68th BASE
お読みいただきありがとうございます。
緊急事態宣言は延長されますが、亀ヶ崎の女子野球部にコロナは関係ありません!
存分に野球をやってもらいます!
《八番キャッチャー、本橋さん》
この回を本橋で切れば、六回裏は九番からとなる。相手に反撃の隙を与えないためにも、バッテリーは全力で抑えにかかりたい。
(本橋はキャッチャーだし、配球を考えている身としてはこういう時は相手の裏を掻こうとするもの。安直に真っ直ぐを狙ってくるとは思えない)
優築は同じ捕手という観点から本橋の狙い球を読む。出したサインはストレート。真裕はすぐに了承し、本橋への一球目を投じる。
インコースに厳しい投球が行く。しかし本橋は思い切り良くスイングしてきた。
「うわっ!」
鮮やかなピッチャー返しが飛ぶ。真裕が咄嗟に反応するも、打球は彼女の真下を潜って外野に抜けていく。センター前のヒット。本橋を出塁させてしまった。
(やられた……。裏を掻こうとしてるところを読まれたか。いや、単純に私が深読みし過ぎただけなのかも)
優築は足元を均しながら、先ほどの配球を反省する。少々難しく考え過ぎてしまった。
(ただ試合に出ていればこういうことはよくある。いちいち気にしてても仕方が無い。切り替えて次を抑える)
裏目に出る形とはなったが、これも考えてプレーした結果。やっていることは決して間違っていない。大切なのは後続に繋げられないことだ。
《九番、苑田さんに代わりまして、バッター、原さん》
楽師館は苑田の打順のところで代打を送る。右打席に三年生の原が立つ。
(原はこの前の練習試合で円川の代わりで出てたな。円川が復帰したことで弾かれたか。せっかく試合に出たわけだし、何としても結果が欲しいでしょう。油断せずに組み立てを考えないと)
初球、優築は低めのカーブを要求する。真裕が投じた一球はストライクからボールゾーンに沈んでいく。原は打ちたい気持ちを抑えられず、手を出して空振りを喫する。
(初球からこの球を振ってくるとは。撒き餌ではないだろうし、冷静になれていないみたい。ならもう一球同じ球で行ってみよう)
(分かりました)
二球目。バッテリーは低めのカーブを続ける。原はこれに対しても反応してしまった。バットを途中まで出し、慌てて止める。
「振った振った!」
「スイング」
優築がハーフスイングを求めると、一塁塁審はすかさず振ったという判定を示す。僅か二球で原を追い込んだ。
「ボール」
三球目は高めのストレートが外れてワンボールツーストライク。四球目はファールとなる。次の一球で決めたい。
(原はおそらくこの一打席で退く。スライダーは三巡目から使っていこうと思っていたけど、彼女になら見せても良いでしょう)
優築がこの試合で初めてスライダーのサインを出す。真裕は勢い良く首を縦に振った。
(おお! 良いですねえ! やっとスライダーが投げられる。一発目だし、しっかり決めないとね)
真裕はセットポジションに就いて一塁ランナーを一瞥する。それから素早く投球動作に入り、原への五球目を投じる。
投球は外角に向かって進む。ベース手前で切れ味良く曲がり、ボールゾーンへと逃げていく。原を我慢できずスイングしてしまう。
「くう……」
このままでは空振る。そう危惧した原は懸命に腕を伸ばして拾い上げる。弱いフライが一塁の後方に飛んだ。
「紗愛蘭ちゃん!」
真裕の声に導かれるように、ライトの紗愛蘭が前に突っ込んでくる。セカンドの愛も一塁線に向かって斜めに走る。
「私が行く! 紗愛蘭はカバーして」
「はい!」
愛はダイビングキャッチを試みる。ところがグラブは微妙に届かず、打球はフェアゾーンに落ちた。加えて横回転のスピンが掛かっていたことで、紗愛蘭から逃げるような跳ね方をしてファールゾーンを転がる。
「しまった……」
紗愛蘭が方向転換して打球を追うも、その間に本橋は三塁まで進塁。更に打った原も二塁へと駆ける。急いで紗愛蘭は返球する。
「セーフ」
タイミングは際どかったものの、紗愛蘭の強肩を以ってしても敵わず。若干原の足の方が早かった。
「まじか……。投げ切ってたのに」
両腕を腰に当て、真裕は顔を顰める。完全に打ち取ったかに見えたが、不運にもツーベースとなった。
これでランナー二、三塁。ツーアウトからの二連打で楽師館がチャンスを作り、一番の万里香に三打席目が訪れる。
《一番ショート、万里香さん》
この場面が最大の山場となるかもしれない。亀ヶ崎は一旦タイムを取る。内野陣がマウンドに集まり、杏玖が指示を出す。
「同点のランナーは許さないように、ヒットが出たら自分がどうすれば良いのか各自整理しておいてね。ここに来ていきなり嫌な感じが続いてるけど、ツーアウトだし気張らず守っていこう。とにかくアウトを一つ取れば良いんだから」
「はい!」
内野陣はそれぞれのポジションに散っていく。最後に京子が一言真裕に声を掛けた。
「どう? ピンチが来て緊張してる?」
「まさか。寧ろわくわくしてるよ」
「ふふっ……。そう言うと思った。その心意気で万里香を抑えてね。頼りにしてるよ」
「もちろん。その代わり京子ちゃんには後ろを任せたよ。もしも打たれたら守ってね」
「了解」
京子は真裕とグータッチをし、ショートの定位置へと戻っていく。真裕がホームの方に振り返って万里香を見ると、ちょうど彼女もこちらに視線をやっていた。
(良いところで回ってきたよ。ここで真裕の球を打って、夏大に向けての景気付けといきますか!)
(ここまでは一勝一敗。負け越してマウンドを降りるなんてごめんだよ)
お互い負けて終わるわけにはいかない。闘志を燃やし、三度目の対戦に臨む。
See you next base……
★楽師館のアナウンスについて★
楽師館の試合で流れている場内アナウンスはマネージャーが担当している。全国大会でも使われている機材を設置しているため非常に本格的で、これがやりたいがために楽師館のマネージャーになる者もいる。
基本的に上級生はベンチに入ってスコアを付けており、アナウンスは下級生の仕事となる。当たり前だが名前を間違えたり打順を飛ばしたりするのはNG。そのため実を言うとあまり楽しむ余裕は無い。




