79th BASE
昨日から夏の全国高校女子野球大会が開幕した。一日目にして熱戦に次ぐ熱戦が繰り広げられ、早くも大いに盛り上がっている。
前年優勝校の奥州大付属は初戦から苦しい戦いを強いられた。京都の名門、右京高校に序盤で先制を許すと、追い付いては勝ち越され追い付いては勝ち越されの連続。それでも終盤に逆転し、そのリードを守り切った。
この試合で舞泉は登板せず。打者のみの出場ではあったものの、二本の長打を放って勝利に貢献した。
一方準優勝校の楽師館は五回コールドの圧勝。万里香も猛打賞に三打点と大暴れだった。
《先攻の亀ヶ崎高校は、先にノックを始めてください》
そして真裕たち亀ヶ崎女子野球部は、今日の第一試合が一回戦となる。相手は愛媛の伊予坂高校。はっきり言って実績のあるチームでは無いので、焦らず自分たちのプレーを心掛けて確実に白星を掴みたい。
上空には薄い雲が漂っている。しかし天気予報に寄れば、昼から晴れてくるそうだ。
「ショート、ゲッツー!」
「オーライ!」
亀ヶ崎の選手たちは気合十分と言った様子で試合前のノックに取り組んでいる。先発投手を務める真裕も、ブルペンで熱の籠ったピッチングを行っている。
「アウトローに真っ直ぐ行きます!」
真裕の投じた直球が、右打者の外角低めを貫く。優築のミットからは快い音が鳴った。
この日に合わせてばっちり調整してきた。肩は軽過ぎず重過ぎず、気持ちも浮ついていない。足がしっかりと地に付いている。
(ストレートも変化球もいつも通り投げられてる。これなら良い感じに試合に入れそう。そういえば翼ちゃんは試合に出るのかな? 一応背番号は貰ってたみたいだけど……)
真裕は一塁側に陣取る伊予坂ベンチをふと見やる。だがそこに零原翼はいなかった。彼女の姿はブルペンにあったのだ。
「ストライク! ナイスボールです!」
翼の甲高い声が響く。ブルペンにいるといっても、投手をしているわけではない。彼女はプロテクターとレガースを身に付け、捕手をやっていた。
(へえ……。翼ちゃんのポジションはキャッチャーだったんだ。でも今ブルペンで受けてるってことはスタメン? だとしたら凄い)
真裕は期待を膨らませながら投球練習を再開する。それと同時に、両チームのスターティングメンバーが発表される。
《先攻の亀ヶ崎高校のスターティングメンバーは、一番ショート、陽田さん。二番センター、増川さん》
亀ヶ崎は春から継続的に試してきたオーダーで挑む。九番打者に真裕がコールされ、アナウンスは伊予坂に移った。
《続きまして、後攻の伊予坂高校のスターティングメンバーは、一番セカンド、正岡さん。二番レフト、夏目さん。三番キャッチャー、零原さん》
「え!?」
衝撃のアナウンスだった。あまりの驚き具合に、次の一球を投げようと足を上げていた真裕は体勢を崩す。にわかには信じ難く、一瞬聞き間違いかとも思ったが、そんなことはない。
(今、確かに三番零原さんって言ったよね。嘘でしょ。翼ちゃんってスタメンどころかクリーンナップなの!?)
