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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第六章 争奪戦!
74/223

73rd BASE

お読みいただきありがとうございます。


春の甲子園に続き、夏の甲子園まで中止となってしまいました。

ここまでやってきた球児たちのことを思うと居た堪れない気持ちになります……。

コロナが終息した後、何かしら良い思い出になる機会が設けられたらなと思います。


 六回表、ツーアウト三塁で打席に万里香を迎える。ツーボールツーストライクからの五球目、春歌の投球は万里香の脇腹に向かって真っ直ぐ進む。


(懲りずにインコースに投げてきた。けどこれも外れてるな)


 万里香は少しだけ重心を踵に掛け、見逃す体勢に入る。ところが投球は急にベース側へと曲がり出す。


(え?)

(決まった!)


 慌てて万里香はバットを出そうとしたものの間に合わない。捕球した菜々花は三振を確信した。


「ボール!」

「え!?」


 菜々花が思わず球審の方を振り返る。微妙にではあるがストライクゾーンには入っていなかったと判断されたみたいだ。


(今のはナイスボールだったね。ストライクと言われてもおかしくなかった。私も手が出なかったし、正直ヒヤッとしたよ)


 万里香は舌を噛んで苦笑いする。バッテリーは完璧に意表を突いていた。勝負の上では勝っていたのだ。それだけに、この後の攻めをどうするべきか分からなくなる。


(あれが入ってないだなんて納得いかないけど、引き摺っても良いことはない。といってもどうしたら良いんだ)

(菜々花先輩からサインが出ない。今の私じゃもう、円川さんには勝てる術が無いんだ。だったらここは歩かせるのもありか)


 春歌は敬遠も視野に入れる。五球目以上に良い策があるとは思えなかった。だとすれば致し方なしか。


「ピッチャー、さっきは良い球だったよ! もう一球同じ感じで行ってやれ!」


 その時だった。サードからきさらが語気を強めて激励してきたのだ。


「きさら……」

「ほらほら、そんな辛気臭い顔してないで、盛り上がっていこうよ! 困った時に大切なのは気持ちだよ、気持ち!」


 きさらは春歌と目を合わせて白い歯を溢し、こう続ける。栄輝の時もそうだったが、彼女の言葉には力がある。聞いた人を自然と前向きにさせるのだ。


(はあ……。きさらは能天気で良いな。気持ちが大切って、それでどうにかなるなら苦労しないよ。人の気も知らないで。……でも言ってることは(あなが)ち間違ってないんだよね。ここはきさらに乗せられてみるか)


 春歌は目を瞑って一つ深呼吸すると、再び菜々花からのサインを求める。その瞳には闘争心が宿り、先ほどよりも鋭利になっている。


(菜々花先輩、もう一度内角で行かせてください。こういう時は自分の一番信じられる球で勝負するべきだと思います)

(春歌……。その目はもう逃げる気は無いってことだね。……分かったよ。私も逃げて終わりなんて嫌だしね)


 菜々花が内角低めのストレートを要求する。もちろん春歌はすぐに承諾し、セットポジションに就く。


(お、何か一段とやる気になったみたいだね。だとしても勝つのは私だけど)


 打席の中で春歌の変化を感じ取っていた万里香は、迎撃態勢を整える。フルカウントからの六球目、春歌は投球モーションに入ると、指先でボールを弾きながら右腕を振り抜いた。


(行け!)


 投球はインロー一杯のコースを突き進む。当然万里香は打ちにいく。


(腹を括って自分の得意球で勝負に出たか。その度胸は買おう。でも球筋はもう把握できてる。打てる!)


 渾身の力を込めた一球も、万里香には通じないか。……と思われた刹那、奇妙なことが起こった。


(ん? 何だ?)


