66th BASE
お読みいただきありがとうございます。
明日から、若しくは今週の土曜日からGWという人が多いのではないでしょうか。
どこにも行けないのは残念ですが、家の中でもきっと楽しくできることはあると思います。
例えば、『ベース⚾ガール!』を第1部の1話から一気読みしてみるのはどうでしょうか(≧▽≦)
《七番セカンド、江岬さん》
愛は隆浯から送られるサインを覗う。出された指示は送りバント。試合終盤で何としてもリードを広げておきたい亀ヶ崎とすれば、手堅くランナーを進めるのは当然の策である。
(今日のルーあいは大活躍だね。私は自分のやるべきことをやって、チームの勝利に貢献するよ)
一球目。苑田の投球に合わせ、愛はバントの構えを作る。しかし楽師館バッテリーは様子見で外のボールゾーンに投げてきた。愛はバットを引いて見逃す。
(外してきたか。そりゃ簡単にはやらせてくれないよね。けどその中でも決められる人間が、レギュラーになれるんだ)
愛は再びベンチの指示を仰ぐが、送りバントのサインは変わらない。彼女は打席に戻る前に楽師館内野陣のポジショニングを確認。バント警戒のシフトを敷いている。
(ファーストが前に出てきてる。サードはベースを埋めなきゃいけないだろうから、おそらくピッチャーが三塁側のカバーに回ることになるよね。となれば狙いはあそこかな)
二球目。外角にストレートが来る。苑田は投げた直後にマウンドを降りて三塁線に走っていく。愛の見立て通りだ。
(やっぱりか。それなら……)
愛はバットをホームベースとほぼ水平に傾ける。コースに逆らう少々強引なバントではあるが、マウンドの左へと強めに転がした。
「あ……」
苑田は逆を衝かれる格好となる。慌ててファーストの小和泉がフォローに入るも、ボールの勢いに差し込まれたような捕り方となったため、すぐに送球体勢を整えられない。
「無理するな。一個で良い」
キャッチャーの本橋も泣く泣く一塁への送球を指示。逢依は楽々三塁に進んだ。
「おっしゃ」
愛は自らを拍手で称える。プレッシャーの掛かる場面であったが、落ち着いて周りの状況を把握し、送りバント成功へと繋げた。ベンチに戻る途中、彼女は三塁ベース上にいた逢依に向けて嬉しそうに笑いかける。
(えへへ……。ルーあいが作ったチャンスを私が広げる。これめっちゃ良いね)
(またあの子ってば、試合中に何ニヤニヤしてんの。まあ楽しい気持ちは分からないでもないけど。これが夏大でもできたら良いな)
逢依は口元を緩ませることはしなかったものの、その表情はほんの僅かに柔和になったように見える。彼女もまた、二人の“あい”で並んで野球をできることが嬉しかった。
「ボールフォア」
その後優築が四球で一塁へと歩く。ワンナウトランナー一、三塁となり、ラストバッターの真裕に打順が回る。
《九番ピッチャー、柳瀬さん》
亀ヶ崎ベンチは代打を告げる気は無し。真裕は自分のバットで追加点を叩き出せるか。
(ここで点が入れば残りのイニングをかなり楽な気持ちで投げられる。それにバッティングでも良いところを見せなくちゃ)
気合十分で右打席に入る真裕。彼女は初球から手を出していった。外角の直球を打つも、バックネットに当たるファールとなる。
二球目はクロスファイヤーで膝元を抉られ、真裕は腰を引いて見送る。判定はボールだ。
(厳しいところ突いてくるなあ。もしかしたら苑田さんはこの回までかもしれないし、力を全部出し切るつもりでいるのかも)
三球目。投球は真ん中やや低めに来る。真裕は当然の如く打ちにいく。
「ん?」
ところがボールはベースの手前で斜めに変化。スクリューだった。真裕はスイングを止められず、バットが空を切る。
(ここでスクリュー? 何としても早く追い込みたかったってことかな。いや、もしもこの回で最後なのだとしたら、スクリュー連投だって普通に有り得る。それともクロスファイヤーか。どっちで決めにくる?)
真裕はバットを短く持ち、打席での立ち位置を少しだけ内側にする。スクリューとクロスファイヤー、両方ともに対応できるようにするためだ。
苑田はどちらを決め球にするのか。ワンボールツーストライクからの四球目、彼女の腕から放たれた白球は、当てもなく外角のボールゾーンを彷徨う。
(お? すっぽ抜けかな?)
真裕は失投かと思い、無意識に見逃す体勢に入ってしまう。しかしそれは罠であった。
「あっ!」
咄嗟に違和感に気付いた真裕だったが、時既に遅し。投球は孤を描くように曲がり、ホームベースの方へと引き寄せられていく。外から捻じ込むスライダーだ。逢依に投じた一球は上手くいかなかったが、今回は本橋の構えたところにボ―ルが収まる。
「ストライク、バッターアウト!」
「嘘……」
球審のコールが木霊する中、真裕はあんぐりと口を開けて唖然とする。苑田が勝負球に選んだのはスクリューでもクロスファイヤーでもなかった。予想だにしない投球に真裕は完全に裏を掻かれ、何もできずに見逃し三振。もちろんランナーは動けず、アウトカウントだけが増えた。
「くそっ……」
真裕は悔しそうに打席を後にする。俯き加減で歩きながら、次の打者である京子とすれ違う。
「ごめん。京子ちゃんの前に点取っておきたかったのに……」
「気にしないで。そういう時だってあるよ。というかこれまでのウチがそんなのばっかだったし。今度はウチがカバーする番だ」
京子は真裕の左肩を軽く叩き、勇ましく笑う。その顔つきには自信が漲っていた。
「京子ちゃん……。分かった! 頼んだよ。今の京子ちゃんならやってくれるって信じてるから」
顔を上げた真裕が京子と目を合わせる。京子は黙って頷き、小走りで打席へと入っていく。その背中を、真裕は頼もしげに見つめた。
《一番ショート、陽田さん》
心なしかアナウンスの声のトーンが上がる。気のせいかもしれないが、京子はそう感じられたことに若干テンションを上げつつ、三打席目に臨む。
(今日の真裕は素晴らしいピッチングをしてる。だからあのくらいの三振は失敗の内に入れない。それでもここでウチが打てば、真裕はきっと救われる。真裕を助けたい!)
純な想いよ力となれ。その初球、苑田が外角低めにスライダーを投じる。
「ストライク」
流石に疲れもあって変化は小さくなっているものの、キレはそこまで衰えていない。一筋縄では捉えられないだろう。
(苑田さんは内と外のコーナーワークを使って打ち取りにきている。ということはどこかでインコースを攻めてくるはず。ウチはそれを強振する!)
京子のバッティングスタイルからすれば、外角にヤマを張って流し打ちというのがセオリーと言える。しかし彼女はその逆を狙っていた。細かに当てにいくよりも、フルスイングで勝負に出る選択を取ったのだ。
(最近のウチは失敗を怖がって縮こまってた。けど夏大みたいな大舞台で活躍するには、真裕と並んで野球をやるためには、そんなんじゃ駄目なんだ。行く時は思い切って行く。この打席で弱い自分を打破するんだ!)
そう心の中で自らに言い聞かせ、京子は静かにバットのグリップを絞る。それと同じタイミングで本橋が内角に寄り、苑田が三球目の投球動作を起こした。
See you next base……