一年生にして捕手と三番で起用された翼。いくらそこまで前評判の高くないという高校とはいえ、こんなことはほとんどない。果たして翼の実力や如何に……。
「ただいまより、亀ヶ崎高校対伊予坂高校の試合を始めます。礼!」
「よろしくお願いします」
試合開始の時刻となった。球場にサイレンが轟く中、後攻の伊予坂の選手たちが守備位置に散っていく。
「さあ皆さん、しっかり守りましょう! 守りからリズムを作って攻撃に繋げますよ!」
本塁から翼が元気な声を飛ばす。その姿を真裕と紗愛蘭はまじまじと見つめた。
「まさか翼ちゃんが伊予坂の正捕手だったなんて。紗愛蘭ちゃん、知ってた?」
「いや、全く知らなかったよ。だからアナウンス聞いた時はめっちゃびっくりした。だけどこうして見たところかなり落ち着いてるね。一年生とは思えない」
「うん。もう何年も捕手をやってきたっていう貫禄がある。開会式で会った時のような初々しさに騙されちゃいけないね。どんなプレーをするのか楽しみだけど、一層気を引き締めて戦わないと痛い目にあうかも」
二人は翼への警戒心を強める。夏大一回戦、プレイボールだ。
《一回表、亀ヶ崎高校の攻撃は、一番ショート、陽田さん》
先頭打者の京子が打席に立つ。伊予坂の先発は技巧派右腕の石川。早速サイン交換を済ませ、スリークオーター気味のフォームから第一球を投じる。
「ストライク」
内角低めに直球が決まった。京子は反応こそしかけたものの、きっちり隅に来ていたので打つのを躊躇う。
(初球から際どいコースを突いてきた。球速は普通だけど、コントロールは良さそう)
二球目。再びインコースにストレートが来る。京子は打って出たが、引っ張り過ぎてライトへのファールとなる。
(ちょっとタイミングが早かったかな。それにしてもいきなりインコース二つとは。このバッテリー、中々嫌な攻めをしてくる)
京子はほんのりと渋い表情を作る。それを見つけたキャッチャーの翼は、マスク越しに口角を持ち上げた。
(お、ひょっとして陽田さん嫌がっとる? やっぱ弱点を突かれるとそんな感じの表情になるんよね。ほんなら遠慮なく続けさせてもらうけん)
三球目も内角。しかしこれは打席側へと大きく外れる。京子は背中を引いて避けた。
(さて、次の一球で決めたいな。陽田さんは追い込まれると落ちる球に手を出しやすい傾向があるけん、それで打ち取るんよ)
翼からのサインに石川が頷き、四球目を投じる。投球は真ん中低めに向かって進むと、ホームベースの手前で落下する。フォークだ。
「くっ……」
京子は思わず手を出す。そのまま止めることができず、バットを振り切ってしまう。
「スイング」
空振りで三つ目のストライクが灯った。ボールは最終的にワンバウンドしたが、すかさず翼が京子にタッチして三振が成立する。
「バッターアウト」
「おっしゃ! ナイピッチです」
翼は石川を称えながら、内野陣にボールを回す。まずは先頭の京子を封じた。
《二番センター、増川さん》
続いて打席に入るのは二番の洋子。彼女に対しても翼は特徴を把握した上で配球を練る。
(増川さんは右打ちがめっちゃ得意なバッター。こういう人は内角を突くと逆にヒットコースに飛ばされる。だから敢えて流すのに御誂え向きの球を使ったるけん)
初球、石川が投じたのはアウトコース低めへのストレート。洋子は手を出さずに見送り、ストライクとなる。
(これが真っ直ぐか。スピードは標準だし、タイミングは合わせやすそう。今みたいな際どい球は捨てて、甘い球を逃さず捉える)
二球目、バッテリーは外角の直球を続けてきた。しかし一球目よりもやや中に入っている。洋子は手元まで引き寄せ、右方向へと低いライナーを打ち返した。
See you next base……
STARTING LINE UP
亀ヶ崎
1.陽田 京子 右/左 ショート
2.増川 洋子 右/右 センター
3.踽々莉 紗愛蘭 右/左 ライト
4.紅峰 珠音 右/右 ファースト
5.外羽 杏玖 右/右 サード
6.琉垣 逢依 右/右 レフト
7.江岬 愛 右/左 セカンド
8.桐生 優築 右/右 キャッチャー
9.柳瀬 真裕 右/右 ピッチャー
伊予坂
1.正岡 右/右 セカンド
2.夏目 右/右 ショート
3.零原 翼 右/左 キャッチャー
4.中島 右/右 サード
5.樋口 右/右 ライト
6.高浜 左/左 ファースト
7.宮沢 右/右 レフト
8.石川 右/右 ピッチャー
9.坪内 右/左 センター




