80th BASE
お読みいただきありがとうございます。
プロ野球が今週の金曜日に開幕します。
坂本選手や大城選手がコロナに感染してしまったのは残念ですが、それを乗り越えて今年も熱い戦いを見せてくれることでしょう。
洋子への二球目、伊予坂バッテリーは外角の直球を続けてきた。洋子は手元まで引き寄せ、右方向へと低いライナーを打ち返す。
「おお!」
亀ヶ崎ベンチから歓声が上がる。ところが飛んだ先はセカンド正岡のほぼ正面だった。
「アウト」
正岡は二、三歩左に動いて打球をキャッチ。セカンドライナーでツーアウトとなった。
(おしおし、二人とも上手く抑えられたけん。昨日までにさいさいビデオを見返した甲斐があったみたいやね)
思い通りに事が運び、しめしめと悦に入る翼。だが次の打者はそう簡単に行かないぞ。
「よろしくお願いします」
打順は三番の紗愛蘭に回る。彼女は左打席へと入る前に、ヘルメットを取って球審に深くお辞儀をする。
(おお! 踽々莉紗愛蘭さんが目の前でバットを構えとる。それに今年も懇切丁寧な態度は変わらんのよね。素晴らしいわ)
翼にとって紗愛蘭は憧れの存在。間近で見ることができ、興奮を覚えないわけがない。
(さてさて、喜ぶのはこれくらいにして落ち着かんと。紗愛蘭さんは全てのコースに苦も無く合わせてくる。こういう人には変に小細工するよりも、あんまし考えず正攻法で行く方がええ結果が出るもんよ)
初球は低めのストレート。紗愛蘭は打ち返すも芯で捉えることはできず、打球はバックネットに直撃する。
(流石紗愛蘭さん。一球目からタイミングバッチリ。なら次はそれを狂わせんと)
二球目。翼はカーブを要求した。石川の投球は真ん中から内角低めへと沈んでいく。紗愛蘭は打ちにいかずに見送る。
「ストライクツー」
紗愛蘭は追い込まれた。しかしここであっさり打ち取られないのが、彼女が好打者たる所以である。
(ツーストライクだからといって無理に打ち取りにいかないようにせんと。対戦は四打席あるんやし、そこも考えないとあかん)
三球目、バッテリーはインハイの速球で紗愛蘭の体を起こしにかかる。けれども彼女は過度に反応せず、悠然と足を引くだけだった。
これでボールが一つ増えたものの、まだバッテリーが有利なカウントだ。リードする翼にも焦りは無い。
(今のは結構危ない球だったのに、澄ました顔で避けられた。きちっとボールが見えとる証拠やね。ここはまだランナーもいないからヒットを打たれても割り切れるし、こっちはできることをやらんと)
翼がサインを出す。石川はすぐに頷くと、ワインドアップから四球目を投じる。
外のボールゾーンへ抜けたような投球が行く。ここからベースの手間で曲がり出し、中に入ってくるカーブだった。
(これはストライクになるか? ちょっと微妙だけど、手を出さないわけにはいかない)
紗愛蘭は腕を伸ばし、アウトローに来たところをバットの芯で拾って弾き返す。左中間に高々とフライが上がる。
しかし打球に伸びが出ない。やや強引なバッティングとなってしまったため、上手に力が伝わらなかった。
「オーライ」
レフトの宮沢が落下点に入って捕球する。これでスリーアウト。チェンジとなる。
(しまった。スイングの直前に少し迷ったせいで当てにいくような打ち方になっちゃった。それにしても翼ちゃん、私たちに対して三者三様のリードをしていた気がする。こっちのことを相当調べてるのかな。だとするとかなり厄介なことになりそう)
一塁ベースを回ったところで紗愛蘭は足を緩め、ベンチへと引き返す。一方の翼はマスクを外し、若干の安堵感を漂わせた。