 投球が急激な伸びを見せつつ、打者に向かって食い込むように鋭く曲がったのだ。万里香は思いがけず困惑するも、スイングは止めずバットを振り切る。


「うっ……」


 バットの根っこから鈍い音が鳴り、万里香の腕には衝撃が走る。三塁線を沿うように小飛球が上がった。


「きさら!」

「オ、オーライ!」


 どん詰まりの打球ではあるが、飛んだコースはきさらの頭の真上。反応の遅れたきさらは慌てて後ろに下がりながらジャンプする。


「くわっ!」


 きさらのグラブが打球に触れる。けれどもキャッチすることはできず、きさらの体が落下するのと同時にボールは地面に弾む。


「おっし、同点!」


 三塁ランナーの小和泉が手を叩きながらホームイン。タイムリーヒットとなった。


「くそっ、もう一歩早く動き出せていれば……。ごめん春歌」


 きさらは悔しさを露わにしながら春歌に謝る。酷なことを言うが、おそらく杏玖なら捕れていただろう。元気は人一倍ある彼女でも、技術の方はまだまだ未熟。しかも今回は失点に繋がってしまった。


「ううん、謝らないで。紛れもないヒットなんだし、打たれた私に責任がある。ナイスファイトだったよ。まだ試合は続いてるから、引き続き元気出していこう」

「う、うん。分かった」


 春歌が項垂(うなだ)れるきさらを(なだ)める。彼女はきさらの言葉に勇気付けられた。だから責めることなどするはずがない。寧ろ感謝している。


(ありがとうきさら。あんたのおかげでこうやって逃げずに勝負できたんだ。とりあえず打たれたことについては後で考えよう。今はとにかく逆転されないことだ)


 下を向いている暇など無い。春歌はすぐさま次の打者に対峙する。たださっきの一球で起こったことに関しては、彼女自身は自覚できていない。気付いていたのは万里香のみ。その万里香は一塁ランナーとしてリードを取りつつ、軌道を思い返していた。


(あれは一体何だったんだろう? あんなボールを隠してた……ってわけじゃなさそうだね。いわゆる偶然の産物ってところか。だけど本人が分かってなさそうなのが残念というか、こっちとしてはラッキーというか。何にせよ、これからが楽しみだし、要注意な投手であることは間違いないね)


 結果的には二安打を放ちつつも、万里香はこの試合を通じて春歌の素質の高さを実感した。最後の奇妙な一球も含め、真裕との対戦以上に印象に残ったことだろう。


「セカン!」

「オーライ!」


 一点を失った春歌だったが、その後崩れなかった。四番の日生にセカンドゴロを打たせ、万里香を二塁で封殺。同点止まりで踏ん張る。


「ナイスピッチング! よく投げたね」


 降板した春歌をチームメイトが出迎える。しかし春歌に笑顔は無い。六回裏に向けた円陣が解かれるとすぐにベンチに腰を下ろし、神妙な面持ちで唇を噛む。


 六回一失点。十分すぎる投球内容だ。けれどもやはり最後の最後に追い付かれてしまった悔しさが、春歌の胸には深く刻まれていた。


「春歌ちゃん、お疲れ様」

「え?」


 そんな春歌の元に真裕がやってきた。彼女は春歌にタオルとスポーツドリンクを渡し、柔和に微笑みながら(ねぎら)う。


「流石春歌ちゃんって投球だったね。この調子で夏大も任せたよ。ふふっ……」

「あ、ありがとうございます……」


 何がそんなに楽しいのやら。春歌には真裕の笑顔が理解し難かった。だが夏大での活躍を期待されたことは素直に嬉しく、少しだけ気分は晴れる。


(今日のピッチングを見て、真裕先輩は私が夏大で投げられるって思ってもらえたのか。そこは前向きに受け取ろう。円川さんには打たれたままだから悔いはもちろんある。この借りは絶対、夏大で返してやる)


 春歌は胸の奥で炎が渦巻くのを感じる。ひとまず夏大の舞台にも立てる力があることは証明できた。本当の勝負はここからだ。



See you next base……


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