78th BASE
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ夏大編に突入しました!
今年はどんな戦いとライバルが待ち受けているのか、こうご期待です!
朝になった。私はスマホから流れる音楽で目を覚ます。夜の間収まっていた蝉たちは、また合唱会を始めていた。
「おはよう真裕。よく眠れた?」
先に起きていた紗愛蘭ちゃんが、鏡の前に座って髪を梳かしながら私に尋ねる。京子ちゃんと祥ちゃんの二人はまだ眠りに就いているみたいだ。
「おはよう。ぐっすり寝れたよ」
「そっか。私はちょっと寝付くまでに時間が掛かっちゃった。何か変にドキドキしんだよね。ふわあ……」
紗愛蘭ちゃんが大きな欠伸をする。釣られて私の口も大きく開いてしまう。
「ふわあ……。そうなの? 大丈夫?」
「うん。全く眠れたわけじゃないから」
そう言って紗愛蘭ちゃんは微笑む。その顔はとても穏やかで、クマやむくみは見られない。寝不足にはなっていないようで安心した。
「それなら良かった。さて、私も起きて準備するとしよう」
私は布団から出て軽くシャワーを浴びる。出てきた時には祥ちゃんは目覚めていたが、京子ちゃんがまだ眠ったままだった。なので私が起こすことにする。
「京子ちゃん、起きて。朝だよ」
「んん……。來人様……、ウチと誓いのキスを交わして……」
京子ちゃんは涎を垂らしながら寝言を漏らす。よほど楽しい夢を見ているのか、その表情はとても幸せそうだ。
「ほらほらお姫様、来人様との御戯れは終わり。起きる時間だよ」
「起きる時間……? でもまだ来人様とあんなことやこんなことしてないよ」
「あんなことやこんなことはしなくて良いから! そろそろ起きて支度しないと朝食の時間に遅れちゃうよ」
私は強引に京子ちゃんの体を持ち上げて起こそうとする。思ったよりも重たい。小さくてもしっかり鍛えられている証拠である。
「ふえ? うーん……。あ、朝か……」
やっと京子ちゃんの目が開いた。私がゆっくりと手を放すと、彼女は布団の上に膝を付いて状況を把握する。
「おはよう京子ちゃん。ささ、準備するよ」
「あ、真裕。おはよう。うん、分かった」
京子ちゃんは何事も無かったかのように動き出す。ただまだ完全に起きていないのか、瞼は少し重そうだ。
「ふふっ、京子ってば一体どんな夢を見てたんだろう。後で聞いてみようかな」
先ほどのやりとりを見ていた紗愛蘭ちゃんが愉快気に呟く。聞けばおそらく沼に嵌ることになるのでお勧めしないが、そうなったらそうなったで面白そうなので黙っておこう。
とまあそんなこんなで朝の支度を全て済ませると、私たちはバスに乗って移動する。やってきたのは、丹波市内にあるスポーツビアいちじま。この球場で開会式が行われる。
《ただいまより、全国高等学校女子公式野球選手権大会の開会式を行います。選手の皆さんは、入場ゲート付近に集まって下さい》
アナウンスに従ってゲートの前へ行くと、既に多くの高校が集合していた。その中には昨年の優勝校である岩手の奥州大付属高校もいる。私たちは昨年、準決勝で奥州大付属と対決してサヨナラ負けを喫した。
その奥州大付属のユニフォームを身に纏っている内の、一人の選手が私の目に留まる。
「どう舞泉、緊張してる?」
「してないですよ。寧ろわくわくしてます」
「流石だね。それでこそ舞泉だよ」
「えへへ、ありがとございます」
周りと比べて一際身長が高く、黒い髪を背中まで真っ直ぐに伸ばした女の子。その名は小山舞泉ちゃん。私と同じ二年生ピッチャーである。
といってもただのピッチャーではない。重たい速球と質の高い変化球で相手を捻じ伏せる投球だけでなく、恵まれた体格を活かしたパワフルなバッティングも魅力的。そう、彼女は投手と野手の両方を熟す二刀流なのだ。
もちろんどちらも天才的な実力を持っており、まさしく“怪物”という表現がぴったり当てはまる。去年の夏大では一年生にして幾度となく勝利を呼び込む活躍を見せ、舞泉ちゃんがいたから奥州大付属は優勝したと言っても過言ではない。
「今年もいるね。小山さん」
隣にいた紗愛蘭ちゃんが言う。彼女も舞泉ちゃんに抑え込まれた一人だ。私たちは互いに舞泉ちゃんの前に敗れた。今年はリベンジを果たさなければ日本一にはなれない。
私は舞泉ちゃんを見つめたまま唇を噛む。そこへ突然、誰かが背後から声を掛けてくる。
「あ、あの……」
「え?」
振り返ってみると、そこには一人の女の子が立っていた。ユニフォームを着ているのでどこかの選手であることは間違いないが、背は京子ちゃんよりも少し高いくらいで、全体的には小柄。顔立ちもまだまだ幼く、良くも悪くもおかっぱ頭が非常に似合っている。ということはおそらく……。
「貴方は?」
「私、零原翼と言います! 今年伊予坂高校に入学しよった一年生です」
思った通り一年生だった。それにしても伊予坂高校と言ったら私たちの一回戦の相手ではないか。
「伊予坂の一年生。……が、何の用?」
紗愛蘭ちゃんが不思議そうに尋ねる。すると翼ちゃんの瞳が一気に潤ったように見えた。
「お二人って、柳瀬真裕さんと踽々莉紗愛蘭さんですよね?」
「う、うん、そうだけど……」
「私、お二人のファンなんです! 去年の夏大で一年生から活躍しとる姿を見て、私もあんな風になるけんって思ったんです!」
興奮しているからか、翼ちゃんは若干訛った口調で話す。けれどもそれが可愛らしい。
「ほんで蓋を開けてみたら初戦の相手やって、会えるのも一緒に野球できるのもがいに楽しみにしとりました!」
「ふふっ、そんなこと言われると何だか照れ臭いなあ」
他の高校の一年生に憧れられているとは驚きだ。ファンだと言われた嬉しさにも引っ張られ、私は思わず口元を綻ばせる。
《時間となりました。選手の皆さんは速やかに整列し、入場隊形を整えてください》
再びアナウンスが鳴る。間もなく開会式が始まるようだ。
「あ、ほんじゃあ私はこれで。明日は胸を借りるつもりで戦わせてもらいますね」
翼ちゃんはお辞儀をしてからチームメイトの元へと戻る。純粋無垢で話しやすい子だった。一回戦で再び会えるのが楽しみだ。
《選手入場。岩手県、奥州大学付属高校》
アナウンスに導かれ、一塁側のファールゾーンから選手がグラウンドに入場していく。先頭はもちろん、去年の優勝校である奥州大付属が担う。
《愛知県、亀ヶ崎高校》
やがて亀高も呼ばれ、私たちも行進を始める。私は一年ぶりに帰ってきた聖地の土を一歩一歩確と踏みしめ、その感覚を堪能する。歩を進める毎に高揚感は増していった。
私にとって二度目の夏大。昨年置いてきた忘れ物を奪還すべく、また挑戦が始まる――。
See you next base……




