7th BASE
お読みいただきありがとうございます。
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地球史上最大?の台風が襲来し、各地で警戒が強まっています。
停電や浸水しているところもありますので、皆さんも十分に気を付けてください。
私も三連休の予定をキャンセルし、家で大人しく過ごすことにします。
翌日の放課後。今日の分の投球練習を終えた私がダウンをしていると、ブルペンに監督が姿を現した。
「お疲れさん。真裕はこれで上がりか?」
「はい。今から整備します」
「そうか。でも軽く均す程度で良いぞ。これから使うからな」
「え? それって……」
監督の言いたいことはすぐに分かった。それと同時に、私の胸が熱く高鳴り出す。
「せっかくなら早い内に見ておきたいからな。春歌、ちょっとこっちに来い!」
「へ? は、はい」
外野の守備練習に加わっていた春歌ちゃん。彼女は監督の声に反応し、私たちの元に走ってくる。
「何でしょうか?」
「春歌、お前は中学でピッチャーやってたんだよな」
「ええ、そうです」
「高校でもやる気はあるか?」
「もちろんです!」
春歌ちゃんは待っていましたと言わんばかりに威勢良く答える。あれ? もしかしてこの感じ、一年前とほぼ一致するのではないか。
「ふふっ、誰かさんとそっくりだな」
監督は虚を衝かれたかのような笑みを浮かべながら私を見る。あ、やっぱりそうでしたか。私は照れくさくなり、思わず明後日の方向に視線を逸らす。
「まあそんなことは置いておこう。ということで春歌、今からお前にはここでピッチングを見せてもらう」
「はい、分かりました!」
「よし。優築、受けてやれ」
「はい。春歌、このボールを使って」
「ありがとうございます」
優築さんからボールを受け取り、春歌ちゃんがマウンドに登る。まずは捕手を立たせ、距離感を確かめるように軽く力を入れて投げていく。監督はその光景を険のある目つきで見つめていた。
「……ふむ。肩が温まったら自分のタイミングでキャッチャーを座らせてくれ」
「はい。ではもう大丈夫です。優築先輩よろしくお願いします」
「了解」
優築さんがマスクを被ってしゃがみ込む。いよいよ春歌ちゃんの実力のお披露目の時だ。
「ふう……。緊張するなあ」
大きく息を吐き、春歌ちゃんが投球モーションに入る。グラブを臍の位置に置くノーワインドアップから左足を上げ、真上よりもやや肘を下げたところで右腕を振る。
「ナイスボール」
右打者の外角低めに直球が決まった。スピードは飛び抜けて速いというわけではないが、打者を差し込む威力は十分にありそうだ。これには監督も手応えを抱いたようで、少しだけ口元が緩む。
「なるほど。春歌、そのままどんどん投げろ。変化球も混ぜてって良いぞ」
「はい」
この後春歌ちゃんは更にギアを上げる。カーブ、ツーシーム、カットボール、チェンジアップの四種類の変化球を織り交ぜ、コントロール良くコーナーを突いていく。球種が多いということもあって、豊富なバリエーションの組み立てができるだろう。一つ気になる点はあるものの。
「おし、そこまで。これだけ投げられれば問題無いな。春歌、お前は今後、真裕たちと一緒に投手の練習に入れ」
「ほ、ほんとですか!?」
監督から投手で起用すると告げられ、春歌ちゃんは満面の笑みを咲かせる。よっぽど嬉しいのだろう。
「ああ。新入生の基礎練習も熟しながらの調整となるが、夏の大会で投げられるように仕上げてもらう。なので今後の試合にもどんどん出していくつもりだ。真裕、サポートをしてやってくれ」
「合点承知です! あ……」
私はお茶目に敬礼のポーズを取る。春歌ちゃんの投球を見てテンションが上がり、つい燥いだ行動を取ってしまった。怒られるのではないかと内心焦ったが、監督には特に咎められることもなく、鼻であしらわれる。
「それでは春歌、今日はこれで上がっても構わないし、もう少し投げ続けても良い。そこはお前の判断に任せる」
「分かりました。じゃあもうちょっと投げていたいです!」
「そうか。ただ無茶な投げ込みには注意しろよ。いきなり怪我をされたら困るからな」
