70th BASE
お読みいただきありがとうございます。
リモート飲み会をしてみたいのですが、中々開催できず悶々とした日々を過ごしております。
攻守交替して七回裏。真裕はツーアウトまで漕ぎ着けたが、一、三塁のピンチを背負う。
《九番、島田さんに代わりまして、バッター、比奈渕さん》
右打席に代打の比奈渕が入る。彼女は今年楽師館に入ったばかりの一年生だ。
(一年生でこの時期に試合に出てきてるってことは、相当な実力があるはず。場面も場面だし、気を引き締めて厳しく攻めないと)
初球、優築は内角へのツーシームのサインを出す。もしもここで比奈渕が繋げば、一番の万里香に回る。
(分かりました。万里香ちゃんともう一回勝負したい気持ちもあるけど、勝つためにはここでしっかり切っておかないとね)
真裕はもうひと踏ん張りと自らを奮い立たせ、一球目を投じる。比奈渕は果敢に打って出た。鈍い音が響き、どん詰まりのゴロが真裕の左を通り過ぎていく。
「ショート!」
「走れ比奈!」
マウンド上の真裕、ネクストバッターズサークルの万里香、二人の叫び声が交錯する。比奈渕の足は速い。しかし京子も機敏に前進して素手で捕球すると、走りながら一塁へと投げた。
「アウト! アウト、ゲームセット」
間一髪ではあるが、京子の送球が勝った。試合終了。三対〇で亀ヶ崎の勝利となる。真裕はピンチこそ何度か作ったものの、終わってみれば完封という圧巻の投球内容だった。
「お疲れ。ナイスピッチングだったね」
「お疲れ様。何とか勝てたよ」
昼休憩に入ったところで、万里香と真裕は一緒に昼食を取る。楽師館には校庭にいくつかの東屋が設置されており、二人はそこに腰掛けた。
「いやいや、何とかって言いつつ完封してるじゃん。やっぱり凄いよ」
「えへへ、ありがとう」
真裕は気の抜けた笑みを見せながら、弁当箱に入っていた真っ黄色の卵焼きを頬張る。しらすと鰹出汁の風味が口一杯に広がり、彼女の顔は更に惚けたものになる。
「……で、最後の一球のことなんだけど、あれがスライダー?」
万里香は唐突に怪しげな笑いを浮かべて質問する。彼女はどうしても聞いておきたかったのだ。無論、真裕もそうなるであろうことは予期していた。慌てて表情を引き締め直し、堂々と答えを返す。
「ふふっ、そうだよ。あれが私のスライダー。今回は上手く空振りさせられて良かったよ」
「あれはほんとにナイスボールだったし、それまで配球にもしてやれたよ。でも二度はやられない。夏大の時は覚悟してね」
「うん。私ももっと完璧に抑えられるよう技を磨いておくよ」
二人とも全く譲る気は無い。だからこそ切磋琢磨し、更なる成長が望めるのだ。
「真裕は午後の試合はお休み?」
「うん、おそらくね」
「そっか。次は誰が先発するの? 祥?」
「いや、違うよ」
「え? じゃあ誰?」
首を傾げる万里香。後ろ髪から流れ出た汗が、うなじを辿って喉仏の辺りを伝う。万里香は咄嗟に右手で拭った。
「ふふっ、うちの期待のルーキーだよ」
真裕は誇らしげに言う。レギュラー争いはこれで終わりではない。今度はフレッシュな面々がアピールする番だ。
《守ります、亀ヶ崎の先発ピッチャーは、沓沢さん》
昼休憩が明け、二試合目が始まる。亀ヶ崎の先発投手を務めるのは“期待のルーキー”、春歌だ。
(一試合目で真裕先輩は完封した。ずっと楽しそうに投げてたのは正直気に食わないけど、結果は結果だ。私も負けていられない)
夏大のメンバー入りを確固たるものにするためにも、今回の登板は非常に大事になる。真裕にも遅れを取るわけにはいかない。
「プレイ!」
プレイボール直後、春歌は一、二番を難なく打ち取る。内角への強気の投球で打者を詰まらせ、自分のバッティングをさせない。
《三番ショート、円川さん》
ツーアウトランナー無しで万里香の一打席目を迎える。この試合では三番に入っていた。
(この子が真裕の言ってた一年生か。マウンド捌きはかなり落ち着いてるね。お手並み拝見といかせてもらおう)
初球、春歌はインローに直球を投げる。万里香は悠然と見送った。判定はストライクだ。
(なるほど。スピードがあるタイプではないけど、コントロールと度胸はありそうだ)
二球目も内角のストレートが続く。万里香は打ち返すも芯で捉えられず、ゴロとなった打球が三塁側のファールゾーンへ転がる。
(二球連続でインコース。中々やるねえ。狙って投げていたとしたら大したもんだよ)
僅か二球だが、万里香は春歌の実力を犇と感じる。一方の春歌もまた、万里香が別格の選手であることを察知していた。
(一試合目でベンチから見てた時も思ったけど、この人だけ打席での雰囲気が違う。真裕先輩も苦戦していたみたいだし、他の人を蔑ろにして良いわけではないけど、この人は一層気を付けないと)
三球目はカーブ。ストライクゾーンから外へと逃げていくが、万里香は冷静に見極める。
(良いボールだったけど、このパターンはオーソドックスだから読めちゃうよね。ここでまた内に投げ切ることができたら凄いと思うけど、果たしてどうかな?)
ノーワインドアップから春歌が足を上げ、四球目を投じる。投球はインコースへ来た。万里香は驚きながら打ちにいく。
(うおっ! まじか……)
投球は手元で微妙に変化し、バットの芯から外れる。ツーシームだ。平凡なゴロが三遊間に転がった。
「オーライ!」
打球が飛んだ瞬間、ショートの昴が反応良く前に出てくるも、サードのきさらが間に入って捕球する。それから落ち着いて一塁へ送球。悠々アウトとなった。
「ナイサード」
「そっちもナイスピッチ! もっと気合入れてじゃんじゃん盛り上がっていこう!」
「いやいや、それはきさらだけで十分だから。私がやったら疲れちゃうよ」
スリーアウトとなり、春歌はきさらと会話を交わしながらベンチに引き揚げていく。万里香はその姿を見ながら小刻みに頷き、ほんの僅かに微笑む。
(ほんとにインコースに投げてくるとは。真裕が目を掛けてるだけのことはあるね。この試合も楽しめそうだ)
一回裏の亀ヶ崎の攻撃に移る。先頭打者として昴が打席に入る。
《一回裏、亀ヶ崎の攻撃は、一番ショート、木艮尾さん》
一試合目の京子と同じく、一番で起用された昴。復活の活躍を見せた京子に続けるか。
(今日の試合は場内アナウンスもあって、本番に近い雰囲気の中で野球ができる。そういうところで自分のプレーができなきゃレギュラーなんて取れない。気負わず、普段通りの野球をやるんだ)
昴は深く呼吸をしてからバットを構える。ところがいつも以上に緊張は強く、クールな昴も自身の体が上手く制御できていないことを感じていた。
See you next base……
第二試合の主な出場選手
木艮尾 昴(一番ショート)
野極 栄輝(五番レフト)
弦月 きさら(八番サード)
沓沢 春歌(九番ピッチャー)




