64th BASE
お読みいただきありがとうございます。
緊急事態宣言が出されて家にいることが多くなり、それに合わせて料理をする機会が増えました。
やってみるとやっぱり楽しいですね。
先日はクリームパスタを一から作ってみたのですが、中々美味しく出来たのでご満悦です(笑)
「センター!」
「オーライ」
二回表、五番の杏玖が三球目を打ち返す。だが当たりは良かったもののセンターライナーに倒れた。
《六番レフト、琉垣さん》
ワンナウトとなって迎えるのは六番の逢依。彼女は入念に足場を固めてから構えに入る。
(監督は具体的なメンバーは決まってないと言っていた。私のポジションは特に迷ってるかもしれない。一年間レギュラーを守ってきたのに、ここで覆されて夏大に出られないなんてことにはなりたくない)
昨年の夏までは中々出場機会に恵まれなかった逢依だが、最上級生となった秋からレギュラーに定着。持ち前の打撃を活かし、時にはクリーンナップを任されることもある。
初球、内角低めにストレートが来た。逢依はスイングしていったが、クロスファイヤー独特の角度に合わせられずバットは空を切る。
(これは捉えにくいな。練習ではまず打てない軌道だ。けど外から入ってくる球は得意だし、次は打つ)
二球目。苑田は同じ球を続けてきた。逢依は少し高くなったところを逃さず、腕を畳んで引っ張る。
鋭いライナーが飛び、サードが横っ跳びするも届かず三遊間を破っていく。レフト前ヒットで逢依が出塁した。
(よし。まずは一本。……良かった)
逢依は表面上ではクールに振る舞っているものの、内心では安堵感を覚えていた。打撃面で結果を残しておきたい彼女だが、一打席目からヒットが出たことで、この後の打席は非常に楽な気持ちで臨むことができるだろう。
《七番セカンド、江岬さん》
打順は七番の愛に回る。彼女もこの一年間は逢依と似たような道程を辿ってきた。
(ルーあい、いきなり打ったじゃん。私えみあいも負けてはいられませんなあ)
愛は小柄な体を忙しく動かしながら左打席に入る。普段から仲の良い二人の“あい”は、ポジションは違えど互いに切磋琢磨してきた。それが相乗効果を生み、共にレギュラーを獲得した今に結びついている。
一球目、苑田はアウトコースのボールゾーンへと逃げていくスライダーを投げる。愛は釣られてバットを振りそうになったが、既のところで堪える。
(この背中から来るような感じは嫌だなあ。外のボールを追っかけないように気を付けないとね)
二球目は外角のストレートが決まった。続く三球目、またもやアウトコースへのスライダーが来る。愛は遠いと判断して見送る。
「ストライクツー」
「え?」
愛は思わず苦笑いをして球審に視線をやる。楽師館バッテリーに悟られるのを恐れすぐに平静を装うも、心の中では戸惑っていた。
(まじか。今の入ってるの? 絶対バット届かないでしょ……)
どれだけ不満があっても判定が覆ることはない。追い込まれてしまったため、愛には迅速な対応が求められる。
「タイムお願いします」
愛は一旦打席を外した。軽く素振りをしつつ、頭の中で策を巡らせる。
(届かないなら届くようにするしかないけど、外を意識した中で内角に来られたらきついなあ。でもそんなこと言ってたらどれも打てなくなるし、何とかバットに当てて凌ごう)
打席に戻った愛は、少しだけ立ち位置をベース側に寄せる。これで外角にもバットが届くようになったが、反対に内角は捌きにくくなった。バッテリーとしても狙い目だろう。
セットポジションに入った苑田は、ランナーの逢依を目視しながら足を上げる。そうして速いモーションで愛への四球目を投じる。
果たしてストレートがインコースに来た。愛はカットしようとするが、バットを振り出す直前であることに気が付く。
(あ、待って。これって……)
愛はスイングを止め、背中を仰け反らせる。投球は内に入り過ぎてしまっていたのだ。
「あたっ……」
ボールはそのまま愛の臀部に直撃。愛はバットを落とし、当たった箇所を摩って苦悶の表情を浮かべる。
「ごめんなさい。大丈夫?」
「う、うん。大丈夫大丈夫。お尻だから」
気遣うキャッチャーの本橋に対し、愛は笑みを作って答える。記録は死球。愛は痛みを我慢して走り出す。
(いたたたた……。でも追い込まれてたからラッキー。結果オーライだけど、これも頭を使った私の勝ちということで)
ともあれこれでワンナウトランナー一、二塁。二人の“あい”がチャンスを作り、八番の優築が打席に立つ。
「よろしくお願いします」
初回に続いてここで追加点を挙げられれば、一気に亀ヶ崎に流れが来る。扇の要として試合展開を読むことに長けた優築なら、それがどれだけ重要なことか瞬時に理解できた。
(苑田からそう何点も取れるとは思えない。取れるときに取っておかないと。真裕が投げているとはいえ、楽師館の打線ならあっさり追い付き追い越されることだってあり得る)
初球は内角低めの直球。優築はほとんど反応することなく見送り、ストライクとなる。
(今のような膝元のクロスファイヤーを打ってもファールにしかならない。逢依が打ったみたいに甘く入ってきたところを捉える)
二球目、三球目は変化球が外れる。ツーボールワンストライクとバッティングカウントになった。優築は的を絞る。
(もちろん歩かせるわけにはいかないだろうし、次は必ずストライクを取ってくる。ただピンチだから簡単な球は投げてこないはず。私がリードするならクロスファイヤーを要求する。もしも甘くなったら打つ)
バッテリーがサイン交換を終え、苑田は四球目の投球を行う。優築の読み通り、投じられたのはインローへのストレートだった。しかしコースはやや真ん中寄りに入ってきている。優築はフルスイングで叩いた。
グラウンドに快い金属音が響き渡り、痛烈なライナーが三遊間を裂こうとする。二人のランナーは一斉にスタートを切った。
See you next base……
WORDFILE.9:クロスファイヤー(クロスファイア)
投手が対角のコースに投げ、ホームベース上を横切るように通過するストレートのこと。左投手の場合、右打者に対しては食い込んでいくような軌道となり、左打者に対しては背中から回り込んで逃げていくような軌道となる。サイドスローやスリークォーターはより角度が付いて打者にとっては捉え辛くなる。一般的には左投手が投げる際に使われることが多いが、右投手にも適用される。