監督はそれだけ忠告し、バックネット裏へと歩いていく。私の方はロードワークにでも出るとしよう。
「あ、真裕先輩」
「ん? どうした」
「あ、えっと……」
春歌ちゃんが何か聞きたげに私を引き留めたが、途端に思い直したかのように口を噤む。私はどうしたことかと首を傾げる。
「……いえ、やっぱり良いです。また言いたくなったら話しますね」
「う、うん、分かった」
気にはなるものの、本人の意に反して無理に聞き出すのは良くない。私はとりあえず納得して頷き、ブルペンを後にするのだった。
練習が終わり、私は京子ちゃんと紗愛蘭ちゃんと帰り路を歩いていた。いつもならここに祥ちゃんもいるのだが、今日は予定があるのか私たちを待たず早々に帰ってしまった。
私たち三人はそれぞれ、自らのポジションに一人ずつ後輩ができた。話題も自然とそれに関することになる。
「紗愛蘭ちゃん、京子ちゃん、一年生の子はどう? 二人とも一緒のポジションに一年生いるよね」
「栄輝はとっても良い子だよ。話しやすいし。ちょっとだけナルシストっぽいところがあるけど」
「ナルシスト?」
「うん。良いプレーする度にかっこつけた仕草をしてくるの。あと自分の名前を使った決め台詞?がある。えっと……『私は野球道を極め、栄冠に輝く』だったっけ」
紗愛蘭ちゃんが栄輝ちゃんのモノマネをする。実際に見ていないので似ているかどうかは定かではないが、本当にやっていることを想像して笑えてきてしまった。
「ふふっ、何それ。栄輝ちゃんって面白い子なんだね」
「でも本人は真剣にやってるっぽいから、笑うのが申し訳なくなるんだよ。まあ野球に取り組む姿勢は真面目だし、スラッガーとして良い感じに伸びていってほしいな」
「なるほどね。昴ちゃんの方は?」
私は京子ちゃんに尋ねる。すると京子ちゃんは眉間に皺を寄せ、困った顔を見せる。
「うーん……。一年生にしては落ち着き過ぎてて、気さくに話しかけにくいオーラがあるんだよね。あんまり得意なタイプじゃないかも。良い子なのは間違いないんだけど」
「そうなのか。距離を詰めるのには苦労しそうな感じかな」
「まあそんなとこ。あとプレーの質がマジで高い。教えられるところがあれば教えてあげたいけど、レギュラーを奪われるわけにはいかないなあ……」
昴ちゃんには京子ちゃんも一目置いているみたいだ。それ故に苦手意識が芽生えているのかもしれない。
「それに比べて真裕は良いよね。春歌とめちゃくちゃ仲良いじゃん」
「確かに。最初からいつも一緒にいるもんね。まるで姉妹みたい」
京子ちゃんの言葉に、紗愛蘭ちゃんが同調する。
「え、そうかなあ。偶々気が合っただけだと思うけどね」
私は謙遜しながらも、得意気に白い歯を溢す。第三者から見て仲が良いと言われるのだから、胸を張って良いだろう。
「たとえそうだとしても、やっぱり仲良くなってるっていう事実が羨ましいよ。私や京子が中々できてない分余計にね」
「ありがとう紗愛蘭ちゃん。でも昴ちゃんも栄輝ちゃんもタイプは違えど社交性はあるし、こっちから歩み寄っていければきっと打ち解けられるよ」
「そういうもんかな。だけどこっちから歩み寄るって、ウチができるのかな……」
京子ちゃんは頭を抱える。人間関係とポジション争い。二つの意味で悩みの種を抱えることになりそうだ。そんな彼女を紗愛蘭ちゃんが励ます。
「京子ファイト。今年は一年生が多く入ったし、たくさんの子が活躍できるようになれば必ず全国制覇も近づく。だから私たちが上手にサポートしていかなくちゃね」
「紗愛蘭ちゃんの言う通りだね。まずは男子野球部との試合があるし、良いプレーを見せて盛り上げていかないと。頑張ろう!」
「おー!」
私の掛け声に続いて、紗愛蘭ちゃんと京子ちゃんは空に拳を突き上げる。“先輩”という新たな肩書が加わり、背負う責任は必然的に大きくなる。その中で日本一になるためにどんな姿勢で取り組むべきか。私たちはそれを互いに自覚し合ったのだった。
See you next base……
PLAYERFILE.6:桐生優築(きりゅう・ゆづき)
学年:高校三年生
誕生日:12/13
投/打:右/右
守備位置:捕手
身長/体重:159/53
好きな食べ物:タン、かまぼこ