61st BASE
お読みいただきありがとうございます。
この機会に昔の映画やアニメを見返そうと思い、いくつか視聴してみたのですが、当時とは全く違った印象を受ける作品もあって面白いですね。
経験や知識が増えたことで、同じ作品でも見え方が変わってきたんだと思います。
六月中旬の土曜日。梅雨らしく最近は雨が降る日も多かったが、今日の空は澄んだ青色が広がっている。真裕は楽師館高校の校舎に足を踏み入れると、威勢の良い声を上げた。
「頼もう!」
「真裕ってば、それこの前ここに来た時もやってたよね。何かの決まりなの?」
隣にいた紗愛蘭が不思議そうに尋ねる。その後ろで歩いていた京子と祥は揃って苦笑いを浮かべる。真裕は愉快気に答えた。
「こうやった方が気合が入るし、何だか楽しくなるじゃん。せっかく野球をやるなら楽しくやらないと」
「ふふっ、真裕らしいね。でも確かにそうかも。やっぱり野球は楽しくやらないとね」
紗愛蘭はすっかり納得して微笑む。真裕が言うとどうにも説得力があるのだ。これも彼女の野球への愛情と、前向きな人柄が為せる業だろう。
四人は早速グラウンドへと向かう。楽師館の野球部には専用のグラウンドが与えられており、校舎を越えた奥に設置されている。
「お、来た来た。久しぶり」
グラウンドに到着した四人を、楽師館のユニフォームを身の纏った一人の女の子が出迎える。彼女が円川万里香だ。
「万里香ちゃん! イエーイ!」
「イエーイ!」
真裕と万里香は仲睦まじく手を合わせる。二人は昨年五月に行われた練習試合で出会い意気投合。学校は違うが、時折連絡を取り合っている。
「あれ、万里香ちゃん髪切った? 何か前会った時と雰囲気違うけど」
「あ、分かる? 四月辺りから少し髪型変えたんだよね」
「そうなんだ。……もしかして男!?」
「そうそう! 実はね……って違うわ! それだったらどれだけ良いことか」
寂し気に首を振る万里香。昨年の秋の時点では綺麗に切り揃えられていた前髪は凹凸ができており、それによって幼気だった風貌も大人びてきている。
「そう言う真裕たちは何か無いの? ……って詳しく聞きたいところだけど、その話したら一日あっても足りなくなりそうだからまた今度にするよ。今日は夏大前の貴重な練習試合だと思うし、お互いにとって有意義な時間になるようにしよう」
「うん。よろしく」
挨拶を終え、真裕たちと万里香がそれぞれのチームに合流する。亀ヶ崎は全員集合すると、速やかに試合に向けての準備に入った。
「一番ショート、京子!」
「はい!」
ウォームアップを済ませた野手陣が三塁側のダッグアウトに集まり、杏玖から一試合目のスタメンが発表されていく。今日もショートを守るのは京子。ここ最近の調子は芳しくないが、それでも隆浯が起用したのは期待の表れだろう。
「九番ピッチャー」
隆浯は先日誰にでもチャンスはあると言っていたが、この試合でのスタメンが実質現状の亀ヶ崎のベストメンバーと考えられる。彼らは本来の実力を発揮し、レギュラーの座を確固たるものとすることができるか。
午前十時。第一試合開始の時刻となった。
「ただいまより、楽師館高校対亀ヶ崎高校の試合を始めます。礼!」
「よろしくお願いします!」
亀ヶ崎は先攻。挨拶が終わると楽師館のメンバーが守備に就く。
《守ります楽師館高校のピッチャーは、苑田さん》
楽師館高校には音響設備も整っており、練習試合でも公式戦さながらのアナウンスが行われる。透き通った声に乗せられ先発マウンドに上がるのは、三年生の苑田。昨春の練習試合でも亀ヶ崎相手に登板したサウスポーだ。
《一回表、亀ヶ崎高校の攻撃は、一番ショート、陽田さん》
苑田の投球練習が終わり、京子が打席に入る。先頭打者として初回からチャンスを演出できるか。
(プレイボール直後だからといってじっくり見ていく必要は無い。ウチの力を信じてどんどん打ちにいってやる)
苑田が斜めの角度から腕を振り、第一球目を投じる。アウトローにストレートが来た。
「ボール」
際どいコースだったが僅かに外れた。京子は打ちにいく姿勢を見せつつも、自信を持って見送ることができた。
(まだ一球だけだけど、心なしかボールがしっかり見えてる気がする。逆に言えばこれまでが相当追い詰められてたってことなんだろうな)
二球目。苑田は直球を続ける。今度は一球目よりもやや内側に投げ、ストライクゾーンに入れてきた。京子は迷わず打って出る。
「ピッチャー!」
鮮やかなセンター返しとなった打球は、苑田の足元を抜けて二塁ベースも越えていく。打った京子は一塁を大きくオーバーランしてストップする。
「おお! ナイスバッティング!」
ベンチにいた真裕が喜びを露わにする。それを見ていた京子はベース上で柔和な笑みを浮かべた。
(やっぱりこうやって真裕に褒められるのは嬉しいな。でもまだまだ。ウチはここからも見せ場なんだから)
打席には二番の洋子が立つ。京子はベンチのサインを確認すると、素早くリードを取る。
(作戦は何も無し。ということは自由に走っても良いってことだ。初球から狙うぞ)
まずは苑田が様子見の牽制を入れる。京子は立った姿勢のまま余裕を持って戻る。
苑田は牽制を続ける。二回目はやや早いモーションで投げてきた。京子は頭からスライディングをして帰塁。ファーストがタッチするもセーフとなる。
ボールが苑田の元に渡るのを確認し、京子はリードを取り直す。一方の苑田もセットポジションに入る。
暫し時が止まったような空気が流れた後、苑田が右足を上げて投球動作に入る。それに合わせて京子はスタートを切った。
「走った!」
「させるか」
キャッチャーから鋭い送球が放たれる。二塁のベースカバーに入った万里香が捕球すると、右足を伸ばして滑ってきた京子の爪先に勢い良く触れる。
「アウトだ!」
「セーフだ!」
両者が二塁塁審を見やる。二塁塁審は瞬時に判定を下した。
「セーフ!」
二塁塁審の両手が大きく広がる。どちらとも言えないようなタイミングであったが、京子の足が先にベースが届いていたと判断したみたいだ。
「おし」
京子は小さくガッツポーズをする。安打に盗塁と序盤から持ち味を発揮し、見せ場を作ることに成功した。
See you next base……




