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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第一章 野球女子!
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6th BASE

お読みいただきありがとうございます。


プロ野球はクライマックスシリーズに入り、日本一を懸けた戦いが繰り広げられています。

ただその一方で来季に向けての戦力整理も着々と進められ、退団する選手やコーチも出てきました。

仕方のないことですが、やはりこういった話題を聞くとどうしても寂しくなってしまいますね……。


「ラストワンプレー行くぞ!」


 シートノックの締めくくりに一人一回ずつ打球を捌き、皆が守備位置から引き揚げていく。空には灰色が目立つようになり、練習終了の時刻が迫っていた。


「お疲れさん。では最後に、朝できなかった瞑想をやろうか。一年生も入れてな」

「はい!」


 私たちは各自グラブを置き、マウンドを中心として円形に並ぶ。一年生たちはどうしたことかと困惑しつつも、上級生に倣って輪に加わる。


「真裕先輩、これから何をするんですか? 監督は瞑想って言ってましたけど」


 何が何やら分からないといった様子の春歌ちゃんが私に質問する。まるで去年の私を見ているみたいで微笑ましい。


「そう、瞑想だよ。うちでは基本的に毎日やってるんだ」


 これから行う瞑想は、試合中の緊迫した場面でも平常心を保てるようにする術を磨くメンタルトレーニングの一環だ。普段は早朝練習の最後に取り入れているが、今日は昨日降った雨の影響でグラウンドが使えなかったため、午後の練習に回すことになっていた。


「用意は良いか? じゃあ一年生は初めての参加になることだし、一つ一つ順序を踏みながらやっていこう」


 監督の説明に誘われつつ、私たちは下準備を進める。まずは隣の人と手を繋ぎ、目を瞑って深呼吸。それから神経を研ぎ澄まし、五感で捉えたあらゆるものを言葉にして表現していく。こうすることで頭の中が整理され、考えをまとめやすくなるのだそうだ。


 うなじを滴る汗が厭に冷たい。足元からは雨で湿った黒土の匂いが上ってくる。口内で少し舌を動かしてみると、先ほど飲んだスポーツドリンクのねっとりとした甘さが絡みつく。校舎側からは吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。この曲は確か……『赤い鳥の囀りとラフィナ』じゃなかったっけ――。


「よし、そろそろ次の行程に移るぞ」


 監督が次の指示を出す。ここからがこの瞑想の肝となる部分だ。


「今から皆には、自分が一番緊張するシチュエーションを思い浮かべてもらう。どんなスコアでどのような試合展開か、加えてアウトカウントや走者の状況など、できるだけ具体的に細かくな。もしも野球じゃ難しいというのなら、日常生活や他のスポーツに置き換えてもらっても構わない。とにかく緊張感を作り出すことを意識してくれ」


 自分が一番緊張するシチュエーション。私にはちょっと前から、ずっと思い浮かべているシーンがある。先日の春の大会で、勝ち越しのタイムリーを打たれた時のことだ。


 七回表、スコアは二対二の同点。ツーアウトランナー二、三塁で、相手チームの五番打者を左打席に迎えていた。

 私は緊張こそしていたものの、萎縮していたわけではなかった。寧ろここで抑えてサヨナラ勝利に繋げてやろうと息込んでいた。だがその気持ちが強すぎるあまり自分を見失い、周りが見えなくなっていた。結局ワンボールワンストライクから甘いコースに入ったカーブを打たれ、二点タイムリーヒットを浴びてしまった。一塁が空いていることや打順を考慮し、もっと冷静な考え方ができていれば、違う結果になっていたかもしれない。


「ふう……」


 大きく息を吐きつつ、私は例の場面を想起する。心臓の鼓動が一気に加速し、身体も強張り出す。心なしか呼吸も荒くなってきた。


「緊張感が最高潮に達したら、左隣の人の手を握れ。握られた側は握り返してやるんだ」


 私は咄嗟に隣の人の手を強く握る。するとすぐに握り返された。相手の掌の温もりが私の心を柔らかに覆い、安心感を与えてくれる。おかげで心拍もゆったりと平常運転に戻っていく。監督曰く、手を握るという行為にはリラックス効果があり、心の乱れを和らげて鎮められるらしい。


 次は私が手を握る番だ。反対側にいるのは春歌ちゃん。私は右手に意識を集中させ、彼女の反応を待つ。少し間を置き、春歌ちゃんは恐々と私の手を握ってきた。ふと耳を澄ませると、間隔の詰まった息遣いが聞こえてくる。私は自分がされたのと同じように、彼女の手を包み込む。


「はあ……はあ……。すう……」


 暫くして、春歌ちゃんの手から力が抜けていくのが分かった。どうやら上手く落ち着かせられたみたいだ。


「はい、そこまで」


 監督の手を叩く音が聞こえ、私たちは目を開けて輪を解く。これにて今日の練習は終了となる。


「ありがとうございました」


 整備などを済ませ、最後は全員でグラウンドに挨拶をして解散。荷物を持って部室に引き上げる前に、私は春歌ちゃんに一声掛ける。


「春歌ちゃん、お疲れ様」

「あ、お疲れ様です!」


 春歌ちゃんはこちらに振り向くや否や、小さく笑みを溢す。私は無性に嬉しくなる。


「最後にやった瞑想はどう? やってることは分かった?」

「はい。こういうことがやりたいんだろうなってのは理解できました。できるようになるには時間がかかりそうですけど」

「そうかな。隣で見てた感じそれなりにできてたと思うけど。緊張感は作れてただろうし、手を握られて落ち着くって感触も味わえたんじゃない?」

「ああ、それなら何となく」

「ならあとはそれを身体に覚えさせていくだけだよ。まあその点が難しくて、地道に積み重ねていくしかないんだけどね」


 瞑想の技術を習得するのは容易ではない。私も未だに練習ではできても、試合で実戦できているかというと微妙である。けれども効果が表れている実感もあるので、春歌ちゃんたちにも粘り強く取り組んでもらいたい。


「なるほど。ありがとうございます。あの、私からも一つ尋ねて良いですか?」

「うん。どうした?」

「このチームって、本気で日本一を目指してるんですね」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」

「いえ、そういうわけではありません。今日のミーティングでの監督や杏玖先輩の話を聞いて、皆さんの熱意を触れることができて、皆さんの力になりたいって思ったんです」


 春歌ちゃんが勇ましく口角を持ち上げる。一瞬ではあるが、彼女の内に秘められた闘志が顕れた気がした。


「私、日本一に貢献できるように頑張ります。なので真裕先輩、これから色々と教えてくださいね」

「うん。任せておいて」


 私は若干誇らしげに胸を張る。教えられることはそれほど多くないかもしれないけど。


 こうして女子野球部に新たな仲間たちが加入した。春歌ちゃんを始め、彼らはきっと私たちをより高みに押し上げていってくれることだろう。そんな期待を抱きつつ、私は帰り支度を整えるのだった。



See you next base……

PLAYERFILE.5:沓沢春歌(みずさわ・はるか)

学年:高校一年生

誕生日:4/1

投/打:右/左

守備位置:投手

身長/体重:157/54

好きな食べ物:ハンバーグ


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