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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第七章 また、始まる
88/223

86th BASE

お読みいただきありがとうございます。


昨日は七夕でしたね。

短冊に書いた願いは亀ヶ崎の優勝。

叶うと良いなあ。


《四番ファースト、紅峰さん》


 名前がコールされ、スタンドからは拍手が鳴る。それだけ珠音がどんな打者なのか知っている観客が多いということだ。しかし当の珠音はそんなこと意に介していない。マイペースな足取りでネクストバッターズサークルから打席へと歩を進める。


(自分の目の前の打者が敬遠されるなんて、これまで何年も野球やってて初めての経験だよ。止むを得ない事情があると言っても、やっぱり思うところがあるよね。私は四番。ここで打たないでいつ打つんだ!)


 静かに闘志を燃やす珠音。元々凄まじい打撃力を発揮していた彼女だが、今年は更なる成長を遂げて夏大を迎えた。

 一番大きく変わった部分は、主砲としての自覚が芽生えたことである。以前までの彼女はそこまで感情を滾らせることなく、ほぼ気まぐれに近い感覚で野球をやっていた。しかし去年の夏大での出来事がきっかけで勝利に対して貪欲になり、チームを勝たせるためのバッティングを意識するようになった。


 今となっては押しも押されもせぬ不動の四番打者。当然ここでも試合を決める一打が大いに期待される。


(この場面でボールから入りたい投手なんていない。直球も変化球もこれまででほぼ見切った。良い球が来たら迷わず振っていく)

(紅峰さんは間違いなく初球から狙ってくる。躱そうとして躱せる相手じゃない。私たちの全身全霊をぶつけて、真っ向勝負を挑んでやるけん!)


 翼はインローのストレートから入ることにする。石川は頷くと、余計な間は作らずにセットポジションから一球目を投じる。


「ストライク」


 投球はサイン通りのコースへ行った。珠音はスイングせずに見逃す。


(いきなりそこに投げてくるかあ。躱すイメージの強いピッチャーだけど、ここはちょっと違うみたい。もしかしたら次も同じような球だったりするのかな?)


 ボールがミットに収まった後、珠音は一旦打席を外し、口を僅かに開いて驚いた表情を見せる。どうやら虚を衝かれた初球だったみたいだ。一方の伊予坂バッテリーにとって納得の入りとなった。この調子で後の配球を考えていきたい。


(石川さん、ナイスボールです。もう一球同じやつお願いします)

(もう一球? 結構厳しい要求してくるね。けどそうでもしないと抑えられない。それを分かってて翼はリードしてるんだ)


 この状況で打者の近くを攻めるのはかなり勇気がいる。精神的な消耗も激しい。二球連続で投げるとなれば尚のことだ。

 それでも石川は首を縦に振る。珠音を抑えるにはこの攻め方が最適な選択だと信じていているから。


 石川は一度三塁ランナーに目をやった後、二球目を投じる。しかし狙ったコースからは大きく外れた。投球は珠音の顔の前を掠める。


「おっと……」


 珠音は顔を僅かに後ろへ引いて避ける。制球力に定評のある石川だが、二球続けて内角にストライクを入れるのはやはり難しい。


(大丈夫。これでええんです。逃げた投球やないですし、攻めた結果ですから。それに珠音さんの体も動かせました)


 翼は軽く頷く仕草をしながら返球する。彼女としてはボールになるのは想定内。寧ろこの一球で珠音は組み立てが読み辛くなった。


(強気だねえ。これなら今後もこういう球を続けてくる可能性はある。ただ流石に次は外でしょう。おそらくスライダー辺りかな)


 珠音は外角に目を付ける。三球目、読み通り石川は真ん中から逃げていく変化球を投じてきた。けれども球種はスライダーではなくカーブ。想像よりもブレーキが掛かっており、珠音は打ち返すも芯で捉えられない。


「ファール」


 三塁線を速いゴロが襲ったが、フェアゾーンからは程遠い。伊予坂バッテリーが巧みにファールを打たせ、珠音を追い込む。


(ここまではほぼ思った通り。石川さん、もう限界のはずなのに本当によくやってくれとる。とはいってもここから少しでも長引けば、それだけ不利になってく。余計な球は要らんけん、カウントが有利の内に決着を付ける)


 四球目、翼はフォークを要求し、ミットで地面を軽く叩いて指示を出す。石川もそれに応えてベース手前から落ちるように投じた。ところが珠音は予め警戒しており、ほとんど反応することなく見極める。


(むう……。ちょっと正直に行き過ぎたか。でもまだ勝負できるけん、次は……)


 翼がサインを出す。少し間が空いたものの、石川は一発で了承する。対する珠音は自分の頭の中を整理していた。


(前の二球はセオリーに沿ってた。追い込まれてるしどのボールにも対応しなきゃいけないんだけど、これ来たらってものは一つ持っておきたい。どれにしようか……)


 石川がセットポジションに入る。今回はすぐには投げず、心身の波長が整うまで待つ。時間にして約十二秒。見ている者の多くが息を詰まらせる中、石川は徐に投球動作を起こし、力強く右腕を振った。


 投球は珠音の膝元へ真っ直ぐ進む。初球と同じような一球だ。伊予坂バッテリーは意表を突いた。……かに思われた。


(……やっぱり来ると思ってたよ。打つ!)


 珠音が狙っていたのもこの球だったのだ。彼女は腕を畳んで引っ張り込む。快音を残し、火の出るような打球を放つ。


「あ!」


 石川と翼は心臓が止まるような思いをしながら打球を追う。外野へと抜ければ亀ヶ崎に待望の先制点が入る。


「うわっ!」


 ところが飛んだ先は奇しくもサードの真正面だった。中島は勢いに押されてへっぴり腰で受け止める。捕ったのか偶々グラブに収まったのか分からないような体勢になりながらも、彼女はボールをグラブの中に収めた。


「ぐえっ!」

「中島、バックホーム!」

「え? あ、うん!」


 あまりの衝撃に一瞬頭が真っ白になった中島だが、石川の叫び声に導かれてホームに投じる。無我夢中だったことが幸いしたのか、翼の胸の前に素晴らしい送球が行った。


「アウト」

「翼、ファーストも!」

「はい!」


 翼はホームベースを踏みながら捕球し、瞬時に握り替えて一塁に投げる。珠音も全力疾走したものの、翼の鋭い送球には敵わない。


「アウト!」


 まさかのホームゲッツー。点が入らなかった上に、一気に二つのアウトが灯った。



See you next base……


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