(ラッキー。打ち上げてくれて助かった。紗愛蘭さんでもあれを捉えるのは難しいよね。ひとまず初回を切り抜けられて良かった)
翼の巧みな配球が功を奏し、一回表の亀ヶ崎は三者凡退に終わった。攻守代わって一回裏、真裕がマウンドへと向かう。
(初回は無得点か。翼ちゃんはどっしり構えて守ってた印象だし、ひょっとするとそんなに点数は取れないかも。でもそこはあんまり関係無い。私は私のピッチングをするんだ)
プレートの端に置かれた白球を拾い、真裕は足元を均す。それから一球一球感触を確かめるように、投球練習を済ませた。
《一回裏、伊予坂高校の攻撃は、一番セカンド、正岡さん》
正岡が右打席に入り、一回裏が始まる。真裕はロジンバックを指先にほんの少しだけ付けると、優築のサインを覗う体勢になる。
(大事な大事な初球。しっかり腕を振ろう)
出されたサインは低めへのストレート。真裕は泰然と頷いて大きく振りかぶる。高々と掲げられたオレンジのグラブが、雲の合間から見えた太陽の光に鮮やかに照らされる。
夏の一球目。真裕は優築のミットに向かって右腕を振り抜いた。
「ストライク」
直球が真ん中低めに決まった。正岡のバットは動かず。真裕がストライクを先行させる。
「ナイスボール」
「はい!」
優築から返球を受け取った真裕の頬に、小さな靨ができる。本人も手応えありの一球目だったみたいだ。
(よし。最初としては良い感じかな。どんどんギアを上げていくよ)
二球目もストレートを続ける。高めだったので正岡はスイングしていったが、振り遅れてバットは空を切る。
(速い……。というか勢いがある。これがトップクラスの投手のボールなのか)
正岡は口を丸くして呆気に取られる。驚くのは早い。真裕の力はこんなものではない。
(真っ直ぐにかなり差し込まれてる。この調子だとミートできないでしょう。慎重になる必要は無い。三球勝負で方を付ける)
(はい。私もそのつもりです)
優築は三球連続で直球を要求し、正岡の膝元にミットを構える。真裕は阿吽の呼吸で首を縦に振ると、テンポ良く三球目を投じる。
投球は内角低め一杯を真っ直ぐ貫く。正岡は打ちたいと思ったものの反応が追い付かず、バットを出せぬまま見送った。
「ストライクスリー! バッターアウト」
「うわ……、手が出んかった」
球審が大きなジェスチャーと共に三振をコール。正岡は唇を噛み、参ったという表情で打席を後にする。
「ナイスピッチ!」
「ありがとう。ワンナウト」
ショートの京子からの声に、嬉しそうに応答する真裕。正岡を三球で仕留め、今夏一つ目のアウトをすんなり取った。
《二番セカンド、夏目さん》
正岡と入れ替わるように、二番の夏目が右打席に立つ。それに伴って次打者の翼がネクストバッターズサークルに入った。
(あの真裕さんの投球を肌で体感できるなんて楽しみだなあ。間近で見たらどんな球を投げてるんやろ。早く打ちたいけん)
翼が期待の眼差しを向ける中、真裕は夏目への一球目を投じる。アウトコースへのストレートがストライクとなる。
(ネクストから見る限りでも球が走っとるのが分かる。しっかりボールが指に掛かっとるってことやんね)
二球目。真裕は直球を続ける。コースは一転して内角。夏目は打って出たが、球威に押されて詰まったバッティングになる。
「セカン」
「オーライ」
力の無いゴロが一二塁間に転がる。セカンドの愛が余裕を持って捌き、難なくアウトにした。
そして、翼の初打席を迎える。
See you next base……
PLAYERFILE.26:零原翼(れいはら・つばさ)
学年:高校一年生
誕生日:5/1
投/打:右/左
守備位置:捕手
身長/体重:153/51
好きな食べ物:みかん、鯛めし




