58th BASE
お読みいただきありがとうございます。
新年度になりました!
こんな時だからこそ新鮮な気持ちで頑張りましょう!
翌日は雨でグラウンドが使えず、放課後は短めの練習となった。この日も京子ちゃんは休み。そのため私は、意を決して京子ちゃんの家に直接赴くことにする。
『今から京子ちゃんの家に行こうと思うんだけど、大丈夫?』
学校を出るタイミングでメッセージを送ったものの、返信は来ない。寝ているのだろうか。どうしようもないので私は京子ちゃんの家へと足を運ぶ。
ひとまず家の前まで来た。ところがいざ中に入ろうとなると、中々勇気が出ず体が動かない。京子ちゃんと会ったところで、一体何を話せば良いのか。また喧嘩になってしまったらどうしようか。
大粒の雨が刺した傘に打ち付ける中、私は暫く何もできずに立ち止まっている。すると背後から誰かが私の名を呼んだ。
「あら真裕ちゃん、どうしたの?」
「へ?」
私は咄嗟に振り返る。そこにいたのは、京子ちゃんのお母さんだった。顔立ちや上背がとてもよく似ており、二人が並べば知らない人でもすぐ親子だと分かるだろう。
「あ……。こんにちは」
「こんにちは」
ぎこちなくはにかみながら挨拶する私に対し、京子ちゃんのお母さんは穏やかに微笑み返してくれる。こうした雰囲気は京子ちゃんとはかなり異なる。
「京子のお見舞いに来てくれたの?」
「ええ、まあ……」
「そっかそっか、ありがとう。京子も喜ぶと思う。ささ、入って入って」
「は、はい」
私と京子ちゃんが喧嘩中であることは知らないのか、京子ちゃんのお母さんは陽気に私を家に上げる。そしてそのまま私は二階にある京子ちゃんの部屋へと案内された。
「熱はもう下がってるし、咳も出てないから移ることはないと思う。たくさん元気付けてあげてね」
「わ、分かりました」
部屋のドアが開かれる。その先ではベッドで外を向いて横になっている京子ちゃんの姿があった。
「京子、真裕ちゃんが来てくれたよ」
「え!?」
予期せぬ訪問者だったのだろう。京子ちゃんは驚きながらこちらを見る。その顔は休み前よりも若干痩せこけているように思えた。
「じゃあ私は下に降りるから。真裕ちゃんは遠慮なくゆっくりしていってね」
「あ、ありがとうございます」
京子ちゃんのお母さんが一階へと下がっていく。私たちは二人きりとなり、部屋の中が気まずい空間に包まれる。
「えーっと……。とりあえず座る?」
「うん、そうする……」
私は荷物を置いてベッドの前に正座する。それから再び沈黙が流れたが、私は自らを奮い立たせて口を開いた。
「「あ、あのさ!」」
同時に京子ちゃんと声が重なる。私たちは反射的に互いの顔を見合わせた。
「ごめん京子ちゃん。何だった?」
「あ、良いよ。真裕が先に話して」
「わ、分かった」
京子ちゃんが譲ってくれたので、私は先に話すことにする。一度深呼吸して落ち着くと、改めて喋り始める。
「……ごめん、土曜日は言い過ぎた。苛々を抑えきれなくて、京子ちゃんを傷つけちゃった。ほんとにごめん」
私は頭を下げて謝罪する。それを聞いた京子ちゃんは慌てて体を起こす。
「いやいやいや、真裕が謝る必要は無いよ。いつまでもうじうじしてるウチが悪いわけだし。ウチの方こそ……あっ」
京子ちゃんが咄嗟に口を塞ぐ。おそらく後に繋がる言葉は“ごめん”だろう。私は途端に気の毒に感じ、胸がきつく締め付けられる気分になりつつも、話を止めない。止めてしまったら仕切り直す勇気が出ないと思った。
「そうかもしれないけど、あんな言い方はしちゃいけないよ。京子ちゃんが苦しんでるんだったら、ほんとは私が支えにならないといけないのに……。けどあんな気持ちになったのは初めてだから、どうコントロールして良いか分からなかったの。紗愛蘭ちゃんたちに宥められて今ようやく落ち着けるようになってここに来たんだ」
「そっか……。ウチも真裕とこんな風にギスギスするの初めてだから、どうすれば良いか分からなかった。それで謝ることしかできなくて、却って怒らせる結果になって、気持ち的に参っちゃった。もちろん風邪を引いたのは本当だけど、ここまで長引いたのは心が弱くなってたのが原因だと思う。真裕に見放されたらどうしようって怖かった」
表情を暗くする京子ちゃん。私は瞬時に否定し、紗愛蘭ちゃんに言われた通り自分の想いを伝える。
「そんなわけないじゃん! 私は絶対に京子ちゃんを見放さないよ。だってずっと一緒にいた大切な親友で幼馴染なんだから。少しくらい衝突したからって、関係が悪くなるなんて私が嫌だよ!」
「真裕……。ふふっ、ありがとう」
京子ちゃんは安堵したかのように微笑む。久しぶりに笑ったところを見た気がする。
「でもね、やっぱり怖いの。今のポジションを取られることが。しかもそれが現実になりそうなところまで来てる」
「何言っているの。京子ちゃんならそんなに簡単には取られないよ。それにポジションを取られるかどうかなんて、自分次第でいくらでも変えられるさ!」
私は明るく励ましの言葉を送る。もちろんお世辞ではなく本当に思っていることだ。
「ありがとう。当然レギュラーを守れるかは自分次第だって分かってる。けどウチは真裕とは違う。自分の力で何とかできるって思えるほど強い心は持ってないし、ましてや才能も無い。だからあの時も、ウチは諦める選択しかできなかったんだ……」
「あの時?」
いつのことか分からず、私は顰め面で首を僅かに傾ける。しかし京子ちゃんがすぐに明らかにしてくれた。
あの時。それは、私たちが小学校を卒業し、中学校に上がった時のことだった――。
See you next base……
真裕家と京子家
真裕と京子は小学校からの幼馴染であり、お互いの家族も二人のことをよく知っている。同じ小学校圏内なので家も近く、徒歩5分もあれば行き来できる。
最寄り駅までの距離は真裕の家の方が近いため、現在では京子が毎朝迎えにいっているが、小学校までは京子の家の方が近いのでその頃は立場が逆転していた。因みにどちらも朝はしっかり起きられるタイプなので、二人で登校する時は遅刻したことがない。




