8th BASE
お読みいただきありがとうございます。
先日、母が仕事中に足の小指を骨折してしまいました。
幸い大事には至らず、手術を経て一日で退院できましたが、一か月ほどは松葉杖生活になるそうです……。
こういったことは本当にいきなり起こることなので、皆さんも注意してください。
四月も終盤に差し掛かり、今日のように蒸し暑さを感じさせる日も出てきた。グラウンドでは、真裕たち女子野球部が輪を作り、試合に先発出場するメンバーを発表している。主将の杏玖が名前を読み上げていくのに対し、各選手が気合の籠った返事をする。
「一番ライト紗愛蘭!」
「はい!」
「二番ショート京子!」
「はい!」
本日は毎年恒例の男子野球部一年生との練習試合が行われる。春歌たち新入部員を迎えての初陣ということもあり、皆普段以上に張り切っているみたいだ。
「九番ピッチャー真裕!」
真裕、京子、紗愛蘭の三人は揃ってスターティングメンバーに名を連ねた。“先輩”になって初めて臨む試合で、一体どのようなプレーを見せるのか。要注目である。
「真裕先輩、調子はどうですか?」
試合開始直前、投球練習を終えてベンチに戻ってきた真裕に春歌が声を掛ける。
「ばっちり。良いとこ見せないとね。へへ」
真裕は右手の親指を立ててみせる。今日も楽しもうという意気込みの表れだ。
「集合!」
「はい!」
球審の号令に導かれ、両チームの選手が整列に駆ける。男子野球部の新入生は二〇人を越し、列の長さは女子野球部とほとんど変わらない。野球人口の男女比を如実に物語っている。
「ただいまより、女子野球部対男子野球部一年生との試合を始めます。礼!」
「よろしくお願いします!」
女子野球部は後攻のため、挨拶を済ませたスタメンの選手たちはそれぞれの守備位置へと散っていく。そしてマウンドには、先発投手を務める真裕が立つ。
(二年生になって最初の試合。つまりは夏大へ向けての大事な再出発点。無様な投球は絶対にできないよ)
真裕はプレートを踏み、顔を上げてホームを見る。瞬時に彼女の目元が引き締まり、臨戦態勢となった。
「バッターラップ」
球審に促され、男子野球部のトップバッターである曽根が右打席に入る。平均的な男子学生よりもやや小柄だが、女子野球に当てはめると見方は一転。パンチ力のありそうな打者となる。
「プレイ!」
試合が始まった。キャッチャーの優築は真裕とサイン交換を行う。
(新入生が見ている中での最初の一球。狙われていてもヤマを張られていても、やっぱりストレートを投げないとね)
(はい、もちろんそのつもりです。押し込んでやりますよ)
頷いた真裕が投球モーションを起こす。振りかぶって高く掲げられたグラブと太陽が重なり、より鮮やかなオレンジ色を生み出す。
(……さあ、行こう!)
二年生になっての第一球目。真裕は血沸き肉躍りながら、右腕を思い切り振った。
勢いのある直球がホームに向かって進んでいく。コースは真ん中やや低め。曽根はバットを強振して打って出る。
「ピッチャー!」
「うわっと!」
強烈なライナーが真裕を襲う。しかし彼女は咄嗟にグラブを出し、顔の前で掴んだ。
「ふう……。危ない危ない」
「おお! 真裕先輩ナイスキャッチ!」
ほっと一息つく真裕に、ベンチで見ていた春歌が拍手を送る。いきなりヒットが飛び出すかと思われたが、真裕は自らの好フィーディングでアウトに変えた。
「よろしくお願いします!」
続いて二番の山尾が左打席に向かう。とにもかくにも亀ヶ崎バッテリーはワンナウト目を取れた。ここからは落ち着いて配球を組み立てていきたい。
(真裕の投げたボールにも球威はあった。なのにきっちり捉えられた。一年生の中でとはいえ、一番を任せられるだけのことはある。真っ直ぐを軸にするリードは変えないけれど、力で押すのではなく丁寧にコーナーワークを用いていかないと)
山尾への初球も、優築はストレートのサインを出す。ただし外角低めにミットを構えてコースも指定する。
(流石にのっけからあんな当たりをされておいて、力任せには行くわけにはいかないか。まあ向きになって自分のピッチングを見失ったら元も子もないしね。私は二年生になったんだ。それなりに大人の投球をしなくちゃ)
真裕が山尾に一球目を投じる。優築の要求通り、ストレートがアウトローに決まる。山尾はスイングすることなく見送った。
「ストライク」
二球目は低めに沈んでいくカーブ。山尾は打ち返すも、バットの下に引っ掛けて一塁線へのファールとなる。
(簡単にツーストライクを取れた。遊び球を入れて相手に余裕を与える必要は無い。次の球で打ち取りにいこう)
(分かりました)
バッテリーの選択は三球勝負。真裕はグラブの中でボールの握りを調整し、投球動作を起こす。
三球目。真裕の投球はインコース低めに向かって直進する。このまま見逃せばストライクになるため、山尾はバットを出さざるを得ない。
(ん……?)
ところがボールは山尾の膝元で突如曲がり出し、彼に向かって斜め下へと滑っていく。山尾は必死に追いかけようとするも、バットは虚しく空を切った。
「バッターアウト」
「おし」
山尾を空振り三振に仕留め、真裕は小さく拳を握る。最後の球種はスライダー。真裕のウイニングショットである。昨年の夏大後に兄の飛翔から伝授され、現在は彼女用に改良を施しながら使っている。
「ショート」
「オーライ」
三番の羽嶋は二球目を詰まらせてショートゴロに打ち取る。真裕は三者凡退で初回を締め、好調な滑り出しとなった。
See you next base……
STARTING LINE UP
1.踽々莉 紗愛蘭 右/左 ライト
2.陽田 京子 右/左 ショート
3.外羽 杏玖 右/右 サード
4.紅峰 珠音 右/右 ファースト
5.琉垣 逢依 右/右 レフト
6.増川 洋子 右/右 センター
7.柳瀬 真裕 右/右 ピッチャー
8.桐生 優築 右/右 キャッチャー
9.江岬 愛 右/左 セカンド