通用しない。同点に追い付かれたわけだから、この回でどうしても勝ち越さなきゃならない。それも一点じゃ駄目だ。複数点を取って、一気に勝負を決めるよ!」
「おー!」
円陣が解け、七回表が始まる。六番の逢依、七番の愛と続く攻撃。二人の“あい”がチャンスを作ることができるか。
「ルーあい、絶対塁に出なよ。私が進めてあげるからさ」
「もちろんそのつもり。私が勝ち越しのホームを踏んでやる」
「おお、良い心意気じゃん。ではダブル“あい”で得点大作戦、頑張るぞー!」
勢い良く左拳を突き上げる愛。一方の逢依はその姿を無表情で見守っていた。
「ちょっとルーあい! 付いてきてよ!」
「ふっ……。私はそういう柄じゃないから。とりあえず塁には出てくるからよろしく」
逢依は愛に後ろ手を振り、打席へと向かう。その頬はほんのり赤らんでおり、心なしか口角も上がっていた。
(こうやって愛と話してから打席に臨めるのは、結構嬉しいんだよね。本人に話したら調子に乗るから言わないけど。それができるのももう数えるくらいしかない。できる限り長く。そのためには勝ち進むしかないんだ)
伊予坂の方は継投に入った。石川からサウスポーの実篤にスイッチ。投球練習を見る限り変化球を軸とする軟投派の投手のようだ。
「さあ実さん、三人で抑えましょう!」
翼は溌剌とした声で実篤に檄を飛ばし、マスクを被って座る。初球、彼女は外から入ってくるカーブを要求する。
「ボール」
実篤は外角低めの際どいコースに投げ込んだが、ストライクとはならなかった。けれども腕はしっかり振れており、過度な緊張はしていないみたいだ。
二球目は一転してインコースへのストレートを投じる。今度はストライク。逢依は二球ともじっくりと見送った。
(真っ直ぐの速さは石川とそんなに変わらない。けど初球のカーブは変化も大きいし厄介だな。そういう球を打っていかなきゃ、得点への道は拓かれない)
三球目、実篤は再びカーブを投じる。打ちに出た逢依だったが、縦に大きく割れるような変化に付いていけず、空振りを喫する。
(これだけの変化量だと一筋縄では捉えられないな。このカーブを続けられるのは嫌だな。ツーストライクだし、他に決め球があるんだろうか)
決め球かどうかは分からないが、実篤はおそらくもう一つくらい変化球を持っているだろう。逢依はそれが何なのか確かめたかった。
けれども捕手というのは、打者の嫌がることをやろうとするもの。もちろん翼も例外ではない。ここで逢依が何を嫌がっているのか、彼女はあっさり見抜いていた。
(一球目のタイミングの取り方も、三球目の空振りも全く合っとらんかった。敢えて他の変化球を使う理由は無いけん、ここもカーブで行くべきやね)
翼の出したサインに実篤が頷き、四球目を投じる。外角高めから弧を描いて落ちていくカーブ。逢依は何とかカットしようとする。
「スイング。バッターアウト」
しかしバットには当てられず、三振に倒れる。一人目の“あい”は出塁できなかった。
See you next base……




