59th BASE
お読みいただきありがとうございます。
野球だけでなく他のスポーツの大会も軒並み中止・延期となってしまい、最近フラストレーションが溜まっています。
ということでせめてこちらの世界だけでも盛り上がっていこうと思います!
――少年野球を引退して中学生になってからも、私は男子に混じって野球部へと入部した。一方の京子ちゃんは、私が何度か一緒に野球をやろうと勧誘したものの、結局は女子だけのいるソフトボール部に入る選択をした。
私はその理由を深く聞くことはしなかった。思春期にありがちな、異性と何となく関わり辛くなってしまったことが原因だと解釈し、あまり触れるべきではないと考えたからだ。
二人ともそれぞれの部活動で順風満帆な日々を送った。私は最終学年でエースとなり、京子ちゃんもレギュラーとして活躍。もちろんお互いの関係が薄れることもなく、可能な時は一緒に登校したり遊びに出かけたりもしていた。
私たちはいつまでも並んで人生を歩んでいく。私はそう思って疑わなかった。
そして二人揃って亀高に入学し、再び共に野球をやることとなったのだ――。
「ウチは中学で野球を続けなかった。真裕の誘いを断って、ソフト部に入ったんだ」
「そうだったね。でもそれが諦める選択だったってこと?」
私の問いかけに、京子ちゃんは小さく頷く。
「そう。真裕はウチが野球を続けなかった理由は何だと思ってる?」
「えっと……。私はてっきり、男子と一緒にいるのが気まずくなってきたのかなって思ってた。……違うの?」
「確かにそれも無くはなかった。けどそれは真裕の誘いを躱すための格好の口実だった。ほんとはね……」
一瞬言葉に詰まる京子ちゃん。だが即座に唾を飲み込む仕草をすると、喉奥から絞り出したような声で話を続ける。
「……ほんとはね、自信が無かったの。真裕と同じように男子に混じって野球をやっていく自信が。きっとウチじゃ付いていけないと思ったんだ」
京子ちゃんは膝に掛かっていたシーツを握りしめる。その目は若干潤んでいるように見えたが、雫は零れてこない。必死に堪えているのだろう。
「そうだったのか……。でもそんなの、やってみないと分かんなかったじゃん!」
「そうかな? 小学校の時点で何となく答えは出てたよ。真裕はエースとしてだけじゃなく、クリーンナップも打って試合で大いに活躍してきた。片やウチはレギュラーとはいえ、任される打順はいつも九番。それだけで差は歴然だよ。真裕には才能があって、ウチには無い。だからウチが野球を諦めるのは当然の流れだったんだ」
「そんな……」
私は頭がかち割られたような衝撃を受ける。京子ちゃんは私と並んで歩いてなんかいなかった。ずっと引け目を感じていたのだ。彼女は続ける。
「真裕は中学でも男子を押し退けてエースになった。改めて才能があるんだなって思い知らされたし、凄いなって感じたよ。逆に言えば才能の無いウチにはそういうことはできない。元々備わってるものが違うんだ。それを覆すなんて到底できないし、ウチにはそんな力は無いんだ」
京子ちゃんは自嘲するように笑う。先ほど少し明るくなったはずの表情が、また暗くなっていく。
「高校生になって、もう一度真裕から野球部に入ろうって誘われた時はとっても嬉しかった。でも不安も大きかった。同じグラウンドに立って、真裕との実力差を目の当たりにすることが怖かった。そして実際にそうなった。エースになった真裕と、後輩に抜かれそうなウチ。少年野球の頃と何も変わってない」
「だから、今回も諦めるってこと?」
「諦めるわけじゃないよ。ウチだって負けたくないもん。でもウチの力じゃ、昴にはきっと敵わない。このまま追い越されるのを待つしかないのかもしれない」
それはもはや諦めと同意ではなかろうか。京子ちゃんは負けたくないと言いつつも、心の中では昴ちゃんに対して負けを認めてしまっている。それがおそらく不甲斐ないプレーの連発に繋がっているのだろう。
ではそんな彼女を奮い立たせられるのは誰であろうか。……他でもない、私だ。だから私はここに来たのだ。
「……京子ちゃんはさ、私に才能があると思ってくれてるんだよね?」
「う、うん……。そうだね」
「じゃあ、そんな才能のある私が、今ここで断言するよ」
私は眉頭を鋭く狭め、京子ちゃんの目を見る。そうして力強く彼女に告げる。
「京子ちゃんにだって才能がある! これまで積み上げてきた経験も技術も、昴ちゃんに勝てるものを持ってる! 私がそう言うんだから間違いない!」
部屋の中に私の声が甲高く響く。京子ちゃんは目を丸くした。
「は、はい? どういうこと?」
「私は自分に才能があるかどうかは分からない。そんなの考えたこともない。でも京子ちゃんが言ってくれたから、私は自分に才能があるって信じることにするよ。だから京子ちゃんにも信じてほしいんだ」
「ウチに才能があるってことを……?」
「そう。京子ちゃんが私に思っているのと同じように、私も京子ちゃんには才能があると本気で思ってる。それを信じてほしいの」
はったりでもお世辞でもない。私は本当に京子ちゃんには才能があると思っている。私の言葉なら絶対に届く。京子ちゃんの心を動かせるはずだ。
「ま、真裕……」
京子ちゃんは何が起こったか分からないといった様子で何度も瞬きをする。だが次第に受け入れられたようで、彼女の肩から緩やかに力が抜けていく。同時に張り詰めた空気も解けていった。それから、彼女は溜息交じりに言う。
「はあ……、やっぱり真裕は凄いわ」
その溜息に重たい感情は乗っていない。寧ろ安心感に満ちたものに感じられる。どうやら私の言葉はちゃんと届いたみたいだ。
「そうだね。真裕に言われたら、ウチも信じるしかないわ」
諦めたように相好を崩す京子ちゃん。その顔には快活さが戻り、私は思わずほっとする。
「ふふっ、良かった。それじゃお互い、レギュラーを死守するために頑張るよ。昴ちゃんや春歌ちゃんになんか負けていられない。二人で一緒に夏大のグラウンドに立って、日本一になろう!」
「ありがとう。明日からまた、ウチと仲良くしてくれる?」
「もちろんだよ! こちらこそこれからもよろしくね」
私たちは拳を突き合わせる。これにて仲直り。大切な幼馴染として、新たな一歩を踏み出すのだ。
いつの間に雨は上がっていたのか。外から差し込んだ陽の光が、私たちを鮮やかに照らした。
See you next base……




