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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第七章 また、始まる
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77th BASE

お読みいただきありがとうございます。


読売ジャイアンツの坂本・大城両選手がコロナに感染してしまいました。

お二人とも直近の外出は友人と一度食事をした程度ということで、自粛していてもコロナに掛かる危険性を改めて感じさせられました。

これからのコロナとの付き合い方も考えていかなければなりませんね。


 練習を終えて宿舎に帰ると、私たちはすぐに入浴を済ませる。その後全員が大部屋に集まり、ミーティングが開かれる。


「いよいよ明日から始まるな。この大会のために俺たちは一年間準備してきた。目指すはもちろん優勝。お前たちの力なら十分達成できると思ってる。だからどんな相手が来ようとも、臆せず自信を持ってプレーしてくれ」

「はい!」


 監督からの激励を受け、皆の表情が一段と勇ましくなる。それから杏玖さんが前に呼ばれ、代表して抱負を述べる。


「まずは今日まで一緒にやってきた三年生、皆と頑張れたから、私は辛い練習や出来事も乗り越えてこられた。本当にありがとう。この大会が私たちの集大成になるわけだし、存分に暴れ回って最高の夏にしよう!」

「おお!」


 杏玖さんの言葉に三年生が一斉に声を上げる。泣いても笑ってもこれが最後の大会。飛び切りの笑顔で送り出してあげたい。


「一、二年生の皆、拙い主将だったけど、嫌な顔せず付いてきてくれてありがとう。ここまでたくさん助けられたね。あと少しだけ力を貸してください。よろしくお願いします」

「はい!」


 私たちは即座に承諾する。杏玖さんは自分のことを拙い主将と言ったが、そんなことはない。いつでも皆のことを見守ってくれていた頼れるリーダーだ。この人が主将じゃないチームはもう想像できない。


「私はこのチームで、このメンバーで優勝したい! 勝つのは決して簡単じゃないし、これから先きっと苦しい戦いが待ってる。でも監督も言ってたように私たちなら優勝できる。亀ヶ崎女子野球部の力を結集させて、全国制覇しよう!」

「はい!」


 チームの士気は急上昇。私も胸の鼓動が高鳴るのを感じ、改めてやってやるぞという気持ちになった。


「杏玖、ありがとう。下がってくれ」


 杏玖さんと代わって再び監督が前に立つ。ここから一回戦の話に移る。


「我ら亀ヶ崎の一回戦は、前にも伝えた通り二日目の第一試合だ。愛媛の伊予坂(いよざか)高校と対戦する」


 今回の大会には全部で三二チームが参加しており、一回戦と二回戦はそれぞれ二日間に分けて行われる。三回戦、つまり準々決勝以降は一日ずつで消化され、準々決勝と準決勝の間には休息日が設定されている。


「伊予坂は一昨年くらいから大会に参加にするようになって、去年の夏大は二回戦、この前の春大は初戦で敗退している。だからといって絶対に油断してはならない。先発に真裕を立て、全力で勝ちに行くぞ!」

「はい!」


 私は一回戦の先発に指名された。エースだから、背番号一を背負っているから当然、と言われるとそれまでなのかもしれないが、私としてはこうやって初戦を任されることはとても嬉しい。思わず表情が崩れてしまう。


 それから私たちは、現状で判明しているだけの伊予坂高校のデータを共有し、ミーティングを切り上げる。最後には森繁先生から手作りのお守りがプレゼントされた。去年は亀をモチーフにしていたが、今年は中央に“必勝”と書かれた額縁のようなデザインになっている。新元号の発表を意識したらしい。


 ミーティングの後は待ちに待った夕食だ。最初にも言ったようにこの宿舎の食事はとても美味しい。その魅力について語りたいところだが、大会は長いのでもう少し後で話すことにしよう。


「ご馳走様でした!」

「よし。では食事の片付けが終わり次第、就寝準備に入れ。明日は午前中に開会式と第一試合の見学、午後からは今日みたいに体を動かすからそのつもりでしっかり睡眠を取れよ。全く遊ぶなとは言わんが、くれぐれも度を越えて(はしゃ)いだり夜遅くまで起きたりしないように。俺たちは野球をしにきてるんだからな」

「はい!」


 もちろん遊び呆けようという気持ちなどないが、こうして監督から釘を刺されると無意識に心は引き締まる。そういえば京子ちゃんがゲームを持ってきていたので、夜更かししないように見張っておかなければ。


 全員が自分の部屋へと戻り、私たちはそれぞれの時間を過ごす。私はというと広縁(ひろえん)に置かれている椅子に一人腰掛け、軽く夜風に当たりながら外の景色を眺めていた。


 宿舎の周りには多くの住宅が並んでいる。今はどこの家も明かりが灯っており、薄黄色に輝いている。その風景に特別感は無く、愛知にいる時でも当たり前のように目にしている日常そのもの。見ていると非常に安らぐ。


「どうしたの真裕? そんな物思いに耽った顔して」


 そこへ紗愛蘭ちゃんがやってきて、私の向かい側に座る。ほとんどの人は持参した部屋着を使用しているが、中でも紗愛蘭ちゃんのパジャマ姿は反則級に可愛い。今年の一着目は淡い水色のチェック柄。派手さは無いものの、シンプルである故に紗愛蘭ちゃんの純朴な可愛さが引き出されている。


「別に何でも無いよ。ただ風に当たって涼んでただけ。ここは愛知みたいな蒸し暑さが無くて過ごしやすいね」

「うん。ていうかあっちが異常なんだよ。同じ気温でも感じる暑さが段違いだね」

「確かに。夜はクーラーとか付けないと、暑くて寝苦しいったらありゃしないよ」

「あー、寝る時の暑苦しさは分かる。あれほんとに無くなってほしい」


 紗愛蘭ちゃんが渋い顔をする。学校でもよく見られる表情だ。いつもとは違う場所にいるけれど、こうしていると普段の生活と変わらない。そんなことを思っていると、唐突に紗愛蘭ちゃんが笑い出す。


「ふふっ……。何かこれじゃいつもの学校と同じだね。せっかく皆で泊まってるのに」

「そうだね。けどこうやって話しているのも楽しいし私は好きだよ」

「私も好き。真裕と話してると安心するよ」 

「そう? それなら良かった」


 私の頬が独りでに緩む。紗愛蘭ちゃんは一年前と比べてかなり大人びてきているが、それでも拠り所とされているのは凄く嬉しい。


「それにしても明日からかあ……」


 ふと紗愛蘭ちゃんが外を見る。私も反射するように、もう一度夜の街に目を向ける。一瞬にして空気が張り詰めた気がした。紗愛蘭ちゃんは小さく鼻息を漏らし、そっと呟く。


「……また、始まるんだね」

「うん……。始まるんだよ」

「……勝とうね」

「……勝とう」


 私たちはそれだけの言葉を交わして沈黙する。他に何か言っても蛇足になるだけだ。


 去年この地で流した悔し涙。もう二度とそんな涙は流さないと誓った。そのためには優勝するしかない。私たちならできる。そう心の中で言い聞かせながら、私は徐に住宅街の電気が消えていくのを見つめていた。


 嵐の前の静けさと言うべきか、今夜は虫の音がほとんど聞こえない。



See you next base……


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